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第一章 其の三

 夕食の席には魔王も来ていた。とても背が高いし、鍛え上げられて体格はいいし、整った顔立ちに、片方は青、片方は金色の目で見られると迫力があって怖い。

「モーラ、ロディアは元に戻ったか」

 モーラは黙って首を振った。

「そうか」

 魔王は残念そうにため息をついて食事を始めた。

 夕食にはスープのほかに塩漬け肉を焼いたようなものが出た。胡椒などが使われていないせいか肉臭い。醤油が欲しい、と言いたいところだが無理なのはわかっている。そういえば、昼食は食べていなかったので、とてもお腹が空いていた。長い夢だ。

「ロディア、すべて忘れてしまったのか。どこから忘れた? 初めて俺と会ったときのこともか。今朝、おまえは、初めて俺の顔を見たときと同じ表情をした」

 悲しそうな魔王に悪いとは思ったが、本当のことは早く話してしまわなければいけない。

「あのー、大変申し訳ないのですが、あたし、ロディアさんじゃないんです。どうも、中身だけ入れ替わっちゃったみたいなんですけど、あたしは伊吹(いぶき ハナっていいます。日本人です。この時代の人じゃないです。ええと、二十一世紀ってわかります?」

 魔王は明らかに怪訝な顔をした。

「ロディアじゃない? イブキ?」

「あ、日本人は名字を先に名乗るので名前はハナです」

「ハンナ」

「ハナです。ハ・ナ」

 魔王はしばらく黙った。いきなりこんなことを言われて、戸惑うなという方が無理なのだろう。結局モーラは一日一緒にいたけど理解してくれなかった。

「つまり・・・、おまえはロディアの姿をしているけど、中身はほかの人格だというのか? ハナ。日本人というのは? 日本という国は聞いたことがない。どこにあるのか」

「ええと、どうなんでしょう。東の方かなあ。シルクロードとかないんですか? 黄金の国ジパングとかいう名前で知られてるかもしれないですけど」

 もし、ここが歴史の中ならば。

「ジェッキオか? ジェッキオは海の国とはよく言われるが黄金の国とは聞かない。黄金の産地はずっと南の大陸にあると聞いたことがあるが・・・」

 魔王はモーラよりは理解がよく学があるようだが、やっぱり話がかみ合わない。

「多分、時代も、もしかしたら世界も違うのかも。もしかしたら、あたしの夢の中なのかもしれないし」

 独り言のようにハナはつぶやいた。魔王は返事をせず、じっとハナを見つめたまま考えているようだった。

「何か変わったことが起こっているようだ。俺にもよくわからないから、今セイアン人のヤズーを探させている。セイアン人なら、何か知っているかもしれない」

「セイアン人って?」

「ああ、よくセイアン人は魔法使いだと思われているが、魔法使いでないセイアン人もいる。人前に現れるのが彼等の中の魔法使いばかりだというだけだ」

 魔王はこともなげに答えた。

「魔法使いー!」

 ああ、やっぱり、架空の世界なんだ。魔王はいるし、モンスターと言ってはいけないターラもいるし、お約束の魔法使いまでいる。

「日本には魔法使いはいないのか?」

「いません、いません。いたら便利かもしれないけど。いや、怖いのかなあ」

「俺の国にもいつもいるわけではない。セイアン人は必要なときだけ現れるし、それで、さほど困らない。まあ、ほとんどの国はお抱えの魔法使いや魔導師を雇っているが、善し悪しだ。あまり役に立たない奴らも結構いる」

 頭の中を整理するのに時間がかかるので、どうしても会話がゆっくりになる。とにかく、夢なのか、今まで経験したことのないなにかなのか、よくわからないが、架空の世界にいるようだ。経験値とかマジックポイントとか出てこないところを見るとゲームの世界でもないようだ。

「あの、私、どうやったら元の世界に帰れるのでしょうか。個人的な事情で申し訳ないんですけど、今日、ほんとは試験があるんです。受けないと再試になって、三回落ちたら留年しちゃうんで」

