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第十章 見えない道が開く 其の一

第十章 見えない道が開く


 バルラスに着いて、ドランの館に寄らず、まっすぐに宮殿に向かったのは今回が初めてだ。エルト人達はやはり全員、宮殿の外で待たされた。護衛がいないので嫌な予感がしたが仕方がなかった。


 「ユシリスは無事なのか」

 案内の衛兵に魔王が問うと、衛兵はユシリスの部屋に通してくれた。


 王宮の部屋の一つにユシリスがベッドで寝かされていた。だいぶ容態が悪そうだ。このあいだは、もう少し元気だったのに。

 少し薄暗い部屋で目を閉じている彼に近づいて、ハナは何かおかしいと思った。

 顔から首、特に口の周りから喉がが赤く腫れている。何かにかぶれたように見える。

「ユシリス? 大丈夫か?」

 病人を刺激しないような静かな声で魔王がそっと尋ねた。   

 ユシリスはうっすら目を開けて兄を認め、少し微笑んだ。何か言おうとしたが声がかすれて出ない。


 「ユシリス様、ちょっと失礼しますね」

 ハナは喉元に触ってみた。やはり熱くて腫れている。何かのアレルギーかもしれない。

 アレルギーというのは意外と侮れない。特に喉が腫れているということは気道浮腫を起こして呼吸困難になると命に関わる。

「あの、冷やした方がいいと思うんですけど」

 やはりこういう時ステロイドが欲しい。本当に、薬がないと何もできない。

 ついていた女官が、わかりましたと言って部屋を出ていった。

 何か炎症を取る方法はないんだろうか。でも、薬草の知識なんて全然ないし。

「そうだ、ユシリス様、仰向きじゃなくて、できれば斜め下向きに寝てみてください。少しは息が楽かも」

 名前は忘れたが舌根沈下で呼吸困難になるのを防ぐ体位、と救急講習で習った。ハナは、布団を少し持ち上げてユシリスが寝返りを打つのを手伝った。少し、楽そうかもしれない。本当にひどい気道浮腫だと、これでもだめかもしれないけど。

 

 はっと気づいたように魔王が問いつめた。

「ユシリス、おまえ、まさかルワンゾルを飲まされていないだろうな」

 ユシリスは口を開いたが声が出ない。

「誰だ、ユシリスに薬を飲ませた奴は!」

 魔王の大声に衛兵が恐れをなして一歩下がった。

「王弟陛下の傷の回復が悪いとのことで、陛下が新しい薬師をつけてくださったのです」

「その薬師は本当に信用できる者なのか。それとも、フォルズスが毒を盛ったのではないだろうな」


 「毒など盛るものか。相手がおまえならともかく」

 戸口のところに、いつのまにかフォルズスが姿を現して、気怠そうに扉に肩をもたれかけさせていた。

 魔王はきっと振り返りざまに睨みつけた。

「やっぱりおまえか! おまえのすることなど当てになるものか。だいたいドランのところでほとんど回復していたのに、何故、急に王城に移す必要があるんだ。俺をおびき出すだけのためにユシリスを利用したのか!」

「人聞きの悪い奴だ。ユシリスは私の弟だ。王城に保護して何が悪い」

 どちらも一歩も譲らなかった。

 

 魔王がユシリスの側を離れてフォルズスに詰め寄ったとき、背後で突然ガチャガチャと物音がした。


 いきなり目の前に槍を突き出されてハナは息が止まるかと思った。今回は守ってくれるタリミカもいないのに。

 魔王が気配を感じて振り向いたときにはハナは何本もの剣で取り囲まれていた。  

 やられてしまいました、と、言おうと思ったが怖くて声が出ない。

「ハナ!」

 

 「ぎひひ・・・」

 気持ちの悪い笑い声がして、フォルズスの横に例のグィドル派魔法使いが、曲がった杖を持って現れた。

「よし、やるのだ!」

 魔法使いの命令に、衛兵たちが床の敷き物をさっと引くと、その下から床にくっきりと描かれた『闇の手』が現れた。


 出た。

 ここに来たら、どこかでこれが出るとは予想していた。今度こそ魔王様がひっかかりませんように。


 「彼女をどうするつもりだ。もし、傷一つでも負わせたらただではおかないぞ!」

 魔王がフォルズスに怒鳴りつけた。

「おまえのためだ、アルシス。もうこれ以上闇に身を任せて罪を重ねるな。おまえの父と同じように、観念してあの世へ行くがいい」

 フォルズスは、魔王がもし剣を抜いても届かないように十分距離をとって、自分の緑の石のはまった剣を抜いた。


 魔法使いがまた怪しい呪文を唱え始めた。杖を振り上げ両手をまるで指揮者のように振り回し、思い切り気合いをこめて闇の手に向かって杖を向けた。

「犠牲を捧げよ!」

 魔法使いが叫んだ。

「ハナ!」

 

 魔王がハナに駆け寄るより先に、衛兵の槍が、重い空気を裂く音とともにハナに向かって付き出された。

 南無三。

 死んだら、あたし、どうなっちゃうんだろう。せめてあんまり痛くありませんように。

 ハナは、これまで、と目を閉じた。


 カキーン。

 何ものかが剣をはじいた。槍に刺される痛みではなく、鈍い鈍痛が走った。魔王は離れているのにどうして。

 ハナは恐る恐る目を開けた。

 胸の辺りにぼうっと光る何かがあった。

 この光は、あの時、岩小人の岩が光っていたのと同じ光。懐に入れていた火打ち石がハナを守ってくれたのだとわかった。

「何が起こった・・・? ひるむな、もう一度!」

 魔法使いが衛兵に金切り声で叫んだ。


 うわんうわんとまた、岩が反響し始めた。

 その音に呼応するように城の壁をなす石が、いっせいに光り始めた。

 突然、壁の一角、ハナを取り囲む衛兵の側が、がらがらっと崩れ、衛兵の何人かに当たり、衛兵は壁から逃げてハナを捕らえている体勢を崩した。

「何事だ? ズィブノス」

 フォルズスは慌てて魔法使いを振りかえった。

 壁はそこを始めとして次から次へと崩れ始めている。

 魔法使いは真っ青な顔でただ、首を振るだけだ。


 その隙に魔王がハナの側に走り寄った。

「逃げるぞ、城が崩れる」

 魔王はハナを軽々と両腕に抱き上げ、抱えたまま、ユシリスの部屋の奥の一角に走っていった。

「誰かユシリスをここまで運んでくれ!」

 衛兵のひとりが慌てて命じられるままにユシリスを背負い魔王に続いた。


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読んでくださってありがとうございます。


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