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第15話 ユーザーはこちらの想定の斜め上を行く(体験談)

――――――――――

*アルス*

――――――――――




 アルスはそれから5回ほど銀貨を投入しては挑戦に失敗し、ようやく頭が冷えてきた。

 というより懐に銀貨がなくなったので必然的に目が覚めざるを得なかった。


「……みんな、集まって話し合わないか」

「アルスさん? 俺、もっかい行こうかなって……」

「みんなの持ってる情報を集めたほうが攻略は近いと思うんだ」

「…………」


 たまたま3人の冒険者がいて、彼らは視線をかわし合っている。


「考えてもみなさい。僕らが同時にダンジョンに入っても他の人間と会わないだろう?」

「あ、そういやそうっすね」

「あれは、このダンジョンには複数の部屋が存在するということだ。そして銀の延べ棒はいくつもある」

「!」


 アルスはほとんど確信していた。

 5回挑戦して5回とも違うトラップ位置だったのだ。であれば、その5つの部屋がすべて違う部屋だと推測される。


 しばらくしてすべての冒険者が集まってきた。そこは、レストランのようにテーブルやイスがあった場所だ——とはいえイスは石材でできているので動かすのも一苦労だ。

 夕焼けが草原を照らしている。

 東向きのダンジョンだ。アルスたちのいる場所はすでに薄暗い。


「それじゃあそれぞれの持ってきた情報を合わせよう」


 テーブルには冒険者たちのランタンが載っている。


「俺は4回やったけど、みんな同じ部屋みたいに思えたな」

「でもトラップのパターンは毎回違わなかった?」

「中じゃあ、誰とも会わなかった」

「あたし、鉱物には詳しいんだけど、遠目で見た感じ、あの光は間違いなく銀だと思うよ」

「……俺はトラップには詳しいが、あんなトラップは見たことねえな」


 口々に言うのをアルスが手元の羊皮紙に書き込んでいく。


「それじゃあ、どの辺まで最高で行けたか教えてくれる?」


 と問うと、一瞬の間があったが、


「……お、俺はあと一歩ってところまで行ったんだよなあ! あー、あれは惜しかったぜ」

「俺もだ! 俺もあと一歩……」

「俺も俺も」


 みんながみんな「あと一歩」まで行ったらしい。さすが見栄っ張りの冒険者たち。これには苦笑せざるを得ない。

 ……まあ、いいか。どこまで行けたかなんてたいして重要じゃないしな。


「質問を変えるよ。最初に表示されたトラップ以外の場所で転移が発動したことは?」

「あーっ! それだよそれ! 俺、あと3歩で着くってところで発動してよ! あのインチキはヒデェって思ったぜ」


 すると、「え? じゃあ絶対に銀には届かないってこと?」「ひでぇな」という声が聞こえてくる。


「…………」


 アルスはちょっと考えてから、


「それは、単に君の記憶違いということはない?」

「記憶違い……って、え?」

「他に、トラップがあり得ないところで発動したと思う者はいる?」


 アルスが聞くと、2人ほど手を挙げた。


「……難しいところだね。こういうのはさ、思い込みがあるじゃないか。『これはトラップパネルだ』『ここは安全だ』という。そして失敗すると『こんなはずじゃない。間違っているのはダンジョンのほうだ』と考えてしまう……」

「そ、それはそうかもしれねーけど、俺は間違ってねえ!」

「もちろん、君の言う可能性は否定しない。このダンジョンがムカつくほど狡猾で、絶対に僕らをクリアさせない気かもしれない。ただ——もうちょっとチャレンジしてみたいかな。他のみんなはどう思う?」


 アルスが水を向けると、戸惑いがちであったり、あるいはやる気に満ちてうんうんとうなずく冒険者たち。

 よし。

 これで——いろんな実験ができるな。

 アルスは心の中でにやりとした。


「んんん、でもなあ……俺は、このダンジョンはすげぇいやらしいんだと思うんだよ」


 さきほどの「インチキ」発言をした冒険者だ。


「どうして?」

「だってさ、あんな簡単なトラップ、慣れたらすぐクリアされるだろ。そうしたら銀の延べ棒を持ち出し放題になるじゃねーか。だから絶対にクリアできない仕組みになってると思うぜ」


