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第三章 闇の王女、怖すぎる 其の一

第三章 闇の王女、怖すぎる


 三日目の朝がきた。

 だんだん、もうこれが現実ではないかという気がしてきた。

 内科学と眼科学のあとは産婦人科学、外科学、整形外科学、といろいろ試験が続いている筈だった。

 もう、留年決定かも、と、ハナはため息をついた。ほんとに頑張ってたのに、やっぱり無理だったのかもしれない。

 もともとハナは、それほど優秀だったわけではない。子供の頃から憧れだった医者になりたいという気持ちだけで苦手な化学や数学も一生懸命勉強した。ようやく合格はしたけれども、ついていくのに精一杯だった。入ってすぐ、周りがあまり優秀なので辛いこともあったけど、やめることもできないので、とにかくできる限り頑張ってきた。

 その疲れが出て、こんな変なことがおこってるのかな、と、いつものように細く開いた窓から差し込む朝日をぼんやり見ながら考えた。

 木でできた扉はだいたい夜も突っかい棒で開け放してある。少し寒いこともあるけれど、なにしろ扉を閉めてしまうと本当に真っ暗で怖い。開けていれば時々月明かりが窓から差し込む。日本は夜でも明るかったな、と、思い出すと、なんだか遠い昔のことのように思えるときもある。


 ノックの音がして、モーラが

「おはようございます、王妃様。お加減はいかがですか」

 と元気な声で起こしてくれて朝食の席に行った。丸二日、過ごしたのに、未だにモーラはハナのことをロディアだと思っているような気がする。

 今日もハナはシグドのところに仕事に行った。

 在庫を計算するのは三日に一回だが、あとの二日は国のターラの家族が順番に食料を取りにくる。計算通りに麦や肉を配るのも倉番の何人かのターラの仕事で、それを監督しているのがシグドだということだ。だんだん仕事にも慣れてきた。


 同じような数日が過ぎた。魔王は、たまに現れても、ちょっと声をかける程度ですぐ消えてしまう。別に寂しいわけでもないが、ロディアだったらもう少し一緒にいたのかな、と考えたりもする。セイアン人のヤズーはずっと待っているのに来ない。

 変化といえば、シグドの吸収力は素晴らしく、すぐに数字、計算、ひっさんを覚えたばかりではなく、かけ算、わり算までどんどん覚えていった。頭のいい人だな、とハナは感心した。もっと何か役に立つことはないかと考えて、ソロバンが作れないか試してみたが、ハナが不器用な上、シグドになかなか伝えることができず、それは挫折した。

 

 そんな暮らしにも慣れてきたある夜。

 貧乏なためかエルシノアではあまり灯りをともさない。夜になると暗くて何もできないので、暗くなると同時にベッドに入るのが習慣になってきていた。もう眠るつもりで布団をかぶっていると、窓の外にばさばさと大きな鳥の羽のような音がした。

 こんな時間に鳥?

 普通、フクロウ以外の鳥は夜は飛ばない。それとも、鳥人とりびとは夜も飛んだりするのだろうか。いぶかしく思ってハナは窓に近づいてみた。

 真っ黒な影が、窓の外をがかすめて行った。外から急に氷のような冷たい風が吹き込んできた。

 ここの季節はよくわからないが、今は夜でもそれほど寒くない。日本では五月だったので、多分春頃だろうと思っていた。これほど冷たい風が急に吹くこともあるのだろうか。


 細く開けた窓から見える夜空は月もなく暗かった。なんとなく不安に思って起きていると隣の部屋から魔王の声が聞こえてきた。

「王女、いくらあなたでも、夫婦の寝室に勝手に入ってくるのは失礼だ」

 続いて聞こえてきたのは、ほほ、という笑い声と艶めいた美しい女の声だった。

「まあ、つれないこと。本当ならわたくしとあなたの部屋であったものを」

「そのようなことは一度も承知した覚えはない」

 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。女性が部屋に入り込んで、わたくしとあなたの部屋、と言っている。しかも、あの魔王が「おまえ」ではなく「あなた」と言っている。王女と言っているが、どこの王女なのだろう。


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読んでくださってありがとうございます。


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