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第14話 ワシの「非常識」は108式まであるぞ

――――――――――

*アルス*

――――――――――




 まさか、転移トラップだと? 銀貨1枚を投入すると、その者に転移魔法がかかる仕組みになっていたとは……。

 危なかった。

 自分が最初にやっていたらと思うとぞっとする。

 もちろんアルスにそんなつもりはなかった。冒険者をそそのかすつもりだったし、誰も立候補しなければ煽るだけ煽って「周囲をもう少し探索しよう」などと言って数人の冒険者をここに残すつもりだった。そうなれば、冒険者だ。好奇心旺盛な連中だ。絶対に誰かが金を入れると思っていた。


「銀貨1枚でひとりだけかよ……」

「あいつどうなっちまったんだ?」

「転移トラップみてーだけどな」

「パーティーメンバーは?」

「俺、とこいつ」

「追わないのか」

「いやー、明らかに危険なのに行けねーだろ」

「命の危険はないって書いてあるぞ」

「はあ? お前信じんのかよ? じゃあお前が追ってみろよ」

「なんでだよ! 俺のパーティーメンバーじゃねえっての!」


 冒険者たちがあーだこーだ話している。

 しかし、どうする。

 転移トラップがあるなら迂闊には行動できない。

 残念だけど、最初に銀貨を入れたあの冒険者は死ん――。


「うおあ!?」


 誰かの声に、びくりとして振り返るアルスたち。

 そこには、


「マジかよ……」


 先ほど銀貨を払った冒険者がいた。


「どういうことだい? 君、今転移したよね?」

「あ、はい、えっと……なんて言っていいのか……さっきの宴会場みたいなところに戻されたんですよ」

「戻された?」

「いやー失敗したっていうか、クソッ、あんなのわかんねーっつうの!」

「ちょっと待って、落ち着いて。中になにがあったっていうんだ?」

「そう、中ですよ、中! こーんなでっかい銀塊があって――」


 冒険者が両手で大きさを示した――それを見た他の冒険者が、


「銀塊」

「銀……だと?」

「入ってすぐに銀塊!?」


 色めき立った。そして懐から銀貨を取り出すと、


「よっしゃ行くぜ!」

「あ、待て、次はあたしよ!」

「いやいや俺だ!」


 ちゃりん。転移。

 ちゃりん。転移。

 ちゃりん。転移。

 ちゃりん。転移。

 4人がいなくなった。


「俺も行ってきます!」


 最初の冒険者がまたしても挑戦しようという。


「お、おい、君――」


 ちゃりん。転移。


「…………」


 なんだ……? そんなに魅力的なのか?

 アルスを含めて残された数人の間に、微妙な空気が流れる。

 さっきのあの冒険者、「絶対に命の危険はない」と確信しているふうですらあった。


「あーん、もう! あんなのわかりっこないわよ!」


 とそこへ、銀貨を支払った女冒険者が戻ってきた。


「君、無事だったのかい?」

「あ、はい。中全然大丈夫っすよ。全然へーき。確かに命の危険はない……し、それに」

「?」

「……えっと、うん、あたし、もっかいチャレンジしますわ! じゃ!」


 なにを口ごもった?

 ちゃりん。転移。


「おい、あいつ――」

「だよな。わかってる」

「おお。目が完全に……欲にくらんでた」


 欲にくらんでた?


「……お、俺も行こうかな」

「俺も!」


 ちゃりん。転移。

 ちゃりん。転移。

 ちゃりん。転移。

 ……。

 結局、アルス以外の全員がいなくなった。


「うおあ! もう、なんなんだよ! どいて、邪魔!」


 すると最初の冒険者がまた戻されて、狭い通路をアルスを突き飛ばすように走ってくると、また銀貨を1枚取り出した。

 ちゃりん。転移。


「…………え?」


 なに、なんなの?

 そんなにすごいのがあるの?


