第10話 俺……本気(マジ)になっちまったわ……真剣(マジ)の迷宮造るわ……
俺は異世界をナメていた。そういうことだ。それからというもの、俺は真剣に迷宮に向き合った。このままでは童貞を捨て――じゃなかった、食料を調達するどころじゃない。冒険者に乗り込まれて俺が発見されて討伐されておしまいだ。
だけど、どうしよう。
冒険者とはいえ人間だし、殺したりはしたくない。女冒険者を無力化して、俺の好きなようにもてあそんで……うえへへへ。
「はっ」
危ない危ない、また異世界をナメるところだった。ナメくさるところだった。大体な、無力化ってどうするんだよ。よしんばスケルトン軍団が女冒険者に勝利しても相手だって抵抗する。媚薬混じりの粘液を放出する触手の召喚なんてできんし。催眠魔法なんてないし。魅了のスキルなんぞないし。
……ないよね?
《ありません》
心なしかカヨちゃんの声に呆れが混じっている気がするけど気のせいだと俺は信じる。
《…………》
というわけで、それからというもの、俺はあれこれ実験を始めた。今できることは限られている。その中で、工夫しよう。
あ、冒険者を殺してレベル(っつうかMP)アップ! みたいなことはナシな。だってさ、考えてもみろ。がんばれば1日あたり10%ずつ最大MPが増えていくわけ。ってことはさ、日数ごとに1.1^nってなるわけだろ? つまり今から100日後には今の俺のMP100万かける1.1の100乗だから……。
「よし、わからん!」
あれ、計算方法これで合ってるか? もういいや。合ってたところで計算できねえし。どうせきっちり1割ずつ増えるわけじゃないし。適当にやろう、適当に。
なんたって100万だからな。俺の日本の貯金通帳が一度も記録したことがなかった100万だからな……。
ともかく俺が考えなくちゃいけないのは、今俺にできることはなんだ、というわけだ。
最初の目標、「食料調達」に向けて――いやさ、こっちの飯、食ってみたいじゃん。
それからまたしても10日ほどが過ぎた。異世界にやってきてからそろそろ1月ってところか。だいぶなじんできたな。ウソだ。まったくなじめてない。というかしゃべった相手は骨だけだ。気が狂うかと思うわ。これが不思議なことに狂わない。たぶんそういう耐性が迷宮主という生き物についているんだろう。迷宮主は孤独である。
さてこの10日間、俺はいろいろ考え、いろいろなことを試した。リオネルには意見を聞いた。骨の数を増やして今は迷宮内に500体ほどがいる。危険骨等取扱責任者はリオネルだ。
着々と準備は進んでいる。
いちばんの発見は製造精霊だ。
中級整形によって、粘土だけじゃなく金属を整形することまでできるようになってたんだけど、製造精霊はさらに進んでる。
素材を混ぜ合わせたり、熱を持たせたり、魔力を込めたりできるんだ。
さらには「こういう罠欲しいな~~~」って念じると、素材があれば作れる。素材ってのは俺が空間精製で亜空間に飛ばした物質のうち、空間分解でよりわけておいたものってことな。
簡単。便利。とはいえ、原理をちゃんと詰めて考えないと出てこないけど。トラバサミってどうやって造るんですかねえ?
