第11話 ヒロインかな?(肌の色は紫)
「撃てェェエエエッ!!」
とリオネルが叫んだ瞬間、雨のように矢が降り注いだ。山賊どもがばたばたと倒れていく。
豹変したリオネル、骨どもを唖然として見つめていた俺だったけどもようやく我に返ったわ。
「歩兵2部隊、突撃ィッ!!」
リオネルの声が発せられた直後、眼下の山腹からぼこっと土煙が上がり穴が開いた。
金属剣と金属盾を構えた骨どもが山賊に襲いかかる——金属、と漠然と言っているのは純粋に鉄だけで造るには所有量が足りなかったせいだ。ていうか剣にふさわしい金属組成なんて全ッ然わからないから適当に組み合わせて適当に造ったに過ぎない。
だが、
「ぎやああああ!?」
「いでぇっ、いでええよぉぉ」
切っ先はキンキンにとんがらせている。どんな金属かわからないというだけで殺傷能力が下がるわけじゃない。
弓矢の攻撃で怯んだ山賊は体勢が崩れており、3人ほどが動かなくなる。
「てめえらッ、雑魚スケルトンどもに後れをとるんじゃねえ!」
頭領らしい男が一喝する。毛皮のベストを着込んだオッサンだ。
その声で残り15人前後の山賊が息を吹き返す。こちらのスケルトンも削られていく。
「第2射用意ィッ!」
「お、おい、リオネル! リオネル! このまま撃ったら骨にも当たるぞ!」
リオネルは、動じない。
「当然です。当たります」
「ふぁ!? 骨は矢に当たっても平気なのか!?」
「……え? 平気なわけないでしょう?」
「ふぁ!?」
なにこいつ「当然」みたいな表情なの? あ、スケルトンだし表情なかったわ——じゃねえよ!
「ダメだろ、それじゃ! 味方に殺されるなんて!」
「もう死んでますし」
「そうじゃねーよ!」
「え、だって、ボスが魔力入れたら復活しますが、ひょっとして魔力切れですか?」
「……あっ」
そそそそそうだったぁ〜〜〜〜あいつらすぐ復活するんだったぁ〜〜〜〜。
勘違い恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
「……ボス?」
「……第2射いっちゃって」
「第2射撃てェェエエエッ!!」
雨あられと降り注ぐ矢。
魔族の子どもの前には骨が立ちふさがり、矢を盾で防いでいる。
「ぐぞぉぉぉいでぇぇええ!」
「お、お頭ぁっ」
「チッ——逃げるぞ、野郎ども!!」
さすがにこれには懲りたのか、山賊どもが撤退を始める。
満足に立っているのは10人を切っている。
まあ、こちらのスケルトンも残り数体だが、追加の用意はある。
「ボス、追撃しますか? これから夜ですし、しっかり追えますよ」
「…………」
俺はちょっと考えて、
「生き残ってるヤツをふん縛れ。あとは追わなくていい」
「……え?」
「わからないか、リオネルよ。縛った山賊は放置だ。しばらく襲撃もないだろうし、仲間を助けるほど殊勝な連中ではないと推測できる。ならば明日にでも乗合馬車が通りがかれば山賊を発見し、大騒ぎになる。そうなれば多くの人間——特に公的機関が出張ってくるだろう。注目度アップだ。迷宮のお披露目はそのタイミングに合わせよう!」
「えっといや……」
「なに? なんか間違ってるか、俺?」
リオネルは言いにくそうに、
「縛るためのロープがないっす」
結果から言うとロープはあった。奴隷を運んでいた人間が持っていたのだ。
いやー、迷宮魔法はメチャクチャ便利ではあるんだけど、ロープみたいに柔らかいのは作れない。草の分子組成とかわかんなくね? 草は草だよな? 草は生えるもんだ。アルケミーしちゃう感じのアレじゃないわ。
そう、迷宮魔法は万能じゃない……機械的なものには強いけど、柔らかいものや食事を作ろうとしてもできないというデメリットがある。俺がバカなんだろとかいうツッコミはナシな。伊達に高校時代数学で赤点とってねーぞ!
気を失った山賊や山賊の死体、奴隷を運んでいた者たちの死体はそこに残しておいた。ダンジョンに連れてきて吸い込んでもいいんだけど、なんかさ……やっぱり気持ち悪いっていうか。
今さら人殺しを命令しておいてそれはないだろう、って?