 だよな、とか、そうだぜ、という声が聞こえてくる。

 ——なるほど。

 とアルスはうなずく。

 ——やはりこいつらはバカだな。そんなに簡単ならとっくに誰かしらクリアしているだろう? それができないのに、自信だけはある……。

 しかしそれはアルスからしたら好都合だった。前のめりの冒険者から情報を引き出せるだけ引き出してやろうと決意を新たにする。自分の懐は痛まない。

 ただ正面からそんなふうに非を鳴らしても彼らはアルスの思うように行動はしてくれない。

 見方を変えて説明するしかない。


「ひとつ僕の考えを披露するよ。このダンジョン、クリアされることも想定の範囲内なんだと思う」

「……へ? な、なんで——」

「理由は、ここだ」


 アルスはイスやテーブルを指差した。


「レストランに宿泊施設。なぜこんなものがあるのか? 何度も冒険者が挑戦する前提のダンジョンってことになるだろう? 誰も彼もクリアできなければすぐに廃れる。逆にすぐにクリアされて銀塊が持って行かれてもダンジョンに来る人間はいなくなる。つまり、『そこそこ僕らが勝てる』ことが重要なんだ」

「?」


 冒険者たちの表情は疑問に満ちている。

 ちょっと彼らには難しいかもしれない。


「わからないのなら、それで構わないよ。そしてこれも単なる予想だけど——このトラップに慣れれば、結構簡単にクリアできる。そして何度もクリアするべくここに滞在することになる。だって、君も言ったろ? 銀の延べ棒取り放題だ、って。一度クリアできたら何度だってやりたくなる。初級の上、中級や上級はもっといい報酬が出る可能性もある」

「お、おお……確かに」


 萎えかけていた冒険者の目には、新たに光が点った。

 ふん、ちょろいぜ。

 アルスの心の中は誰も知らない。




――――――――――

*俺*

――――――――――




 俺、冒険者たちの会話が気になって入口までやってきていた。潜伏(サブマリン)を使って壁の中から出てきてさ。カウンター裏に座って聞いてたんだよ。

 アルス、って呼ばれてるこいつ——すっげー頭いい。

 いちばんやりづらいのは、製作者の意図を見抜いた攻略方法を編み出すヤツだ。こいつにはその片鱗が見え隠れする。

 俺が思ってる以上に早くクリアされちまうかもな……。


「くっくっ」


 だがな、それでこそ、だ。

 俺の迷宮が誰にもクリアされないまま過疎ることがいちばん最悪のケースだったんだ。

 元手は俺の労力だけ。

 せいぜい踊ってもらうぜ、アルスさんよ。


「よし、それじゃもう一度挑戦したい者は——」


 アルスが言いかけたときだった。


 ちゃ〜ちゃ〜〜ちゃちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜〜ちゃちゃ〜〜♪


 唐突に流れ出す「蛍の光」。


『本日も、ホークヒルをご利用いただき誠にありがとうございます。本ダンジョンは日没と同時に入場ができなくなります。すでにダンジョン内部にいらっしゃる方は、強制的に排出されますが、その場合、入場のために支払った銀貨1枚は返却されます。明日は日の出と同時に入場が可能となります。皆様のまたのご利用をお待ちしております』


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙ののち、ええ〜〜〜〜〜〜!? という声が冒険者たちからあがった。「なんじゃそりゃ!?」「迷宮に時間制限とか聞いたことねーぞ!」「とことん非常識だな……」最後のはアルスだ。

 冒険者諸君。

 生活リズムは大事にな。

 身体は冒険の資本だぜ?


「またのご利用をお待ちしております」


 そうつぶやいて俺は、迷宮司令室へと戻った。




 ホークヒル(1日目)

  総売上高:銀貨89枚

  初級踏破者:0名

  中級踏破者:0名(未実装)

  上級踏破者:0名(未実装)




――――――――――

*ルーカス*

――――――――――


 東部方面に新しいダンジョン「ホークヒル」ができた、という話をルーカスが聞いたのは、ホークヒル出現後7日経ってからだった。

 このルーカス、商人見習いである。実家が中堅の食品問屋を営んでおり、ゆくゆくはそこで働くことを親も期待しているのだが——いかんせん本人はのんびりしていた。

 生き馬の目を抜く——どころか山賊の目を抜く(物理)ことも必要とされるような世界だ。ルーカスののんびり加減を心配した両親は、


「とりあえずな、お前な、ひとりでなんか商売やってみろ」


 と、まとまった金額を渡してルーカスを町に放り出した。


「商売って言ってもなあ」


 渡された金額を使って宿に泊まり、日がなぶらぶらして過ごしていたルーカス。2カ月が経過し、いよいよ懐が寂しくなってきた頃合いである。


「ダンジョン……ホークヒル……行ってみようかなあ」


 物見遊山の気分である。金もなくなってきたのに動じないあたりが、親に心配されるゆえんである。

 他の商人たちも新しいダンジョンの情報はつかんでいるはずだ。しかし、まだ誰も動いていない。理由は明白で、町にあまりに近いのだ。ダンジョン前になにかを出店するにしても町より高ければ町まで戻ればいいやとなってしまう。それにダンジョンはいつ踏破されるか知れたものではない。よそが動いてからで十分間に合う——これが、商人たちの考えだった。