まあ、莫大なMPを消費するのが難点ではあるけどな。小さな罠1つ作るのに1,000くらいMP飛んでくんだもの。
便利を肩代わりするのは魔力な。これ、異世界を生きていく上で重要なこと。
それで、だ。
製造精霊を使って俺が企んだのは――罠の量産。
トラップって言ってもいろいろあるんだぞ。フットスイッチを踏むと扉が開くとか、壁のスイッチをオンオフで室内の明かりをオンオフとか。なにそのマイ●クラフト。
高度なこともできる。
自動でトラップの数をカウントするとか、表示するとか、エスカレーターとか……エスカレーターがトラップ扱いだとは思わなかった。迷宮主ハンパねぇ。
俺はとりあえず腕時計モドキを作りだして、現時刻とMP残量を表示するようにした。原理は不明だが、「これこれこういう機能!」と詰めて考えればokだった。そんなこともできてしまう。MPは28万必要だったけどな。……リオネル28体ぶんだと思うとたいしたことないな。
「カヨちゃん、俺に話しかける回数が減るけどごめんな」
《…………》
カヨちゃんは相変わらずツンデレ。いや、デレ期の来る気配がないのでただのツンドラだ。氷河期だ。恐竜すら死ぬ。
そんなこんなで俺は着々と「準備」を進めていた。
迷宮内に設置したトラップの数は1万2千個。がんばった。俺がんばった。あと実験に協力してくれたスケルトンたちががんばった。
発動タイミングで俺のMPが消費されるので、1万2千個あってもランニングコストはたいしたことない……今のところは。
なんの「準備」かと言えば、もちろん冒険者を迎え入れる準備だ。
強いモンスターを召喚する、というのも考えたんだけど……やっぱり、人死にが出るのは気が引けた。覚悟がないって言ったらそれまでなんだけど。裏を返すと、だからこそゴブリンを召喚してないってのもある。食料ないとゴブリン死ぬし。スケルトンなら魔力で生き返る。いや死んでるけど。それはもうええ。
ゴブリンを使い捨てと考えることもできるんだろう。でも……この世界で好き勝手生きよう、とは思ったものの、自分勝手に生きたいわけじゃないんだ。
だからさ、トラップを主体にした。
かかった冒険者は外に転移させられるような感じ。転移魔法の発動コスト、MP50。安すぎなんだよなあ。
転移トラップは決めた転移先に転移させるだけ。ダンジョン内ならどこでもオッケー。
高速移動要らなくね? こっちの消費MPは100万やぞ? と一瞬思ったが、高速移動はいつでもどこでも好き勝手に移動できるんだから使い勝手が段違いだ。
転移トラップは、しかけておけば誰にでも発動する。スケルトンが踏んでも女神像前に転移してしまう。だから、女神に会いに行くには高速移動がいい。リオネルに女神のことは教えない。またフェゴールのジイさんみたいに死なれては困るからな。女神の美貌は殺人級だからな。秘密だ。ボスには秘密が多いのである。
「さて、迷宮をオープンする日程だが……」
俺は「迷宮司令室」と名付けた部屋にいた。
天井には照明(トラップ製)があり、俺が座っているのは回転するオフィスチェアっぽいイスだ。
ひろびろとした鉄製テーブルもある。
天井も壁もしっかりと平らに整地されていて、つるつるだ。
広さは、そうだな、結婚式の二次会とかで使われるレストランくらいある。
……わかりづらい?
このくらいの広さって、他に思いつかないんだよな。
それはともかく。
ここは公開用ダンジョンのある山のど真ん中に位置しており、女神像のある本家ダンジョンからはもちろん遠い。
ダンジョン内のトラップ作動状況がわかるよう、壁面には公開用ダンジョンの全体図が描かれており、侵入者は赤色、ダンジョンの愉快な仲間たち(骨のみ)は緑色の光がついている。
トラップ作動数や破損数が表示されるモニターもある。
これ全部罠なんだ、すげーだろ?(消費MP35万)
「ボス、本気でここを公開するんですか?」
「リオネルくん、不満かね」
「や、不満とかじゃないんですけども……」
珍しくリオネルが口ごもる。
「はっきり言いたまえ。ずけずけ言うのが君のキャラであろう?」
「いや、ボスのほうがよほどキャラぶれぶれなんですけど、大丈夫っすか?」
「うっせー。威厳のある迷宮主っぽさを追及しただけだ」
「まあ、私はどっちでもいいですけども……そんなずけずけ言ってます?」
「言ってるよ。もういいよその話は。早く意見があるなら言えよ」
「あ、はい。えーっと……このダンジョンなんですが。というか、公開プランなんですが」
