第二章 其の三
ハナはカルストルと並んで魔王の後をついて行った。村の中の道を通っていくと、だんだん向こう側の山に近づいていく。内部が城になっている岩山が火山口のようにぐるりと盆地の周りを取り巻いている。
「あっ、もしかして、カルデラ?」
突然ひらめいて、ハナは口に出した。
「カルデラ?」
魔王が振り向いた。
「あの、ここって火山かな、と思って。だって、温泉もあるし」
「火山? 火山はもっと東にはあるがここは火山ではない」
怪訝な顔で魔王が答えた。
「でも、こういう地形って火山口のことがあるんですよ。そしたら火山の真上にいるかもしれないんです、あたしたち。もしかして危ないんじゃないですか?」
「大丈夫だ。岩小人が自分達の住まいに選ぶようなところだからな。もし危険があれば彼等が教えてくれるだろう」
「岩小人?」
初めて聞く名前だ。
「そうだ。この城は昔、岩小人が作った。今、住んでいるあたりは岩小人達が住んでいたわけではなく、人間に近い姿の人間でない者が住んでいたようだが、彼らとはあまり会話ができないからよくわからない。俺が見つけたときには、ここに狼が棲みついて困っていた。それを俺が追いやったから、俺がここに住んでいいことになった。彼等は今、地下に住んでいる。だから城の地下には行くな。彼等の領域を無遠慮に侵害すると怒らせる」
やっぱりカルストルの言うとおり、魔物はたくさんいるようだ。それにしても岩小人なんて聞いたことがない。小人と言うからには小っちゃいのだろうけど、怒るとどうなるのか、さっぱりわからない。
岩山の反対側にはトンネルが穿ってあった。途中、八つ目のターラが近づいてくると馬上の魔王に向かって訴え始めた。
「魔王様、またあいつらです。なんとかして下さい。家も畑も糞だらけですよ。いいかげんにしてほしいもんです」
聞くと魔王はため息をついた。
「そうか。まだ直らないのか」
「あいつら、どっか別の場所に追いやることはできないんですか? みんな迷惑してますよ」
「彼等は彼等で役に立ってくれている。あまり直らないようなら住居を変えさせるが、それも彼等にとって大変だ。きちんと取り締まるようエリューに厳しく言っておく」
ターラはまだ不満が残る顔だったが、一礼して下がった。
「あの、糞だらけってなんですか? 随分怒ってましたね」
てっきり、よく張り紙がしてある「犬の糞お断り」のような話かと思って尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。
「ああ、鳥の糞だ。鳥人たちがここの上空を飛ぶとき、鳥が糞を村に落とすから、村の上は飛ばないように言ってるんだが、なかなか守らない。エリューがやる気がないのかもしれない」
「エリューって?」
「エリューは鳥人の長だ」
あたりまえのように魔王は話すがさっぱりわからない。カルストルが横からそっと教えてくれた。
「鳥人っていうのは、巨大な鳥に乗って移動する魔物だよ。人間の姿をしているけど、人間が鳥に乗れるわけがないだろ。野蛮な奴らで、他の国では嫌われてるね」
「そうなんだ。魔物っていってもいろいろいるんですね」
岩山に穿たれたトンネルをくぐると、そこは深い森になっていた。はじめの日に窓から見えた森がこれなのだろう。森の中には獣道のように踏み固められた道がまっすぐと左右に向かっており、魔王は左の道に入った。
「馬は初めてって言ってたけど、結構上手だね」
隣に馬を進めるカルストルが誉めてくれる。
「そうですか? なんか不思議なんですけど、乗ったことあるみたいに乗れます。もしかして、ロディアさんが乗れたからかな」
「そうだね、ロディアは女性にしては馬は得意だったよ」
「そういえば、不思議なこと、もうひとつあるんです。さっき、初めてこの国の文字を見たんですけど、見たことないはずなのに意味がわかったんですよ。それもロディアさんの記憶なのかなあ」
「へえ。そんなこともあるのかな。僕は、今、君に起こってるようなことはよく知らないけど。でも、僕のことも魔王様のことも全然覚えてないんだろ? ほかの人は? 母様とかヴェリアとか」
「ヴェリアさん?」
尋ねるとヴェリアはロディアの妹だということだ。カルストルは安心したように笑った。
「そうか。僕達だけじゃないんだね。まあ、今のロディアには魔王様が一番大切みたいだから、彼のことも忘れるようでは他はもっとだめなんだろうけど」
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