第20話 初級第2ダンジョン——最大5人で行けるとか余裕だと思った?
――――――――――
*アルス*
――――――――――
初級第2ダンジョン——ふざけた名前だ、とアルスは思った。第1のほうだって一般常識で考えたらあり得ないづくしのダンジョンだった。トラップの内容といい、そもそもダンジョンのやり口といい、さらには報酬までも。
どうせまともなダンジョンじゃないだろう。
そう思いながら転移したアルスだったが、
「……なんだ、ここは」
周囲1メートルほどだけが明るい。いや、上からくりぬかれるように明かりが落ちてきている。その明かりが強すぎて、その先が見えない。
「どうやら横に転送されるようだぜ、アルスよ」
「そうだね」
アルスの横にはボガートがいた。
静かだ。死のような静けさが満ちている。
空気の流れから、彼らのいる場所は広い空間なのだということは知れた。
『初級第2ダンジョンの案内をします。案内をキャンセルする場合は光から外に足を踏み出してください。
ここは初級第2ダンジョンです。このダンジョンでは命の危険はありません。モンスターの攻撃、飛来するトラップへの衝突、崖下への滑落などが起きた場合も転移が働きダンジョンから排出されます』
モンスター?
おいおい、「らしくない」な。
これじゃあふつうのダンジョンじゃないか——まあ、「ふつうのダンジョン」では命の保証なんてしてくれないが。
『チームで挑んでいる場合はすべて連帯責任です。1人が失敗すると強制的に全員失敗となり、ダンジョンの外に排出されます』
1人失敗で残りの——最大4人も失敗するということか。なかなか厳しい。
『通行可能なルートは光が発せられているルートのみですが、跳躍や飛行については可能です。モンスターに対してはあらゆる攻撃方法を用いて排除いただいて構いません』
「ほう? 俺様向きってわけだ」
ボガートが獰猛な笑みを浮かべる。背負った両手斧はさらに獰猛だ。顔も武器も獰猛だと歩く災害のようなものだが、冒険者基準ではごくごくよくある見た目なのだ。
そう簡単に排除させてくれるものか? ——アルスはそんなことを思う。
『光から踏み出すと、ダンジョン攻略がスタートとなります。なお、本ダンジョンの報酬は、金貨1枚となります』
金貨1枚……。
途端にアルスはやる気を失う。ダメだな。やはり撤収しよう。まあ、金貨1枚獲得できるなら、もらっておけばいいか。
『ただし』
ん?
『その1日でクリア者が出なかった場合、金貨は翌日に持ち越しとなります。この持ち越しはクリア者が出るまで持ち越しとなり、積み重なります』
——なんだって?
「おいおい? どういう意味だ?」
「こ、これは——」
アルスが言いかけると、声のほうが先に、
『たとえば10日間クリア者が出なかった場合、クリア報酬は金貨10枚に積み重なり、100日間出なかった場合の報酬は金貨100枚となっているということです』
「なにいいいい!?」
ボガートが大声を上げた。
『現在の報酬は、金貨1枚です』
そうして——声は止んだ。
「…………」
「…………」
アルスとボガートは今言われたことを頭の中でもう一度考えていた。
「アルスよ、どう思う?」
「……いちばんいいのは誰も挑戦しないで10日後あたりにクリアすることだね」
「んなこと、できるわけねえだろう」
「だよね。目が血走った冒険者なら金貨1枚だって欲しい……」
「ダンジョンの内容次第だが、毎日金貨1枚もらえるなら美味しいとも言える……しかし、1度クリアしたら難易度があがるんだろうな」
「そう思う。だから——とりあえず、ダンジョンを試そう」
そうして、クリアの道筋を確認する。
クリアできる自信がつくまで練習をする。
あとは——報酬が溜まるのを待ち、そのタイミングでここを訪れればいい。
「難易度的には、第1を思うと、そう簡単にクリアできるものじゃないと思うんだ」
「はっ。どうかな。5人で挑めるんだぜ? 楽勝だろうよ」
「…………」
どうだろうか。
5人で挑むことでモンスターとの戦いは楽になるだろう。しかし連帯責任で強制排出されるのだ。人数の多さにメリットは感じられない。
「まあ、試してみましょう」
「そうだな。行くか」
ふたりは同時に、光の円から足を踏み出した。
「!」
瞬間、上からの光が消えた。足下は鈍い銅色に光っている。そのエリアから、放射状に伸びていく5本のルート。幅は細い場所で1メートル、広くて2メートル程度だ。それ以外は真っ暗——深さの知れない闇が広がっている。
天井は高い。10メートルほどはあるんじゃないだろうか。
ルートは奥へ奥へと広がっていて、迷路のように入り組み、時に混じり、時に枝分かれし、時に途切れ、時に移動し、時に回転している。
最終的にルートはずっと向こうで集約されるのか、どうなのかはこの位置からは見えない。
「広い……」
「俺は目がいいんだが、こりゃあ1㎞以上はあるぞ」
「——敵だ!」
崖下から飛びだしてきた3体のモンスター。
「ほほう、これはこれは……」
アルスは思わずうなってしまった。
岩石の塊をくっつけあわせ、人間のような形にしている——ゴーレムだ。
このモンスターは魔導モンスターであり、純粋な魔力によって動いている。生命体ではないので他のモンスターとは若干意味合いが異なる。
3体のゴーレムは固まっている。右側のルートは空いている。逃げることもできるが——。
「しゃらくせえ、たたきのめすか」
ボガートが両手斧を構えた。
ゴーレム程度、上級冒険者ならひとりで十分倒せるのだ。
「先に行くぜ!」
「うん、そうだね——」
なに!?