公開プランというのは、お披露目会だ。前回の失敗を踏まえた上で、再度プランニングした。どういうふうにお披露目したらここにみんな来てくれるかな? 迷宮として利用してくれるかな? と考えた結果、俺の脳みそから絞り出されてきた渾身のアイディアをまとめたものである。これでも元WEBディレクターだからな。広告代理店のプランナーとがっぷり四つで組んでイベント企画とかもやった経験がある。がっぷりよつ、って響きがエロイよな。
「非常識っす」
常識にあらず、ときたか。
「リオネル」
「はい」
「これくらいやって当然だよ~~~~君さぁ~~~~~?」
俺はイスにのけぞって、テーブルをとんとんとんとんと指先で叩く。
「……なんかその言われ方ムカつきますね」
だろう? 前の世界で超絶うざかった朝令暮改のクライアント野郎を真似たからな。あいつ……マジで仕事じゃなかったら殴ってるところだぞ……。
「リオネル。この迷宮に俺がどれほど情熱を傾けているか、わかるだろ」
「そりゃあそうですね。こんなアホなことに……失礼しました、修正します。アホほどすごいことに――」
アホの部分を修正しろよ。
「――ここまで熱心な迷宮主は聞いたことがありませんよ」
「やるからには本気だ。でないとつまらん」
「はあ……」
「わかってないなーリオネル。死んで骨抜きになったんじゃないの?」
「むしろ骨しか残ってないんですがそれは」
「そんなわけで近日中にこの迷宮を公開したいのだが、なにか記念日とかで交通量が増えることはないかな?」
「記念日……ですか?」
「王様の誕生日でよそから人がいっぱい来るとか」
「そうですね……その前に私、ここがどこかわかりませんよ」
「だよな」
だよな……。
もう、適当に乗合馬車が来たところで公開しちゃおうかな。
いやー、でもなあ。それって前回と同じなんだよな。
ここまでいろいろ準備したのに、前回と同じって……失敗フラグみたいでイヤだ。
「あれ? ボス、見てください」
リオネルが指したのはモニターだ。
乗合馬車が通るルートの上――新たに設置した5箇所の1つ、監視スケルトンが「警戒」を示すオレンジ色のアラートを出していた。
俺の身体に、久々の緊張感が走る。
「なにがあった?」
迷宮司令室にある転移トラップを使って移動した。
カチカチカチと歯を鳴らしながらスケルトンは監視窓を指差す。リオネルが通訳しようとするが、手で押さえた。見た方が早い。
俺は前回のようにひょっこり首を突き出した。
うおっ……ここ、結構大地に近いな。
ビルの6階くらい?
気がつかなかったけど、もう夕方だったんだな。
「オラッ、皆殺しでかまわねえ!」
「残りひとりだ!」
「クソが、抵抗しやがって」
「おっしゃあ、俺がとったぜえ~」
んん~~……馬車を山賊が襲ってるな。
馬車、っていうか……なにを牽いてるんだ? 鉄の檻?
多勢に無勢というか、山賊は20人以上いるのに、馬車側は5人程度。それでも山賊も割と死んでる。10人近くは死んでそうだ。
最後の1人も死んで、山賊は大喜びだ。仲間が死んでも悲しんだりしないんだな……刹那的な生き方だ。
「ああ、ボス。あれは山賊ですねえ。積み荷……というか、奴隷でも運んでたふうですね」
「奴隷か……」
この世界、奴隷とかいるんだな。人権団体なんか、ないんだろうな。骨とか召喚できるんだぜ? まあ、山賊がいるくらいだからそんな団体より治安をしっかりしろってことだよな。
死体からカギをひったくった山賊が檻を開ける。
「ん……?」
出てきたのは、金髪の子どもだった。シャツにズボン。男の子か。
でも、なんだ? 頭に角が生えてないか? それに肌が紫色っぽいぞ?
「悪魔ですね。悪魔の子ども」
「悪魔だって!? 奴隷なのに?」
「もちろん珍しいんですよ。だから山賊も喜んでるでしょう。金になりますし――それに、悪魔は人間と生体が近いですからね。性奴隷にもできます」
「性奴隷って……子どもだぞ」
「子どもだろうと関係ないんじゃないですか?」
…………。
「ボス?」
胸くそ悪くなった。
子どもだぞ。
何度も言う。
子どもだぞ。
「リオネル。スケルトンどもに命じろ」
「はい?」
「山賊を追い払い、子どもを助ける」
「……本気ですか?」
「本気だ」
「山賊は人間で、子どもは悪魔ですよ」
「だからなんだ?」
「追い払うってことは、山賊を殺す可能性がありますよ」
「わかってる」
「公開プランに影響するかもしれませんよ」
「わかってる!!」
そうしている間にも子どもが抵抗した。それを山賊がぶん殴る。1発、2発……子どもがぐったりする。
胸くそ悪さがマッハだ。
「種族の差があっても、子どもを虐げていい理由になんかなるか! 早くしろ!!」
