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ピンポーン


 と間延びした音が室内に響き、透璃がおやと読みかけの本から顔を上げた。

 時計に視線をやれば夜の九時。いったい誰なのか、もしやまたテレビの取材……?と透璃が首を傾げれば、再び『ピンポーン』と間延びした音が響きわたる。

 誰だか知らないが、扉の前で透璃が出てくるのを待っている。それどころか、まるで急かすように三度目のインターホンの音が響くのだから、これには透璃も思わず小さく息をのんで身構えてしまった。


 いったい誰だろう、まさか……。


 透璃の脳裏に嫌な予感が浮かび、思わず眉間に皺が寄った。

 こんな時間に訪れるなど、それも三度もインターホンを鳴らすなど、よっぽどのことがない限りあり得ない。荷物の配達であれば一度押して諦めるだろうし、念のためにもう一度言っておくがN○Kはちゃんと払っている。職場の人や、賃貸関係ならば一報入れてから来るのが普通だし、それだって三度も鳴らしはしないはず。

 そんなことを透璃が考えていれば、まるで「居るのは分かっている」とでも言いたげに四度目の音が鳴った。

 間違いない、扉の前に居る人物は透璃が部屋に居ることを知っていて、そして今この瞬間に強引にでも透璃を呼び出さなければならない人物だ。


 まさか、ここが知られたんじゃ……。


 通常であれば普通(・・)と考えられ、そして透璃にとっては最悪(・・)でしかない人物が浮かび上がり、思わず透璃の額に汗が浮かぶ。

 それでも五度目のインターホンが鳴るころには扉の前に立ち、余韻が消えると共にスコープを覗き込んだ。



「……レムさん」



 ガックリと透璃が肩を落とした。

 勿論、スコープの先には見慣れた男性、レムが居たからだ。

 いったいどういう分けか、普段であれば部屋に入る(・・・・・)という課程をすっ飛ばして部屋に居る(・・・・・)彼が、今日に限っては律儀に扉の前に立ってインターホンを押しているのだ。

 それもどこか楽しそうに、彼の深い色合いの瞳がキラキラと輝いている。そのあどけない表情の輝かしさと言ったらなく、仮にその表情を見たのが透璃以外であったなら勢い良く扉を開けて彼を招き入れていただろう。もしくは、レムの表情に見とれて呆然としているからだ。

 とにかく、それ程までに美しく魅力的なレムに対し、透璃は気疲れしたと言いたげにため息をついて、至極ゆっくりと扉を開けた。


「レムさん、どうしたんですか?」

来ちゃった(・・・・・)!」

「……?」


 嬉しそうに「来ちゃった」と告げるレムに、透璃が首を傾げた。

 彼が『来ちゃった』ことなど数えきれず、むしろ今更改めて言うようなものでもない。そもそも彼の場合は『来ちゃった(・・・・・)』というより『居ちゃった(・・・・・)』ではないか。

 だがそれを指摘するとレムが不満そうに頬を膨らませた。曰く「透璃はなにも分かってない!」ということだそうだ。


「ヤンデレたるもの、インターホン連打と『来ちゃった』は基礎中の基礎!」

「ヤンデレっていうのはそう言うものなんですか?」

「そういうものなんだ! 無視されても何度も何度もインターホンを押し続ける、スコープを覗けばずっとそこに居る……それがヤンデレ!」


 ドヤ!と胸を張るレムに、透璃が「そういうものなんですか」と頷いた。

 どうやらヤンデレとはそういうものらしい。となれば邪魔することは出来ないなと、透璃が納得し頷きつつ部屋に戻った。勿論、レムは扉の外だ。

 そうしてしばらくすれば、再び『ピンポーン』と間延びした音が室内に響いた。言わずもがなレムであり、ソファーに腰を下ろした透璃がチラとだけ視線を向ける。

 この音が鳴り続けるのであれば、静かに読書は出来そうにない。そう判断しテレビをつければ、丁度よく放送されていたバラエティ番組の陽気な賑やかさが部屋を包み、インターホンの音も僅かに小さく感じられた。

 これならば気にならないだろう、そう判断し、透璃が読みかけの本を片してテレビへと視線を向けた。



 ピンポーン

 と、バラエティ番組内で芸人が笑いを取った瞬間に。


 ピンポーン

 と、CMに入った瞬間に。


 ピンポーン

 と、CMが変わる度に。


 ピンポーン

 と、バラエティ番組のコーナーが変わって。


 ピンポーン

 と、バラエティ番組が終わりを迎えた頃に。

 番組が変わってニュース番組に切り替わっても。

 ニュース内容が変わる度に、天気予報の地区が変わる度に、キャスターが話す度に、次の番組が始まっても……。



 延々と鳴り続けるインターホンの音に、透璃が居心地悪いと居住まいを正した。

 どうしても落ち着かない。玄関先にレムが居て、彼がこの音を鳴らしているのだと分かっていても、どうにもインターホンの音が鳴る度に意識を強制的に向けさせられてしまう。

 それどころか、徐々に短くなるスパンに薄ら寒いものすら感じ始めていた。その間も鳴り響くのだから尚更である。


 なるほど、ヤンデレというものがどういうものか今一つ分からないが、これは末恐ろしいものがある。

 これで玄関先に居るのが誰か分からなかったり、ましてや招いてもないような相手だったなら恐怖にさえ思えるだろう。身の危険を感じて警察を呼んでもおかしくない。


 そう考えていると、再び『ピンポーン』と間延びした音が響いた。次いで、僅かな間もなく同じ音が響く。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。

 いよいよをもって一瞬の間も与えずに鳴り続けるインターホンに、透璃がゾクリと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 犯人がレムだと分かっているのに、延々と鳴り止まず、まるで「早く出てこい」と連呼されているようなこの音は恐ろしくてならない。インターホンを押し続ける姿を想像すれば、それがレムだと分かっていても不安が募ってしまう。

 これが仮に自分の知らぬ人物だったなら、それどころか「帰ってくれ」と願いたくなるような人物だったなら、狂ったように鳴り続ける音に逆に自分が狂いかねない。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンピンポーンピンポーン


 まるで壊れたようにーーむしろ故障の方がマシに思えるほどーー狂ったように鳴り続けるインターホンの音に、透璃が耐えきれずに立ち上がった。

 怖い。この音を聞き続けていれば狂ってしまいそうだ。

 止めさせよう、そう考え透璃が玄関へと向かい……


 ピンポーンピンポーンピンポピピピピピンポーピンピンポーンピピピピピンポーンピンポーピンポーン!


 という、めちゃくちゃな音と、次いで聞こえてきた


「まずい!やばい!」


 という声に目を丸くした。




「レムさん、うるさい」

「ごめん透璃! 楽しくなって押しまくってたらボタンはまった!止まらない!」


 と、そんな会話がされている間も、勿論だが音は鳴り続けているわけで、透璃がうんざりした表情で耳を押さえながら、インターホンの電源を切った。



 その後、修理業者に頼んでインターホンは直ったが、透璃はレムにインターホン禁止令を下した。勿論、ヤンデレ効果で再び壊されては堪らないからだ。


 インターホン連打で「来ちゃった(・・・・・)」は困る。それに比べれば、インターホンを鳴らすことなく「居ちゃった(・・・・・)」の方がまだマシだ。

 そう考えつつ透璃が読みかけの本を開けば、今日も今日とて、インターホンを鳴らすでもなく、ましてや玄関を通るでもなく、台所からレムが顔を覗かせた。



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