「…………」


 アルスはそれから10分ほど待った。

 その間に7人の冒険者が戻り、また中へと入っていった。


「……行ってみるか」


 中は危険がないらしい。

 銀塊程度ならばたいした価値はないだろうが、危険がないのなら試してみる価値はある。

 アルスは懐から銀貨を1枚取り出し、投入した――。




 アルスが立っていたのは、30メートル四方の白っぽい部屋だった。足下は50センチほどの正方形パネル。それが光っている。壁は灰色一色でどこにも継ぎ目のようなものはない。

 ちょうど部屋の隅だ。対角線上の反対側に出口らしきもの。そして出口の横――なるほど、あれか――壁がくりぬかれており、そこには銀の延べ棒が鎮座していた。

 延べ棒にはちょうど上からライトを当てられているようで、きらきら輝いている。純度も高く錆びついてもいない。


「……錆びついていない? なぜだ? 放置されていた銀など錆がつくに決まっているのに?」


 アルスは怪訝に思ったが、その疑問を追及するよりも早く声が聞こえてきた。


『通行可能なパネルを表示するには壁のボタンを押してください。1度だけ点灯可能です。それ以外のパネルを踏んだ場合、あるいはそれ以外のパネルの上部を身体や服の一部が通過した場合、即座に外へと排出されます』


 壁のボタン――振り返ると、背にしていた壁に赤色のボタンが埋め込まれてあった。

「点灯時間5秒」という注意書きとともに。

 流れてきた音声と同じ内容を記したプレートもボタンの上に貼られてある。


「ふむ」


 アルスは考えを整理する。


 他の冒険者はどこだ?

 いない……。違う部屋へ転移したのだろうか。いや、銀の延べ棒が見える以上、この部屋に来たのではないか? いや、待て。もしかすると――同じ構造の部屋が複数ある、とか?


「まさか、ね……」


 こんなふうに凝ったトラップルームがいくつもあるというのは考えにくい。だけれどこの疑問はのちほど解消すればいいだろう。このルームを突破したあとに。


 続いて、この部屋についてだ。

 パネルには転移トラップが埋め込まれている、ということだろう。埋め込まれていないパネルを、ボタンを押すことで教えてもらえる……と。

 ほんとうに、ちゃんと正解を教えてくれるのだろうか? 騙されているのでは? ――という疑問については解消できた。正解を教えてくれるのだ。でなければ冒険者たちが何度もここに「チャレンジしよう」と思わないだろうから。

 パネルの順序など覚えずジャンプする、あるいは浮遊魔法で通過する、ということもできない……らしい。通行不可能なパネルの上部を通過するとダメだと言っていた。

 つまりはトラップのないパネルを「覚えろ」と言うのだ。


 パネルについて。

 一辺が30メートルだとすると、パネル1枚が50センチとして、60枚かける60枚で3600枚のパネルがここには敷き詰められているということになる。


――

※この世界にはメートル法はありませんが、わかりやすいようそのような表記となっております※

――


 アルスが目を凝らしてみても、パネル同士に違いは見られない。見た目からはどれがトラップか、わからないというわけだ。


「ふんっ!」


 剣を抜いてパネルに突き刺してみた。

 ばりん、と割れた。


「!」


 でも剣を引き抜いた瞬間……元に戻った。


「まさしくダンジョン、というわけだな」


 自然の洞窟を利用したダンジョンの場合は、破壊することで新たなルートを作ることができる。しかしこのように迷宮主が支配しているダンジョンは、復活することがほとんどだ。

 1回ごと使い切りのトラップ――たとえば落とし穴とか――は、迷宮主が魔力を再注入するまで復活しないのだが。


「3600枚のパネルを覚えるなど、不可能だろうけどね……」


 アルスにはある予感があった。

 それを確認するためにもボタンを押してみるしかない。

 迷わず押した。


「おおっ」


 アルスが踏んでいるパネルや周囲のパネル、2メートルほどは白いまま。

 その先に黒いパネルが点在している。特に、銀の延べ棒付近は黒い。もちろんそれでも歩けるルートは確保されている。


「……消えた」


 すぐに光が戻った。5秒が経過したということだ。

 ふむ……これなら行けそうだな。

 頭の中には黒いパネルの場所がくっきり残っている。


「まずは真っ直ぐ5歩。次に左に6歩。それから右に5歩……あれ」


 歩き出して少しすると、あちこちのパネルが黒くなり、元に戻り、というのを始めた。


「え、あれ? なんだこれは、ずるくないか!?」


 そのせいで頭に残っていたパネルの位置が――おぼろげになっていく。

 次は、どこだっけ?

