第二章 其の六
「あの人はいい人なのか悪い人なのか、正直、僕もよくわからない。アルシス王子という人は無類の戦上手でね、彼が戦場に出ていた数年間にバルラスの領土は二倍ぐらいに拡大したんだ。『邪眼のアルシス』とか『バルラスの鬼神』とか物騒なあだ名がいくつかある。前王殺しも、その邪眼で呪い殺したとか、そういう噂もある。最終的には眼帯に隠したその目を見せてもらって本物のアルシス王子だと確認した」
「魔王様、王子様だった頃から悪名高かったんですか。あの迫力は並じゃないと思いましたよ」
ハナも魔王がいないので、つい本音を言ってしまう。彼のことは嫌いじゃないし、ちょっと尊敬はしているけど、カルストルのようには話しやすくない。
「そうだよね。あの体格で邪眼で、戦に出るだけで敵は恐れるよね。有名だったよ。だけど、それはもう昔の話だ。地位も遺産も領土もない、しかも魔族に嫁ぐなんてとんでもないと思った。でも、確かにもっといい縁談はなかったし、このままだとあの爺さんの嫁になるのは避けられなかったから悩んだよ。ロディアのあの性格じゃ、反対したら何をやらかすか。それに」
カルストルは一度言葉を切って楽しそうな笑みでハナを見つめた。
「まあ、面白いかもしれないと思って。バルラスの豪商に嫁いだって、どうせ手に入れられるのは金と商業権ぐらいだけど、彼からは何が出てくるかわからない。そういう何かを感じたんだ」
「商人魂ってやつですか。当たれば大きい! みたいな」
親だったらとことん反対するだろうけど、兄弟だからそこまで心配しないのかもしれない。ハナは一人っ子でよくわからないけど。
「そうかもしれない。それで、僕が一度この国を見に来て、彼といろいろ話をして、家族は反対するだろうけど、本人の希望がそこまで強いなら、ということで協力することにした」
「ご両親を説得してあげたんですか?」
「いやいや、そりゃ無理だよ。僕でさえ、さんざん迷ったぐらいだから。魔王様も迷っていた。ロディアもをこういう世界に引っ張り込んでいいのかどうかって。でも、魔王様かロディアのどっちかが諦めたら、う二度と会うことはないだろ。そう言ったんだ。妹を諦めるのか悪者になるつもりなのかって。そしたら、もうすでに悪者だからいいって」
「もうすでに悪者、ですかあ。うーん、あたしは魔王様、あんまり悪者な感じしないですけど、そこまで言い切れちゃうってむしろかっこいいですね」
そうだよね、とカルストルもうなずいた。
「で、どうやって結婚することに?」
ほとんど芸能レポーターのような気分でハナは先を尋ねた。
「婚礼で国を出てバルラスに行く途中。そのタイミングが一番いい、と僕が提案した。リカルディにしろ、バルラスにしろ、町の城壁の中に入ってしまえば、門を閉じられたら逃げ場がない。いくら魔王様でも、軍が大勢出てきたら勝ち目は少ないと思って。街道だったら警備は手薄だから、いくら父が傭兵を雇っても、たかがしれている。それに、僕が傭兵の情報を流すことができるからね」
「うーん、お兄様、お父様を騙したんですね。ロディアさんもだけど、お兄様もなかなか」
「だって、魔王様が礼儀正しくドアをノックしてお嬢さんを嫁に下さいって言っても認められるわけないじゃないか。どうせ計画するなら失敗の少ない方法を取るのが効率的だろ」
確かにそうだけど。
「そんなドラマみたいな出会いだったんですねえ。うーん、すごいな。そりゃラブラブになるの、わかりますよ。あたし、お二人の邪魔してしまってもう、申し訳なくて」
「ハナは向こうの世界で恋人とかいたの?」
「いいえ。いません。いたこともありません。情けないけど。だから、よくわからなくて、余計に申し訳なくて」
「でも、しょうがないよね。ハナがそうしようと思ったわけじゃないから」
カルストルも優しいことを言ってくれる。
「あの、セイアン人って人が早く来てくれたらいいんですけど」
「セイアン人か」カルストルは少し不愉快な顔をした。「セイアン人なんてあまり当てにしない方がいいかもしれない。まあ、確かにほかにいないけど」
「だめなんですか? セイアン人」
カルストルは忌まわしい者の話をするように眉をひそめて首を振った。
「魔王様は信頼してるけど、他の国では嫌われてるね。突然現れて、不吉な予言をして、どうしたらいいかも教えてくれないで消えてしまう。出入り禁止にしている国もある。そう言っても勝手にやってくるけどね。馬や徒歩で来るわけじゃないから」
「え? じゃあ、どうやって来るんですか? 空から?」
その手があったか、とカルストルは一瞬、納得した。
「突然現れるんだよ。城壁を閉めていても、扉を堅く閉じていても。まあ、僕が実際見たわけじゃないけど、そういう話だ。気味が悪い」
「魔法使いだからじゃないですか?」
「ハナの国の魔法使いはそうなのかい? 普通は魔法使いっていってもドアから入るけど」
「そうなんですか? いや、あたしの世界、魔法使い、いないんで、ドアから入ってくるとは知りませんでした」
「だって体があるんだから、ドアの隙間からは入れないだろ?」
魔法使いだから、何でもできるのだと思っていたが、そう簡単なものでもないらしい。とにかくカルストルは鳥人もセイアン人も嫌っているらしい。魔王の方が変わっているようだ。
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