 さて、乗合馬車でダンジョンにやってきたルーカス。

 そこの——カオスぶりに驚いた。


「なにこれ、みんな冒険者なの?」


 草原で炊き出しをやっている連中、そのそばにはテントがいくつかある——あとで聞いたところ、迷宮内部で泊まるのは「気持ち悪い」ということで、冒険者たちは草原に寝泊まりしているらしい。

 石材でできたテーブルとイスを使って賭け事に興じる冒険者。

 両替で儲けようとしている冒険者。

 情報を売る、と言い張って小銭を稼ごうとしている冒険者。

 とにかく冒険者ばかり——パッと見で50人はいるんじゃないだろうか。

 ダンジョン内部に入り込んでいる冒険者を考えると……かなりの盛況だ。


「あのー。ここの迷宮はそんなに儲かるんですか?」


 赤い髪の女冒険者に聞いてみると、


「いんや、お金が消えてばっかりだよ」

「……へ?」

「儲かったのなんてアルスの旦那くらいじゃないかな?」


 くい、と女冒険者がアゴをしゃくると、イスにひとり座って羊皮紙を積み上げてうんうん唸っているアルスの旦那——ルーカスも名前くらいは知っている、特級冒険者——がいた。

 彼の周りには5人ほどの冒険者が集まっている。何事か話し合っている、というより、アルスの言葉を聞き漏らさないようにしている、というのが正しいかもしれない。


「なにか宝箱を引き当てたということですかねえ?」

「違うって——あんた、なんも知らないんだね。とりあえず習うより慣れろ。やってみたら?」


 女冒険者はくいっと親指で奥を示す。


「ええと、あのー……自分は商人でして」

「あっはは。見りゃあわかるっての。大丈夫だよ、商人だろうが命の危険はないし。冒険者のほうがむしろ難しいんじゃないかって気がするよ」

「……はあ?」

「ま、やってみな。銀貨1枚」

「あ、これは失礼を……」


 女冒険者が情報料をねだっているのだと思ったルーカスはポケットをまさぐるが、


「違う違う。ダンジョンに入るのに銀貨1枚必要ってことよ」

「……はあ?」


 ますます、わからないルーカスだった。




 ルーカスは白い部屋にいた。アナウンスを聞いたあともぼんやりしていた。

 ワケが、わからなかった。

 こんなダンジョン聞いたことがなかった。商人とはいえダンジョンがどんなものかくらいは知っている。

 ボタンを押してみた。トラップの位置が現れ、消えた。向こうには確かに銀の延べ棒が見えている。

 しばらくすると白と黒で点滅が始まった。記憶の中のトラップの位置を上書きするように。


「……なんだ、これは」


 なにもかもが意味不明だった。

 ダンジョンと言えば、パーティーを組んで侵入し、モンスターを倒すことでその素材を手に入れる場所だ。宝箱があり、一攫千金を狙える場所だ。新たな魔法や技術に目覚める場所でもある。

 こんなふうに、試練が示され、それをクリアするよう求められる場所ではない。

 しかも命の危険がないとまで来ている——半信半疑だったが、モンスターがいないのなら確かに命の危険はなさそうだ。


「……なんだ、これは」


 もう一度つぶやいた。


 ——目的は?

 ——仕組みは?

 ——冒険者はとっくに適応している。

 ——むしろ商人のほうが適応できないかもしれない。

 ——誰が作った?


 足下が点滅する部屋で彼は口を開いた。


「——迷宮主さん、もし聞いていたらでいいんだけど……教えてくれないかな? なんでこんなものを作ったの?」


 返事は、ない。


「ふう……そうだよね。きっと、あなたに会えるのは、ここをクリアした人間だけ……」


 確信に満ちた足取りでルーカスは一歩を踏み出した。

 ルーカスは一度も立ち止まることも、迷うこともせず、部屋の奥へと進んでいく。

 そして、銀の延べ棒の前に立った。


「もらうよ」


 手を伸ばした——瞬間、彼は転移した。


「…………」


 なにもない部屋だ。

 15メートルほどの直方体。天井がぼんやり明るい。足下は岩石をスライスしたパネルがはめ込まれていて、美しい模様を見せている。

 部屋の中央には祭壇のように美しい台座が置かれてあった。だけれどそこにはなにも載っていなかった。

 ルーカスが祭壇を見つめていると——、


「いや、まいったな……」


 背後から、声が聞こえた。


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