 真ん中付近にやってくると――先ほど頭に刻んだパネルの位置がわからなくなる。


「……あれ? この先って確か1枚黒いパネルがあったよな? 右だっけ?」


 白、黒、と変化を繰り返すパネルに囲まれてアルスは途方に暮れる。


「これ……思った以上に厄介だぞ…………えーっと、確かゴールに向かって、あそこのルートが」


 ぶつぶつつぶやきながらアルスが人差し指を前に突き出し空間をなぞろうとしたときだった。


「え?」


 ぬるり、と空間が溶けたかと思うと、アルスの立っている場所は白い部屋ではなくただのだだっ広い部屋――宴会場だった。


「……え?」

「あれ? アルスさん。アルスさんも挑戦してたんですか? ああ……やっぱりアルスさんも失敗っすか~。結構難しいんですよねえ」

「え、え……?」


 失敗? なんで?


「あ……」


 アルスは気づく。

 腕を伸ばしたのだ。

 おそらくそのときに――転移トラップパネルの上空を通過した。


「あああああああああっ!」


 悔しい、悔しい、悔しい!

 こんな初歩的なミスで!

 アルスは銀貨を握りしめてダンジョンの入口へと向かった――。




――――――――――

*俺*

――――――――――




「おおっ、おおお、おおー! 見たかリオネル! 冒険者たちがこぞって参加してるじゃないか!」

「そうみたいですねえ」


 俺たちは迷宮司令室に戻っていた。

 巨大スクリーンには迷宮の稼働状況が表示されている。

 これまでに設置した「初級コース」は30。これは「30人が同時に挑戦できる」ということと同義だ。

 報酬の銀の延べ棒は……ハッタリだ。

 中級整形(リイス)を使って表面を延べ棒っぽく加工した石の、表面にうっすらと銀を貼り付けたに過ぎない。

 いや、銀もこの山で産出したんだけど、マジでちょびっとしか出なかったんだよな。


 ――冒険者にバレたら2度と利用してくれなくなりますよ?


 というごもっともなリオネルの心配。だけど俺には勝算があった。

 ここを突破されるよりも先に、「本物の銀の延べ棒を作れるだけの銀貨が集まる」だろうってね。

 銀貨だってつぶせば延べ棒を作る材料になる。もちろん不純物がかなり混じり込んでいるだろう。でもそれは俺にとってチャンスでしかないんだ。なぜだと思う? まず第一に、純粋に銀を抽出するのは迷宮魔法空間分解(ディスマントル)で可能。

 そして第二に銀含有量が100%の延べ棒には――莫大な価値が生まれるからだ。

 純銀の価値が高まるのだ。


「獲得銀貨量は……51枚か。開始早々にしてはいいペースじゃないか」


 スクリーンには部屋の稼働数、獲得銀貨量(≒参加人数)、平均踏破距離(ここで言う「踏破距離」とはスタート地点からどれくらい進めたか、を意味している)、最大踏破距離、最小踏破距離が表示されている。

 スクリーンのシステムを明確に頭の中で想定するのは大変だったぜ……なにせちゃんと考えないと製造精霊(クラフトスピリット)が動いてくれないからな。距離の計測や、数値の計算は割と簡単にできた。でもな、明かりが問題だった。LEDや白熱電球のイメージでは作動しなかったので、前にフェゴールのジイさんが見せてくれた光明(ライト)を思い出したところ、光の問題は解決した。壁に設置してある明かりなんかも全部これの応用だ。魔法をベースにするとすんなり行くんだよな。1つできるようになると小型化も簡単で、腕時計タイプのMP残量表示器も作れたというわけだ。