そう……俺は人を殺した。
命令して、殺させた。
禁忌を犯したような気持ちは少しだけある……けど、思ったほどじゃなかった。ひょっとしたら現実味がまだないのか。あるいは迷宮主としての精神作用なのか。
ただそれでも人を吸い込みたくない。
人殺しと人肉食いって違わないか? フェゴールのジイさんを吸い取ったのをできれば最後にしたい。まあ……いずれどうしようもなくなるときが来ちゃうかもしれないけど、そんときはそんときというか。
それに奴隷を運んでいた人間だけいなくなったらそいつらが主犯に見えておかしなことになるし、山賊だけ吸い取っても生き残った山賊がおかしなこと言うかもしれないし。
山賊が言った内容によっては、俺が今回考えている「迷宮公開プラン 〜 グランドオープニングセレモニー」にはそぐわないことになる可能性があるんだ。あくまでもこの迷宮は、「人肉には興味がない」としておきたい。
「さて、そんでまぁこの子だけども」
広い一室に運ばれてきた魔族の子。
腰高の台を俺が造ってそこに寝かせてある。なんとなく、ロープとともに仕入れたゴザをかけてある。
金髪。こめかみに軽く巻き角。肌は紫っぽい。
ものすごい美少女で……ということはなくて、ふつうに少年である。少年だよな? おにん○んついてるよな? ニンニンって言ってもハッ○リくんではない。むしろこの場合獅○丸のほうである。ちくわ的な意味で。
……話がずれた。俺、下ネタ好きってワケじゃないんだが、これじゃあ単なる下世話なオッサンじゃねーか。
んでこの子。人間で言うなら10歳くらい。生意気盛りの年頃である。
悪魔の子ども——魔族、という。
人間に姿形は似ているが、人間と敵対している存在なんだとか。
「殴られて気絶してますけど、命に別状はないですね」
「なんかやつれてるように見えるが」
「……あんまり、まともな食事を与えられていなかったのではないでしょうか」
「そうか」
やっぱり怒りが湧いてくる。小さい子をいじめるやつはクズだ。いや、俺がペドフェリアってわけじゃないぞ? ロリコンでもないぞ?
「ボスってロリ……」
「それ以上言ったらお前を地中に還す」
「承知」
承知、じゃねーよ。
「そういやリオネル。なんであんなに生き生きと命令してた?」
「死んでますけども」
「そういう意味じゃねーから。わかってて聞くなよ」
「えぇと、なんて言うんですかね……私、どうも武人だったようで」
「ふーん……」
どうも武人。
ワケわからん。記憶ないんじゃないの?
まあリオネルがワケわからんのは今に始まったことじゃない。
「で、骨どもを鍛えてたのか」
「一通りの訓練を。この迷宮ではなにがあるかわかりませんからな。あっはははは」
他の骨どももカタカタ笑う。……今、なにかおかしい要素あった? 骨ジョークなの?
「……ボス、ひょっとして自分がとんでもないことやらかそうとしているという自覚はないんですか」
「え、魔族の子ども拾ったのってまずかった?」
「そっちじゃなくて公開プラン……いや、もういいです。ボスがワケわからんのは今に始まったことじゃないですし」
その言葉そっくりそのまま返すっつーの。
「……ん、うぅ」
「お、子どもが目を覚ましたぞ」
俺たちはぞろぞろと彼をのぞき込んだ。
「っ!? ここ、どこ……!?」
「あ、ボス。明かりがないから見えないんですよ」
「そうだった」
俺はさくっとランプ(トラップ)を精製して手元に取り出した。
「やあ、災難だったね。ここは俺の迷宮——」
「っぎやああああああ!?」
少年、あぶくを噴いて気絶。
「……え?」
俺、リオネルを見る。
リオネル、肩をすくめる。
骨ども、肩をすくめる。
「……やっちまった」
そりゃそうだ。
目が覚めたら骨に囲まれて、しかもランプの明かりを持った俺はぼろきれを纏ったなまっちろい人間。
ホラーだわ。
「お、お前ら何者だッ! おいらに手を出したらどうなるかわかってんだろうな! おいらの父ちゃんはすっげー怖い悪魔なんだぞ!」
もう一度目が覚めた少年悪魔はそりゃもうすごい剣幕で言ってきた。
骨どもは待避させている。部屋も十分明るくしておいた。
万が一のことがあったら俺は高速移動で逃げる予定だ。一応そのぶんのMPも溜まったしな。
「あ、大丈夫。安心しろって言っても難しいかもしれないけど、俺は敵じゃないから」
「……敵じゃない? ほんとうかよ」
「ほんとう」
「証明できんのかよ!」
「うーん……」
俺、ちらっと少年を見る。股間とか。
「お漏らししたこと、黙っててやるから」
「!?」
少年、目をまん丸に見開いて、股間を見て、ぐっしょり濡れていることに気づく。
顔が真っ赤になる——ほう、紫の顔でも顔が赤くなるのはわかるんだな。
涙目になってぷるぷるしてる。
眼の色も紫、アメジストみたいだ。まあ今は濡れてるアメジストだけど。
「こっ、これはお漏らしなんかじゃねーよ!」
「わかった。わかった。誰にも言わないから」
「お前は信用できない!」
「まあ、信用しないでくれてもいいよ」
「……なんだと?」
「君が助かった。それでいい。お礼を言われたいワケじゃないし」
自己満足だ。そのためにこちらはなにかを失ったのでもない。壊れた骨どもも回収して魔力を込めたら復活したし。「あ、どもども」って感じで。軽すぎんだよ、あいつらのノリ。
「それで、帰る宛はあるのか? 送っていきたいのは山々だけど、俺はちょっとした事情でここから離れられない。骨ならつけてやれるけど……できれば移動は夜にしてもらいたいかな」
魔族の少年が骨どもを連れて歩いてたら、もうこれ魔族による人間侵略だよな。
「……お、お前なんなんだよ」
「ん?」
「人間だろ?」
ああ、人間に見えるのか。迷宮主ってすぐにわかるんじゃないんだな。
「おいらは……魔族なんだぞ」
「みたいだね」
「そうか。お前はアレだな。洞窟の奥に住んで、他人には言えないヤバイ研究やってるヤツだろ」
俺知ってる。それマッドサイエンティスト。
「違うから」
「じゃ、じゃあなんでおいらを見ても驚かないんだよ! びびらないんだよ!」
「魔族とか人間とか、たいして違わない」
「は?」
心底わからない、というふうに少年が口をマヌケに開ける。
だってそうだろ?