同意しかけたアルスだったが、ゴーレムの意外な点に気がついた。
手先だ。
そこだけ青色の球になっている。
そして——刻まれた文字。「転移」と。
「ボガート、気をつけろ! その手に触れると外に出されるぞ!?」
「なんだと!?」
ゴーレムはボガートより頭ひとつぶん大きい。意外にも俊敏な動きで、拳を——転移トラップを振り下ろしてくる。
かすることすら危険だ。
おおげさに横に跳んでかわすが、その先は崖。
「ぬう!」
落ちる手前で踏み込み、逆に跳躍。
崖を飛び越え、向こうのルートへと飛び移る。
「ふう、焦らせやがって、ゴーレムが」
焦ったのはこっちだよ……とアルスは言いたいところだった。
ゴーレムだからと侮って突っ込んだのはボガートだ。
「これは魔法で崖に落としていくのが最良かな——ん?」
なにかが足に当たった。
「————」
ぞわり、と背筋を毛虫が這うような感触にアルスがおののく。
そこにはゴーレムがいた。
膝にも満たない、ミニゴーレムが。
もちろん手についているのは「転移」の文字が刻まれた青色の球。
ミニゴーレムはちょんっとアルスの身体に触れた。
――――――――――
*俺*
――――――――――
アルスがボガートという冒険者といっしょに、ダンジョン外へと排出されたのを確認した。
うーん。アルスはひとりで来るかと思ったけど、別のダンジョン突破者と組んだか。ボガートは野生の勘に優れた男だから、アルスとは馬が合わなさそうだと思うんだが。
「ボス。初級第2はあんなに報酬がよくていいんですか?」
迷宮司令室のスクリーンを見て、俺と同じくアルスたちの失敗を確認したリオネルが聞いてきた。
ちなみにミリアはテーブルの上でお絵かきをしている。……うん、ミリアの部屋のレイアウトを考えてるんだ……あいつ、ここに住み着くらしいぜ……。
「それはどういう意味だ、リオネル?」
「毎日金貨1枚を上乗せしていくってことは、毎日金貨1枚以上の参加者がいないと帳尻が合わないでしょう」
「大丈夫だよ」
「その自信はどこから来るんですかねえ……」
「第1の売り上げも順調だし、しばらくは十分支払える。第2のいいところはむしろ、クリア者が出なくなればなるほど売り上げがあがることだからな」
「?」
「金貨100枚の報酬だったら、なんとかしてクリアしようとムキになるだろ? そのころには1日の売り上げは金貨1枚じゃきかないくらいにふくれあがる」
「はあ、そういうもんですか?」
「アルスはおそらく、金貨が溜まりきったところでクリアするつもりだぞ。確実にクリアできるよう練習はするだろうけどな」
俺にだってその辺は読めている。そうなると、なにが重要になるのか。
難易度調整だ。
アルスの挑戦で、「絶対」はないが、10%くらいの確率でクリアできるくらいの難易度にできるのが望ましい。こういうゲームは、報酬が溜まりきったところで強いヤツが出てきてサクッと持って行かれるといちばん参加者が萎えるからな。
ちなみに俺がこの報酬持ち越しシステムを思いついたのは、宝くじのキャリーオーバーシステムだ。宝くじはずるいよな。必ず胴元が勝つようになってる。しかも1等の報酬が巨額だと、その期待値が死ぬほど低いってことを忘れてしまう。実際、宝くじの還元率——購入金額に対して、購入者に当選させる金額の理論上上限値——は、たしか50%を切っていたはずだ。たとえば全体で100億円買われても、当選金額は50億円に満たないのだ。胴元は50億円以上儲けるというわけ。それもこれも還元率が法律で50%を超えないよう定められているからなのだが……まあそれはいいや。
ともかく、アルスが簡単に勝てないようレベル調整をしていくつもりだ。こればかりはアルスを始め、他の冒険者のチャレンジを見ながらゴーレムを調整するしかない。
「しっかしボスは……底なしですね」
「え? あの崖は底があるぞ。まあ途中で転移トラップが働くようになってるけど」
「そうじゃなくて、魔力のことですよ」
ああ、それか。