 魔王はまた、考えて答えた。

「元に戻る方法はわからない。ヤズーを待て。知っているかもしれないし知らないかもしれない。事情があるのは同情するが、どうにもできない。試験とはなんだ」

「あのう、あたし、医学生なんです」

「イガクセイ?」

「医者ってこの世界にいますか? 病気や怪我を治したりする仕事のことなんですけど、あたしはそれを今、勉強中の学生で」

 魔王の顔が少し明るくなった。

薬師くすしか。それはいい仕事だな」

「ありがとうございます。でも、まだ免許ないんで、なんにもできないんですけど。勉強と見学だけで」

「免許? 免許がいるのか」

「はい。医者って人を切ったり刺したりするから、免許なくてそういうことやると逮捕されちゃいますから」

「切ったり刺したりするのか。剣術も心得るということか」

「いや、違うんですけど・・・」

 やっぱりかみ合わない。


 食事を終えると魔王はハナと一緒に今朝の部屋に戻ってきた。まだ夕方の早い時間で灯かりはついておらず薄暗い。

 部屋に入って、ハナは今朝は気がつかなかった物を見た。

 床に黒い毛皮が敷いてある。しかも顔がついていた。

「くっ、熊ですか? あれ。怖い、怖いっ! 顔ついてる」

「狩りの獲物だと話しただろう・・・、ああ、おまえはロディアじゃないんだったな」

「誰が狩りするんですか?」

「もちろん俺だ。この国で狩りをするのは俺しかいない。ああ、最近はエルト人もこの国の者になったんだが、これは俺が捕った」

「何で?」

「何?」

「鉄砲?」

「テッポウ?」

「鉄砲じゃない? ああ、弓矢とかですか」

「弓矢に決まっている。ほかに何か。魔法でも使うのか」

「いや、魔法ってよくわからないんですけど」

「テッポウとは何だ」

「鉄砲っていうのは、あの、鉄の長い棒みたいなのがあって、その筒の中から鉄の玉がすごい速さで飛び出して遠くまで飛ぶ武器です。火薬とかまだ、この時代、ないんですかね」

「ハナの時代にはあるのか。それは・・・面白そうだ。どうやって作るんだ」

「ごめんなさい、作り方知りません。専門の人が作るから。あたしたちの時代って、すごくいろんな物があるけど、それぞれ難しいから専門の人以外にはよくわからない物が多くて。鉄砲だって使い方は聞いたことあるけどあたしは使ったことないし、作り方もよくわからないです」

「そうだな。専門外のことはわからないのは今も同じだ。俺も農業のことがさっぱりわからず国をここに決めてしまったから、今、苦労している」

「あの、畑とかですか」

ハナは今日見た農地を思い出しながら尋ねた。

「そうだ。パンが黒いだろう。この土地ではライ麦と蕎麦ぐらいしか作れない。初めは小麦を作っていたんだが、ある年、寒さで全滅した。その中で雑草と思っていたライ麦だけが生き残っていたから、もうライ麦しか作らないことにしたんだ。南の方の土地を、今、開墾してそこで小麦畑を作ろうとしているが、なかなか」

「そうなんだ。国を作るって大変なんですね。魔王様っていうから、魔力でなんでもできるのかと思ってました」

 魔王はちょっと笑みを見せた。

「俺は魔法使いではない。魔の者を統べるから魔王だ」

「魔の者って・・・」

「光と闇の狭間に生きる者というのは、光の中だけや闇の中だけに生きる者よりもずっと多く存在する。闇に近いもので、完全に闇に身を落としていない者はどこにいても生きづらい。そういう者が俺のところに来る」

「あの、ターラという人たちはどうなんでしょう。体の形が違うだけなのか、ほかにも何か人と変わったところがあるんですか?」

「ああ、ターラは善良だ。普通の人間よりも善良なぐらいだ。ただ見た目が違うから、差別される。ここでは誰も差別しないし、誰でも受け入れる」

「そうなんだ。魔王様、実はいい人なんですねえ。尊敬しちゃいます」

 魔王は一瞬言葉をなくして黙った。

「いい人でもない。おまえは闇の恐ろしさを知らない」

「はあ」

 言っていることがよくわからなくて間抜けな返事をしたと思う。


 魔王はベッドに腰掛けて靴を脱いだ。ハナは言わなければいけないことを思い出した。

「あっ、あのですね。ベッドだけは別にしてください。あたし、ロディアさんじゃないので、そういうの困るんです。あのー、あたし、その、経験豊富じゃないので、見知らぬ人と、そんな、なんか・・・」