俺、もはや人間じゃなくて迷宮主だし。
人間だって誰かを奴隷にして人権を無視するのなら、そいつはもう人間じゃないと思うんです。はい。おめーのことだよ、最初に言ってた「クラシカルな雰囲気でWEBサイトをデザインしてね〜」というのを完成品納品間際で覆し「そうじゃなくてさ〜もっとアヴァンギャルドな感じに決まってるじゃない〜最初に言ったでしょ〜?」とか抜かすクソクライアントが! 英単語の意味もわかってねーどころか記憶喪失かよクソが!
「……クソ、クソがッ、クソがァ」
「おい、やっぱお前ヤバイ研究やってるんだろ」
はっ。声に出てた。
「お、俺のことは気にするな。ともかくだ。帰りたいなら帰っていい。ここのことを言いたければ言いふらしてくれて構わない」
「はぁ? 言いふらしていいのかよ?」
言いふらしてくれていいんだよ。むしろ人を呼びたいくらいだから。
「お前、マジでなんなの?」
「君のことを詮索しないから、君もこっちを詮索しない。俺は自己満足で君を救っただけ」
「……ふーん」
「それじゃ、帰る?」
と俺が言ったところで、ぐるるるるる……と少年の腹が鳴った。
「こっ、これはだな、おいらが魔法を使うときの予備動作で……!」
「護衛たちが持ってた食料なら確保しておいたから食べれば?」
「食う!」
死んだ奴隷の護衛たちはパンやチーズ、ワインにリンゴ(のような果実)といったものをいくらか持っていた。とはいえ5人で食ったら3日も保たなさそうな量だ。少年ひとりなら2週間は行けるかな?
俺も食べたかった……でもな、俺には空腹無視があるから……もしもこの子が腹を空かせていたらと思うと、手をつけられなかった。町に帰るにしても食料は必要だろ。
少年はパンをがっついている。水は、地下水が出るところが迷宮内に何カ所もあるので骨に運ばせてあった。
「美味いか?」
「うん! ……あ」
「?」
子どもらしく無邪気に食っていた彼は手を止めて俺を見る。
「お前は……食べないのか?」
「俺は餓えていないからな」
ウソです。めっちゃ食べ物食いたいです。
「まさかこれ、変な薬が入ってんじゃねーだろーな!? うっわ、おいら食っちゃったよ!?」
いい加減、マッドサイエンティストの妄想から離れましょうよ、ね?
「ぷはー……食った」
「それはもういい食いっぷりだったな」
あった食料の1/3くらい食った。食欲旺盛。若さってすごい。
「じゃ、帰るか? 食料持っていっていいし」
「……お前、おいらを帰らせようとしてる。やっぱ怪しいなー」
「そういうのいいから。むしろ怪しいならここを離れたほうがいいだろ」
「…………」
「ちょっと? 君?」
「……キミキミうるせーよ。……おいら、には、ちゃんと……ミリアって名前が……」
すぴー。
寝やがった。
食うだけ食って満足して寝るとはやはり子ども。いやどっちかっていうと、犬?
「……っつか」
俺氏、妙なことに気づいた。
この少年悪魔、ミリアって言ったよな? それって男の子じゃなくて……。
「女の子の名前ですねえ」
「いきなり後ろから出てくるんじゃねえよリオネル」
フッ、と耳に息を吹きかけられそうな距離にリオネルが現れやがった。
だよな、この名前。
女の子なのか……?
「うむむ」
仰向けになってすぴーすぴーしているミリア。
シャツを通して、その胸は……ちょっとだけふくらんでいたのであった。
ロリコンは犯罪だよ、お兄ちゃん!