第二章 其の五
今日はカルストルは城に泊まって明日から商用でバルラス方面に向かうという。魔王は例によって国の内外を見に行くのに忙しかったので、ハナは少し彼と話す時間が持てた。
「ご両親て、ロディアさんの結婚に反対だったんですね」
カルストルは魔王がいないのを確かめてから、呆れたように言った。
「そりゃそうさ。この国を見ればわかるだろう。貧乏だし国の周りは魔物だらけで、普通だったらこんなところに住みたいと思わないだろう? それに、魔族に嫁ぐということは表社会には二度と顔向けできないということだからね」
「いや、あたし、こっちの世界の『普通』がわからないので、こういうものかと思ってました」
「そうか。ハナから見るとどうなんだい?」
「いえ、でもやっぱり貧乏だと思いました。だってカルストル様の服とか馬とか全然違うし。ロディアさんの実家ってお金持ちだったんですね」
カルストルは少し謙遜するように微笑んだ。
「まあ、上には上がいるけど少なくとも困ってはいないね。だから、僕もこの国を見たときロディアが本当にここでやっていけるのか心配した。でも、彼女はここでやりたいことを見つけたみたいだから。ターラの教育とか、国の整備とか。それはそれでよかったのかもしれない。魔王様も、自分の苦手な内政をやってくれて助かるって喜んでたしね」
「そうなんだ。ロディアさん、内政ができるなんてすごい人なんですね。そもそも、魔王様みたいな人と親の反対を押し切って結婚したって時点ですごいですけど。どんな出会いだったんですか?」
カルストルは方眉をちょっとあげて深い緑の目でハナを見た。
「その辺のとこも全然覚えてないの?」
「ほんとにあたし、ロディアさんじゃないんですってぱ」
そうだね、とカルストルはまた微笑んだ。
「そもそもは父が悪いと思う。バルラスの許婚者のところにロディアを預けて、それで落ち着くと思ってたんだからね」
「あ、ロディアさん、許婚者がいたんですか」
「うん。二ヶ月後には婚礼をする予定だった。でも、ロディアは彼を嫌ってね、勝手に馬車を雇ってリカルディまで帰ろうとしたんだよ。気持ちはわからないでもないけど。相手はバルラスの豪商で金持ちだけど、父より年上だから。愛人も何人か家に置いていたって話だし」
「うーん、無茶苦茶、政略結婚ですねえ」
男女関係に疎いハナでも、それは嫌だなと思う。
「まあ、ほかになかったからね。赤毛の上に、あの性格では。年もだいぶ上になってきてたし、リカルディでは縁談はもう望めなかった」
「ロディアさん、おいくつなんですか?」
「今年二十二歳かな。でも、いい縁談はもう少し若くないと。バルラスあたりまで来ると赤毛でも少しは嫌われないから、悪い話じゃないと思ってたんだけど」
「赤毛、だめなんですか。綺麗なのに」
「うん。リカルディでは特にね。赤の神は邪神だっていう俗説があるから。それにしても、旅から帰ったロディアが突然、見知らぬ男と結婚したいって言い出したときはそりゃ驚いたよ」
「ど、どんな風な出会いだったんでしょう」
こんなことに首をつっこめるチャンスはあまりないので、ハナはつい身を乗り出した。
「バルラスを出たところで山賊に襲われて、馬車は壊れて御者は逃げてしまった、そこを、魔王様が助けてくれたって言うんだけど、話ができすぎてるだろ? 仕組んだのかと思った。しかも、バルラスの第二王子のアルシスだというじゃないか。アルシス王子が行方不明になって何年も経つし、怪しい話だと思ったよ。王子を名乗る偽物なんていくらでもいそうだし」
「確かにそうですね」
ハナが興味津々で聞くのでカルストルも楽しそうになってきた。
「でもね、調べたら、アルシス王子は前の国王とは血の繋がりがないから王位継承権はないという話だった。しかも、前王が亡くなったとき、領土も遺産もなにも相続せずに姿を消したんだそうだ。だから、前王殺しの疑惑まで掛けられてて、胡散臭い男らしいともっぱらの噂だった。むしろ、そこまで怪しいと、本物かもしれないと思ってね。ロディアがその話をしたとき、まだリカルディにいると聞いたから決死の覚悟で会いに行ったんだよ。邪眼の魔除けまで持ってね」
「結婚反対ですって?」
「そう。お金とか、何か別のことで妹を諦めてもらえないか交渉しに行くつもりだった」
「うわあ。手切れ金ってやつですね。いくらぐらい積んだんですか?」
ハナにも周りにもそんな泥沼な話はない。つい、わくわくして突っ込んでしまう。
「いや、それがね、一銭も受け取らないって言うんだ。せめて、妹を無事にリカルディまで送ってくれたお礼に、と言っても受け取らなかった。それだけじゃなく、彼女がその気がないならこの話は無かったことにして構わないって。『もっといい縁談を探してやってくれ』とまで言われてさ」
「いい人ですよね、魔王様。見かけは怖いのに」
「そうだね。三日間の旅の間も何もやましいことはなかったって言うしね」
そういえば、「初対面でキス」は、やましい内に入らないのか、外国人だから、とハナはちょっと思ったが黙っていた。もしかしたら、それはお兄様にも内緒なのかもしれないし。
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