「リオネルー。銀貨1枚ってどれくらいの価値なんだっけ?」

「そうですね……銅貨と金貨の間に位置する通貨で、大体銀貨10枚でふつうの宿に1泊できますね」


 銀貨1枚500円くらいかな。

 チャレンジが1回銀貨1枚じゃ高すぎるかな、という気もしたけど、まあ、それなりの納得感は得られているようだ。


「……しかしボス、このままでいいんですか?」

「ん、なにが?」

「誰も成功してませんよ」

「当然だ。成功されたら困る」


 まだ銀の延べ棒を作れるまで銀貨が貯まってないからな。

 ちなみに投入された銀貨は迷宮の奥深くに貯蔵されている。人間が通れるような隙間はなくて、俺だけが潜伏(サブマリン)高速移動(ファストムーブ)でアクセスできる。


「うーん……」

「なんだよ、なにか思うところがあるなら言って」

「や、誰もクリアできないダンジョン、みんな続けますかね?」

「…………」


 ふっ。

 ふっふっふ。

 ふっふっふっふ。


「ボス、なに笑ってるんですか。やっぱり頭おかしくなりました?」

「なってねーよ。やっぱりってなんだ、やっぱりって」


 あと周囲の骨ども。お前らもおろおろすんじゃねーよ。真実味が増すだろうが。


「リオネルはわかってない。わかってないなー」

「?」

「人間ってのは、賢い生き物だ。でもって想定外のことを企むもんだ」

「はあ……」

「QAを3回通したWEBイベントであり得ないエラーをたたき出すのがユーザーだ」

「きゅー……なんですか?」

「気にするな。いいから見ておけ。――っていうかお前、最初は『こんな簡単なトラップ、すぐにクリアされますよ』って言ってなかったか?」

「はてさて?」


 いや言ってた。間違いなく言ってたのにこの骨は。


「こういうのは『お、簡単そう』と思わせて失敗させるってのがいちばんいいんだ。そうするとムキになる。金を使う」

「……人間は賢くて想定外のことを企むんじゃないんですか?」

「そうだよ。とりあえずは、俺の想定内だったけどな」


 まず銀の延べ棒に向かって魔法をぶち込んできたヤツがいた。

 でも魔法もその人間の一部とみなしている。飛翔体が転移トラップの上をかすめた瞬間、転移だ。

 魔法を使えなくするとかそういうことができればいいんだけど、できないんだよな。俺、魔法のメカニズムとか全然わかんないし。

 弓矢も同様にアウト。


 次に、壁を歩くヤツが出てきた。なにそれすごい。って思ったけどそれだけだ。パネルの上の空間も、すべてトラップ対象にした甲斐があったというもの。


 次に、トラップの位置を示している5秒間――つまりパネルがわかるうちにダッシュした者がいた。それは、一歩踏み出した瞬間、トラップの表示を消した。


 次に、転移トラップのパネルを剥がそうとしたヤツがいた。剥がしても修復まで多少のタイムラグが発生するからな。もちろん、剥がしたところでトラップは発動する。ヤツは勘違いしていたのだが、実はパネルにトラップが仕込まれているわけじゃない。パネルを含むそのエリア自体がトラップの指定範囲なのだ。ちなみにトラップ自体は天井の奥に埋め込んである。パネルを剥がしても意味がない。


「そうなると、もうこれクリア絶望的じゃないですか?」

「んなワケないだろ。攻略方法はいろいろある。ただその方法に思い至るまで時間がかかるというだけだ」


 5秒間のトラップ表示中に写真撮るとかな。写真魔法みたいなのがあれば、の話だけど。

 あとは瞬間記憶保持能力者が来たら一発で終わりだ。


「いやいや……ないっすよ。ボスがどんな攻略方法を考えてるかわからないですけど。あまりに非常識なダンジョンです」

「そんなことないっての。非常識非常識言い過ぎな?」


 現代だったらツイッターが2chにさらされて有志による検討の結果、最適な攻略法が開始1時間後くらいに出てくるんだぞ。その30分後には裏技まで出てくる始末。もうほんと止めてよぉ!


「転移トラップをこんなことに使うダンジョン、他にないですよ?」

「その自覚はある。だけどな、人間の最大の武器は――知恵だ。見ろよ、ヤツら、相談を始めたぜ」


 俺の目にはぼんやりと見える。冒険者たちが集まり、額を寄せ合っている姿が――。


「……えっとボス、私たちにはそういうのが見える能力がないんですけど……」


 そうだった。



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