第18話 クリアした者はそれはそれで悩む
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*アルス*
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迷宮がオープンしてから2週間が経とうとしていた。
アルスは、相変わらず草原側にテントを張っていたが、彼と同様にテントを張る冒険者は少なくなっていった。
宿が開業したからだ。
最初はおそるおそるという感じで試しに泊まってみた、という少数の冒険者。そんな彼らのもたらす「別になんともなかった」「むしろ快適」「レストランが割引になるのがいいよな」という好意的な評価。これに「蒸気風呂が最高」というワードが3日前についてから、冒険者たちは宿に殺到した。
「やれやれ……」
ダンジョンと戦わなければいけないのに、ダンジョンに取り込まれているように見える冒険者たち。
宿にレストラン、雑貨店を始めたルーカスという男も奇妙だ。あんな男、アルスは知らない。名前の売れている冒険者であるアルスは、商才に秀でた男ならば多少の覚えがあるものを。
「まあ、あいつはいい。それよりも今後どうするかだね」
アルスは初級ダンジョンをクリアした最初の冒険者だ。
5日前と4日前に別の冒険者がクリアしており、今のところ知る限り、クリアした冒険者は3人だ。
報酬の銀は美味しかった。希少性がある純銀であったらしく、売って欲しいというオファーを大量に受け、すでに金に換えていた。3本の銀で金貨12枚になった。銀貨換算で1,200枚だ。信じられない売値だった。
だが——その後、だ。
アルスは初級ダンジョンの「次」をクリアできないでいた。
「……やり方を変えるべきか」
もともとのトラップルーム攻略について、アルスはいろいろな角度から検討した。
まず、何度も挑戦してパターンを覚えようとした。しかしこれは失敗した。毎回違うのだ。他の冒険者に聞いても「毎回違う」と言う。であれば都度都度ダンジョンがトラップ配置を組んでいるとしか考えられない。
つまるところ予習が効かないのである。
アルスは次に、徹底的に練習した。30メートル四方のエリアを草原内に造って、目をつぶって歩くのである。自分の身体に距離感を徹底的に覚え込ませたのだ。
これができるようになって、再度挑戦した。5秒間のトラップ表示。これを頭に叩き込んで、目を閉じる。後は歩くだけだ。13回失敗した。転移されたことにも気づかず、他の冒険者にぶつかったりした。だけれど、14回目で成功した。
クリアできるのは1日1回——そんな制限があると知ったのはクリアした後だった。
しかも、1度クリアするとダンジョンはさらに難しくなる。
「あれはむちゃくちゃだ」
白と黒だけの部屋に、赤と青が出てきたのだ。
赤になっているときは通れないが、青になれば通れる。トラップエリアも青になることがあり、そのときだけは通れるのだ。
つまり「目を閉じて歩く」ことが封じられたのだ。必ず赤か青かを確認しなければならない。
難易度が上がりすぎたのだ。
「撤退もアリだよねえ」
クリア後に、アルスは100回以上は挑戦して、失敗し続けた。この3日は攻略方法を考えているが、思いつかないでいる。
アルス以外の1回目をクリアした2人も失敗し続けているらしい。彼らはムキになっており、おそらく100回では失敗回数は効かない。
銀の延べ棒の利益を考えればここで撤退しても十分プラスだ。
だが、このまま引き返すのはシャクだ……。
「ほーう、大金持ちのアルスさんがこんなところで野宿とはねえ」
そんな思いにふけっていると、1回目をクリアした2人のうちの1人がやってきた。今日も失敗続きなのだろう、憂さを晴らすためにすでに酒を呑んでいるようだ。
「そっちはずいぶんと豪遊しているようだね」
「まーな! なんせ銀を売ったら金貨で3枚にもなったんだ! 元は銀貨1枚が、金貨3枚、300倍だぜ! ボロもうけだ」
なんだって? バカだな……。
挑戦料は銀貨1枚だが、お前は何枚つぎ込んだ結果、それを手に入れた? しかもその後は? 滞在費だってかかっているんだぞ?
心の中で毒づきながらも、アルスは暗澹たる気持ちにならざるを得なかった。純銀の暴落だ。もう金貨3枚にまで価値が下がっている。誰も持っていないからアルスの銀は金貨12枚という価値になった。だが、他の人間もクリアできる——今後もそれなりに供給されるとみるや、売値が下がったのだ。
「なあ、アルスよ……協力しねえか? お互い、どうやって1回目をクリアしたのか教え合うんだ。で、2回目をどうやってクリアするか考える……」
やれやれ、とため息が出るのをアルスはこらえた。
クリアしたアルスの周りには情報を得ようと他の冒険者がやってきた。しかし、耳寄りな情報を持ってきた冒険者以外に、アルスは教えることはなかった。というよりそんな冒険者はひとりとしていなかった。
「断るよ。お互い得るものもなさそうだし」
そっちだけ一方的に得をするだけだろ、と言いたい。
どうせ最初のクリアだって当てずっぽうに歩いたらクリアしたんだろう?