俺は好き勝手に生きると決めたんだ。
だったら――偽善かもしれないが、思いを貫かせてもらう。
「――承知」
その瞬間、リオネルの瞳が――ぼんやりと青白く光るだけの空洞が――きらりと光ったような気がした。
――――――――――
*リオネル*
――――――――――
――はあ……またですか。召喚されやすいんですかねえ私は。
冒険者に破壊され、召喚主との契約が途切れたと感じた瞬間から暗闇に落ちた意識。
それがまた自分によみがえってくるのを感じたリオネルは、自分がまた召喚されたのだとすぐに気がついた。
なにせ、6度目だ。
こうまで呼び出されてくると笑えてくる。
だから、笑い飛ばしてやろう。明るく振る舞ったら今度の召喚主は――珍しく迷宮主だった――きょとんとした顔をしていた。
この迷宮主はいろいろと変わっていた。
これまで、スケルトンを召喚する人間は強欲なやつらか、おかしな信仰をしているかのいずれかしかいなかったけれども、この迷宮主は違った。
なんだか、話し相手を求めている節がある。
「お前と話すのはウンザリだ」みたいなことを言いつつも、すぐにまた話しかけてくる。それなら他にもスケルトンを召喚すればいいのにと進言すると、「お前が増えたらどうするんだよ」と言う。どうしたいのか全然わからない。
ただ、やっぱり人恋しいのだろうとは推察できる。
人間的な触れあいに餓えているなと感じるのだ。
リオネルはこれでも“元”人間であり、今となってはすっかりモンスター側だ。まあ、モンスターとはなんぞやという定義はなかなか難しいのでわかりやすく言えば「人間に討伐される側」になったというところか。
生前の記憶はあまりないが、死後の記憶ははっきりある。そうなると気持ちとしてはモンスター寄りになっていることは否めない。
――んー、しかしなぜ私は召喚されやすいんですかねえ。生前の行動になにかあるんでしょうか。
記憶はないが、技能は残っている。
実を言うとリオネルは生前、武人だった。槍が特にしっくりくる。乗馬もできるようだ。たぶん将校だったのではと自分では思っているが、他人に言うものでもないので黙っている。
――ジェネラル・リオネルですな! あはははは!
とか言おうものなら、今回の召喚主、ユウからにらまれることは火を見るより明らか。
さて、そんなリオネルだからこそ――ユウの言動には驚いた。
山賊が奴隷を引きずり出すのを見たときだ。
「リオネル。スケルトンどもに命じろ」
「はい?」
「山賊を追い払い、子どもを助ける」
「……本気ですか?」
思わず聞き返してしまった。
「本気だ」
「山賊は人間で、子どもは悪魔ですよ」
このユウは、“元”人間で、今もなおほぼ人間に近い状態。
生態だけでなく、心も。
ひょっとして……山賊が人間ではないと勘違いしている?
「だからなんだ?」
あれ、理解しておられるご様子?
リオネルは、わからなくなった。
このユウという人物の評価を変えなければならないかもしれない。
自分の本心をあまり表に出さず、「好き勝手に生きてるんだ俺は」と言いながらも、他者に気遣いを見せる。人付き合いを求める割りに一線を引いて、そこからは越えてこない。
そんな召喚主が――声を荒げた。
「種族の差があっても、子どもを虐げていい理由になんかなるか! 早くしろ!!」
うれしくなった。
リオネルがモンスター寄りだから、というのとは違う。
召喚主の放ったその言葉、その正義は、リオネルが信じているものと同じだからだ。
――私の未練……生前の未練……子どもになにか関係が…………?
そう思ったのも一瞬だ。
カラッポの身体に、喜びを満たしたリオネルは、軍人としてのたたずまいを見せて応答する。
「――承知」
そうして配下のスケルトンに向き直る。
「弓を構えよッ!!」
久しぶりにこんな声を出した。腹から響く、命のやりとりを知る者だけが発せられる声。
配下のスケルトンたちの動きが機敏になる。
「……え?」
ボスであるユウは、突然のリオネルの変化についていけず、ぽかんとしている。
それもそのはず。
ここまでスケルトンの練度を上げていることはユウには話していないからだ。訓練は、基本的にユウが寝ているときにのみ行っていたし。
「第8弓兵隊、第9弓兵隊、戦闘準備!! 第2歩兵隊、第8歩兵隊、突撃準備!!」
武器を構えたスケルトンたちが戦闘準備に入っていく。
『弓兵隊、戦闘準備完了』
『歩兵隊、戦闘準備完了』
響いてくるスケルトンたちの声。
「弓兵、狙えッ!! 用意――」
あんぐりと口を開けているユウの前で、リオネルは命じる。
「撃てェェエエエッ!!」