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第二章 岩小人さん、見えたかも 其の一

第二章 岩小人さん、見えたかも


 目が覚めた。部屋はやはり薄暗い。

 日本じゃないんだ、まだ。

 日本の方はいったいどうなっているんだろう。ここでの一日は日本の一日で、もしかしたらロディアさんがあたしに代わって過ごしてくれているのだろうか。それとも、全く夢で、目が覚めたら内科学の試験日なのだろうか。その方がまだましだ。せっかく半徹夜で詰め込んだ知識は、おかしなことの連続でだいぶ失われてしまった気がするけど。


 木製のベッドから起き出して、昨日教えてもらったとおりに昔風の服を着た。ボタンがないのであちこち結んだり引っ張ったり面倒くさい。

 そういえば、部屋には鏡がない。昨日は見回す余裕がなかったが、魔王の部屋にもなかった気がする。もし、あったら自分がどんな姿だかもう少し早くわかったかもしれない。

 ロディアさん、どういう顔なのか見てみたい。

 

 今朝の食事の席にも魔王は来ていなかった。ハナはつい、気になってモーラに話した。

「あのう、あたし昨日魔王様怒らせちゃったかも。でも、あたし、ロディアさんじゃないので、代わってあげることできないんですよねえ」

 言いたいことが伝わったかどうかわからないが、モーラはちょっともじもじしながら、

「あのう、私の見るところ、王妃様と魔王様が喧嘩なさるのは初めてではないと思いますから」

 と答えた。

「そうなんですか?」

 理由は違うと思うけど、それを聞いて安心した。

「王妃様はよくあんなに魔王様に強くおっしゃれると思います」

「へええ。怖くないんですか。あたし、なんかあの人、迫力あって怖いですけど」

 どうやらロディアは気が強い人らしい。それとも夫婦だからだろうか。彼氏もいないハナにはよくわからない。

 

 今日も、モーラと一緒に城の外に出て、普段ロディアがやっているという仕事場に行ってみることにした。

 「おはようございます、王妃様。もうお体の方は大丈夫なのですか」

 岩山の一角に掘り抜いたような洞窟があり、その入り口でひとりのターラが挨拶をした。そのターラは一見人間の男のように見えたが、頭には五センチほどの角が生えていた。彼は丁寧にお辞儀をしてハナに自己紹介をした。

「倉番のシグドです。王妃様は、食料の在庫や、国民への割り振り、今年の収穫を見越してどの程度小麦を買い入れたらいいのかという計算をしてくださっています」

「王妃様のお仕事ってこれなんですか?」

 ハナは小さい声でモーラに聞き、モーラはそうですとうなずいた。確かに、今まで持っていた王妃の仕事のイメージとはだいぶ違う。

「あのー、それで私は何をすれば」

 ハナは遠慮がちにシグドにたずねた。シグドは、誰かからハナのことを聞いていたのか、驚く素振りも見せず、何か書きつけた木片を見せながらてきぱきと答えた。

「一昨日までの在庫がここに書いてあります。在庫は三日に一度計算し直しています。現在、内エルシノアの人数が八千六百三十四人、外エルシノアに五百二十九人、エルト人からは今のところ支援の要請は来ておりません」

「はあ」

 数字を言われてもいったいどうしたらいいのかわからない。

「あの、エルト人ってなんでしょう。初めて聞くんですけど」

 シグドは、これか、という顔をしたが、すぐに元の真面目な顔に戻って答えた。

「エルト人は魔王様のお生まれになった国の国民です。最近、魔王様の配下に入りましたが、住んでいるのは森の南の方です。自分たちで狩猟をしたり採取したりしているので、我々の食料を今のところは分けなくてすみますが、冬に入るとどうなるかわかりません。各国に散っているエルト人からの支援もあるので我々が援助しなくてもいいと言われておりますが、王妃様は念のため彼等の分も計算しておくようにと言っておられます」

 なんだか、難しいことをロディアはやっていたようだ。国は豊かでないとは聞いていたけれど、即、食糧問題になるようだ。

 よくわからないので、とりあえず倉庫の中を見せてもらった。


 洞穴の壁沿いに、いくつもの茶色い布の袋が積み上げてあった。

「これ、食料なんですか?」

「こちらがライ麦の在庫、こちらは小麦です」

「お国ではライ麦しか作らないって聞きました」

「はい。内エルシノアではライ麦ばかりですね。外エルシノア、つまり森の中では小麦も作っていますが、わずかです。ほとんどがバルラスかハルシアから買っています。ここは肉を干してあります」

 悪い予感がしたが、やはり、大きな動物の肉がほとんど丸ごと吊してある。かなり肉臭い。

「きょえええ、さすが肉食文化」

 大きな塊は頭も足もついたままぶら下げてあって、日本人のハナには刺激が強くてついていけない。肉はスライスしてパックで売っている日本に早く戻りたい。

「あれ、なんの動物なんですか?」

「豚です。森に放牧した豚を収穫し、塩漬けにして保存します」

 少しほっとした。ゲテモノだったらどうしようかと思ったが、豚なら食べたことがある。それから、さきほどの板を見せてもらった。

 不思議なことに気がついた。全く初めて見る文字なのに何故かすっと理解できる。これは数字だ、とわかった。ただ、ちょうどローマ数字のように数字そのものを記号で表しただけで計算しにくい。

「36089263・・・」

 頭で理解した数字を、借りた炭のかけらで木片にアラビア数字で書きつけてみた。

「王妃様、この文字は?」

 シグドが驚いた顔で尋ねた。

「これは、ええと、あたしたち、息吹 ハナの生きてる国と時代で使ってる数字です。便利ですよ」

 木片はあまりたくさんないようなので、手近な棒を使って地面の砂に数字をいくつか書いて見せた。

「これが0(ゼロ)。この数字を使うとすごく計算が簡単になるんです。ほら、10+10は20で、10×10は100。そして、足し算はひっさんを使うとすごく楽ですよ」

 モーラは全く興味がなさそうだったが、シグドは地面に書いた数字を食い入るように見つめていた。もともと倉番を務めるような人物なので計算は得意なのかもしれない。

「王妃様、この知識はいったいどこから・・・」

 ようやく話の通じそうな相手がみつかった。ハナは期待を込めて自分はロディアではなく日本からきた息吹 ハナなのだと話してみた。

「どうしてこんなことになっちゃったのか、わかりませんか?」

「いや、わかりかねます。魔王様にわからないことが、わしなんかにわかるわけはありません」

「そうですか」

 ハナは少しがっかりした。やはり、ヤズーという人を待つしかないようだ。それにしても、いったいいつ来るのだろう。携帯もテレビもないので時間の感覚が全くない。普段あたりまえに使っている物が使えないのがこんなに不便だとは思わなかった。

 シグドはハナの身の上には興味がなさそうで、まだ数字をじっと見つめたり真似して地面に書いてみたりしている。どっちみち帰る方法もわからないし、時間はあるし、ハナはシグドに数字の説明や計算を教えることにした。シグドはさすがに飲み込みが早く、夢中になって地面に数字を書き続けていた。


 その時、倉庫の入り口から別のターラが声をかけた。

「王妃様、カルストル様がおみえです」

「カルストル様って誰?」


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読んでくださってありがとうございます。


 

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