「けっ! だからてめーは『ケチのアルス』って言われるんだ。クリアしたのに他の冒険者になにもおごらねえそうじゃねえか。お前、最初は他の冒険者と協力するとか言ってたくせによ」
「協力する時点では協力したよ? そこから、僕は努力をしてクリアしたというだけ」
「特級冒険者なんて言うけど、お前それ、他のヤツを出し抜いただけなんだろ? あーあ、情けねえなあ! みんなの憧れ特級冒険者が、みみっちいチビだとはよー!」
「…………」
アルスは笑顔のままだった。
「……お前、調子に乗るなよ?」
笑顔のまま、絶対零度の声を発した。
「こ、怖くなんかねえぞ、お前がその気ならこっちだって——おい、おめーら! アルスをボコるぞ!」
男は仲間を呼んだ。5人ほどの冒険者がやってくる——面識のない冒険者たちだ。みんな赤ら顔で、昼から呑んでいるらしい。おそらく、こいつのおごりで。
「——ま、そろそろここを引き上げようと思っていたし、最後に派手に暴れるのもいいかもね。まとめてかかってこい——特級の特級たるゆえんを教えてやる」
「うるせえ! かかれ、野郎ども!」
おおっ、と冒険者たちが声を上げてアルスに襲いかかる——。
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*俺*
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のぞき窓から見えたのは、草原で大立ち回りを演じているアルスだった。
ちなみに俺、もはやぼろきれは着ていない。ルーカスと取引をして町人服を手に入れている。ふふふ。コットン製の縫製も粗いヤツだけどな。これでレストランにも顔を出してふつうに飯を食っているのだ! いや〜、やっぱ人間、飯食わなきゃな〜。
じゃなかった。
アルスだよアルス。
「うおっ、すげー! 見ろよリオネル、アルスがケンカしてる!」
「ふむふむ。6対1ですか」
「さすがに相手が多すぎるよな」
「……いいえ? ボス、特級冒険者のことをみくびっちゃあいけませんよ」
「いやいや、6人だぜ? 囲まれてボコられて終わりでしょ。1人か2人相討ちにできるかもしんないけど」
「まあ見ててください——彼、魔法を使いますよ」
「なぬ!」
それぞれ獲物を持った冒険者たちが——マジか、剣とか斧とか、ガチ武器じゃん——アルスに飛びかかる。
寸前、アルスの前方、左右、背後に魔法陣が浮かび上がった。
「うおー!?」
そこから出てきたのはなんかぶっとい腕。グーパンでぶっ飛ばされる冒険者たち。
4人が殴られ、残り2人の攻撃をひらりひらりとかわすアルス。
「なにあれ、なにあれリオネル!」
「ボス……ほんとになんにも知らないんですね。中級魔法である巨人の鉄槌ですよ。召喚魔法と空間魔法の適性が必要なんで使い手は少ないですが、有名な魔法です」
「俺もやりたい!」
「ボスにはその適性はないんじゃないですかねえ……」
「なんでだよ!?」
俺としてはせっかくの剣と魔法の世界なのに、地味にトラップ張ってるだけとかちょっと寂しいんだよ!
「お、相手も魔法を使うようですよ」
「なぬ!」
この世界はいわゆる魔法使い然としている人間以外もバンバン魔法を使うようだ。
最初にアルスに絡んでいった男は、手で印を組むと、そのまま両手を振り上げる。
「あっちも中級魔法ですよ、ボス。黄昏の雷雲です」
いきなり暗雲が立ちこめたと思うと、雷がほとばしった。
マジかよ。ライデ○ンじゃん!
「俺もやりたい!」
「自然魔法か精霊魔術の適性がないと無理ですねえ」
お前には無理、とリオネルの目が言っている。クソッ……こいつ、骨のくせに!
「迷宮魔法にああいうのないのかよ!」
「知りませんよ、私は……」
「だよな。お前に聞いた俺がバカだった」
「それはそれでムカつくんですが」
こういうときはカヨちゃん! 迷宮魔法に攻撃魔法の類はないの?
《………………あなたに使える攻撃系の魔法はありません》
ちょっと間があった上になんか言い方が冷たい!?
アレか。しばらく話しかけてなかったから拗ねちゃったか。
ッカー。参ったなー。惚れられるとつらいわー。
《…………》
あ、あれ、おかしいな……ため息みたいな声が聞こえた気が……。
「ボス、決着しますよ」
「え、もう!?」
見ると、アルスが最後のひとりに剣を突きつけていた。
「いやいやいやいや、どうなったんだよ、雷どうなったんだよ!」
「攻撃魔法を回避するアイテムを持っていたみたいですね。私にも直撃したように見えましたが、ぴんぴんしてますよ」
「……マジか、ヤベーだろ特級冒険者」
「だから、見くびるなと言ったでしょう?」
なんでリオネルがドヤるの?
「にしても、問題だなー。アルスのヤツ、このままにしておくと撤退するかもな」
「そうですか?」
「うん。アイツ、この2、3日、挑戦してないだろ? めっちゃ行き詰まってるワケよ。そうなると頭のいいアイツは、撤退する可能性がある」
「はあ」
「よし。それじゃ、初級第2ダンジョンをオープンするか!」
「……ほんとにやるんですか?」
「……リオネル、お前、前もそうやってげんなりしてたよな?」
「ボスの魔力はどうなってるんですか。第2ってアレですよね? アレを解き放つんですよね? アレはめちゃくちゃ魔力消費するでしょ!」
「うん。でも大丈夫」
今の俺のMPは300万になろうとしている。300万だぞ。日本での俺の年収かっつーの。10年間ぴくりとも変化のなかった俺の年収……あ……やべ、泣けてきた……。
「よし、それじゃ、今から初級第2をオープン!」
「わかりました。では実行します。……あれ?」
「どうした、リオネル」
「スケルトンのひとりが報告があると——あっ、魔族の部屋ですよ」
「…………?」
「ちょっとボス、なに本気で知らない顔してるんですか! 助けたでしょ、魔族! 魔族の子!」
「あ、ああ、あーはいはい。うん、助けた。俺、魔族助けた」
「忘れないでくださいよ!」
「忘れてないって。ちょっと失念してただけ」
「それを忘れたって言うんですが——そんなことより」
リオネルは言った。
「目、覚めたらしいですよ」
「……アイツ、何日寝てたの?」
「まあ私から見たらほんのわずかな時間ですよ」
さすが永眠中だった骨は言うことが違う。