 魔王はちょっと衝撃を受けた、という顔をしたが、すぐ動揺を抑えた。

「ロディアのことは全くわからないのか。俺の名前も?」

「あっ、そうだ。名前ってなんなんですか?」

「本当に何もわからないのか・・・。ベヌートの名もアルシスの名も、俺の生まれ持った本当の名前も・・・」

「ベヌート? アルシス? いくつも名前があるんですねえ。ミドルネームっていうんですか?」

 魔王はまた、ため息をついた。

「ベヌートは、俺がジェッキオで商業登録したときの仮名だ。アルシスはバルラスにいた頃に使っていた。本当の名前は・・・あの時のこと、本当に覚えていないのか・・・。ロディアのおかげで、俺の本当の父が誰だかわかった」

「本当のお父様? 本当でないお父様っていたんですか? 養子とか?」

「いや、もういい。済んだ話だ」

「ごめんなさい。そんなに大切な奥様と入れ替わっちゃって・・・。あたしが悪い訳じゃないんですけど、なんか申し訳ないです」

「そうだな、おまえが悪いわけでもロディアが悪いわけでもないんだろうな。そういうことはある。気にするな」

 優しい人だ、と思った。見た目は怖いけど、いい人のように見える。


 魔王はもう一度靴を履いて立ち上がりモーラを呼んだ。

「別の部屋を用意させよう。もし、またロディアに戻ったらいつでも俺の部屋に来ていい」

「はあ。あの・・・、あたしがロディアさんになっちゃったんだったら本物のロディアさんはどうなっちゃったんでしょう。もしかして、日本の息吹 ハナがロディアさんに入れ替わっちゃったりしてるんでしょうか」

「さあ、それはわからんな」

 もし、そうなら、ロディアさんという人は、全く見知らぬ国、見知らぬ時代でで突然、内科学と眼科学の試験を受けなければならないことになる。無理だろうな、とハナはため息をついた。

 でも、ようやくこれで一日が終わる。長い夢だったとしたら、目が覚めたら元に戻っているのかも。

 モーラはすぐに、てきぱきと魔王の隣の部屋に準備をしてくれた。これで安心だ。魔王は、本当は得体の知れない人なのかもしれないけど、少なくとも誠実な人のように見える。別の部屋をくれる時点で、身の危険は心配はしなくてよさそうだ。

 

 部屋の準備が整うと魔王は扉の前までハナを送ってきて立ち止まった。

「おやすみ」

 そして当然のように片手をハナの頬にかけて顔を近づけようとした。これは、もしかして。

 慌ててハナは身を引いた。

「だめです! キスとかだめですってば! だからあたしはロディアさんじゃないので!」

 もらって当たり前の物をもらえなくてお預けを食らったような顔をした魔王を見て、ハナはちょっと申し訳なく思ったが、これだけは譲るわけにはいかない。

「だって、初対面なんですよ? というか、あたし、日本人なんで、ほんとにつきあってる人以外、そういうことしないんです」

「俺だって誰にでもするわけではない。でも、少しはロディアと同じところがあるかと思った」

「もしかして、ロディアさんと初対面でキスまでいっちゃったりしてるんですか? さすが外国人ですねえ」

 嫌味のつもりではなかったのだが、魔王は

「わかった、もういい。おやすみ」

 と、少しふてくされた顔をして出て行ってしまった。

 だからって、どうしたらいいのだろう。自分は魔王の愛しの奥さんじゃないのだから。怒らせてしまったかもしれないけど、しょうがない。

 ともかく、これでようやくゆっくり眠れる。

 起きたら、無事に日本の自分の部屋に帰っていますように。


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@ここまで読んでくださってありがとうございます。


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