機能的に正しい?こと
目の前にはレールがある。そして、そのレールの上では三人がお喋りをしている。けっこう楽しそうで、随分と盛り上がっている。ところが、その彼らに向かって、レールの上を滑ってトロッコが物凄いスピードで突っ込んで行こうとしているんだ。彼らの反対側から、そのトロッコはやって来ている。このままでは、もう直ぐ君の目の前を通過して、トロッコは彼らを跳ね飛ばすだろう。
君はその危機を彼らに伝える為に叫ぶ。
「危ない! このままでは全員死ぬぞ! 早く逃げるんだ!」
ところが、彼らはお喋りに夢中でそれに気付かない。その時、ふと君の目の前にとても体重の重そうな人が現れる。君は思う。この大きな男を突き飛ばせば、あのトロッコを止められるかもしれない……
そこまでを語ったところで、彼は口を開いた。
「その話、知っているよ。自分自身は体重が軽いから、トロッコを止められないのだろう?」
僕は頷く。
「ああ、そうさ。でも、お願いだから、話している途中で口を挟まないでくれないかな?」
彼は肩を竦める。
「だって、知っている話だからさ」
「とにかく、最後まで話させてくれよ」
大きな男を突き飛ばせばトロッコは止められる。三人の命は救えるが、恐らく、その大きな男は死ぬだろう。逆に三人を見殺しにすれば大きな男は無事でいられる。
さて。
この場合、果たしてどんな行動を執るのが正しいと言えるのだろう?
それを聞き終えると、彼は笑った。おどけた口調でこう言う。
「その話の教訓はこうだね。“命が助かりたかったら、普段からダイエットを心がけよう”だ。もちろん、適度なやつ」
僕は多少それに呆れた。
「うん。面白いよ。ナイス、アメリカン・ジョークだ。だけど、少しは真面目に答えてくれないかな? 前からこの話を知っていたなら、君は何かしら結論を出しているのだろう? それを教えてくれよ。もしも結論を出せなかったというのなら、その訳を僕に説明して欲しい」
彼は少し間を置くと、多少は真剣な表情になってこう言う。
「ああ、まぁ、結論は出しているよ。俺はその状況では何もしないでいる事を、“正しい”とするべきだと考えた。その話に出てくるお喋りの三人には悪いがね」
「どうして? 大きな男には、何の罪もないから?」
「それもあるね。でも、それだけじゃない。この話のポイントは“滅多にそんな状況にはならない”ってところさ」
「というと?」
「仮に大きな男を突き飛ばすのを“正しい”とした場合、それは社会の皆の攻撃性を刺激してしまうかもしれない。すると、暴行事件や殺人事件が増える危険性が出て来るな。もちろんどうなるかは分からないけど、それでもそんな状況が起こる確率に比べれば、そっちのリスクの方が高いだろうさ。
こういうのは難しい問題だけどさ、機能的にこうして考えていけば、何を“正しい”とするべきなのかは決められるもんなんだよ」
それを聞き終えると、僕は「なるほど」とそう言った。しかし、直ぐには納得ができない。
確かに彼の説明は理に適っているように僕には思えた。でも、まだ何か引っかかるような気がしたんだ。
僕は言った。
「少しこんな状況を想像してくれないか?」
「なんだよ、また例え話か?」
「うん、そうだ。とにかく、聞いてくれ」
君は車に乗っているんだ。T字路になっていて、君の目の前には道が横切っている。そして、その道の横断歩道を子供達が歩いているんだ。ところが、その道を進んで、車が子供達に突っ込んで行こうとしているんだな。どうやら居眠り運転らしい。このままでは子供達がひかれてしまう。君は咄嗟にアクセルを踏んだ。君の車は居眠り運転している車の側面に当たり、そしてその車は反対車線の車に激突、運転手は即死してしまった。居眠り運転をしていた運転手だけならまだいい。しかしその事故で、反対車線にいた車の運転手までもが死んでしまった……
「――ちょっと待て」
と、そこまでを聞いて彼は言った。
「その話はさっきの話と同じじゃないのか?」
「いいや、違うね。この話は既に起こってしまっているんだ。そして、行動を起こす前までは、誰かが犠牲になるなんて分かっていなかった。
しかしだ。
もしも、君が言ったように“何もしないのが正しい”とされていた場合、これを起こした人は社会から責められてしまうのじゃないだろうか? 果たして、これは正しいのか?」
そう僕が言うと、彼はやや言いよどむ。だが、それから口を開いた。
「状況が違うんだろう? なら、“何もしないのが正しい”の適応外だ」
「そうかな? でも、世間がそう判断するとは限らないと思う。しかも今という時代にはネットがある。数多くの匿名性の高い暴力が、人間を追い詰める時代だよ。理性は通じないのじゃないか?」
一呼吸の間の後で僕は続けた。
「やっぱりさ、正しいかどうかってそんなに簡単には決められないと思うんだ。例え機能面で考えていったって、そこには何かしら欠点が生まれてしまう。
或いは、そういう風に、“正しさ”を思い込まない事こそが、こういった問題の一番の態度なのかもしれない。もっとも、妥協だと言われれば、認めるしかないかもしれないけど」
これからの正義の話をしよう ってあの本、まだ読んでいないのですが、色々な本に頻繁にこの例え話が出てくるので、題材に使ってみました。