実は最大MPが250万を超えたときに覚えたのだ。新たな迷宮魔法「魔導創造ゴーレム」を。消費MPは5万である。リオネル5体。だからまあ、100体造りだして軽い軍隊にしよう——とかはできないが、初級第2ダンジョンを回すくらいはできる。
召喚知性スケルトンなどと同じく、1日1回の闘魂注入……じゃなかった、魔法注入が必要だけどな。
とりあえずは初級第2のダンジョン数を3つまでにしている。俺の最大MPが増えたら増築を考えよう。
「なあ、リオネル。ゴーレムってどれくらいのMP……魔力を消費するの?」
「稀代の魔導師と言われる存在ならば——」
「そういやそのたとえ、前にも聞いたな。リオネルが100体ならゴーレムは20体か」
「私は100人もいませんよ」
いてたまるか。お前みたいに口うるさい骨があと99人も。俺だって増やさないようにしてるんだぞ。
「軍に所属している第一線級の魔導師なら、1体くらいかもしれませんね」
「なるほど……」
「ボスはさらに私を始めスケルトン騎士団まで組織していますからね」
「そうだな——じゃねえよ。なんだよ騎士団って」
「白骨騎士団って名前かっこよくないですか?」
「かっけー!」
ミリアが食いついてきた。……ミリアのカッコイイってなんか軽いよな……俺が迷宮主だってわかったときも「カッコイイ」連発してたけど、あれもたいして意味がないのでは……。
「ボス、泣きそうな子犬のような顔をしていますよ」
「そっとしておくとかいう気の使い方ができないのかよ、お前は」
「ボスのそのようなお顔を拝見して、胸が痛くなり、思わず言ってしまいました……」
骨の指先で胸を押さえようとして、肋骨をスカスカやっている。
こいつ俺のことおちょくってるよな?
「ま、いいや。そろそろホークヒルも次のステージに移ってくるころだし——初級第3ダンジョンのオープン準備も進めなきゃな。そうだリオネル、第3のオープンに間に合わせたいから今夜もアレやるぞ」
「わかりました」
「? なーなー、アレ、ってなに?」
「お子様は知らなくてよろしい」
「はぁ? おいらもうオトナなんですけど?」
「オトナは腹減ったからと大声を上げたりしません」
ともかく今日のダンジョン営業が終わったら、リオネルを連れて「アレ」をやろう——。
そう、街道の整備である。
——
主人公が使える迷宮魔法が増えてきたのでここにまとめておきます。
●消費MP 1
空間精製(空間を亜空間に移動させる)、空間復元(亜空間に移動させた空間をそっくりそのまま戻す)、空間分解(リムーブさせた空間の素材を分解するが、生き物には適用されない)、空間抽斗(ディスマントルした素材を取り出す)、被覆(迷宮の対象範囲を広げる)、生体吸収(植物、微生物に効き、息の根を止めて魔力として吸収する)
※上記は、1立方メートルごと
平面整地(壁面や地面を平らにし、強度を上げる)
※上記は、1平方メートルごと
●消費MP 10
空腹無視(生きていくのに必要な栄養素を獲得できる)
潜伏(迷宮の外縁を歩くことができる。1歩ごと消費する)
●召喚系
消費MP順
4……召喚バット
6……召喚スライム
20……召喚スネーク
50……ゴブリン
100……ホブゴブリン
400……知性スライム
1,000……スケルトン
1,000……知性ゴブリン
2,000……知性ホブゴブリン
10,000……知性スケルトン
※召喚できるモンスターに偏りがありますが、主人公の特性です
50,000……魔導創造ゴーレム
1,000,000……???
●その他
50……転移
50,000……緊急避難
500,000……進化(初級→中級)
1,000,000……高速移動
ものによって違う……製造精霊(トラップ精製・服飾、彫金、冶金……)、初級整形(粘土細工が可能)、中級整形(柔らかい金属の加工が可能)
●参考
巨人の鉄槌……消費MP2,000
黄昏の雷雲……消費MP1,500
最初の目標だった10万字超えました(わーい)。
MPがインフレしすぎじゃね? と思いましたがよくよく考えればスタート時点の主人公のMPが基礎になっているので、そりゃまあしょうがないよな、という感じです。