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 ガシャン!!

 と響いた無惨な音と、目の前で見るも無惨な姿になった携帯電話に、透璃が「しまった」と額を押さえた。




「はい、では新規登録ですねー!」


 営業スマイルと良く通る声で確認してくる店員に、透璃が臆するように「そ、そうです……」と返した。

 涼しく清潔感溢れる携帯ショップは居心地良いが、反面そこにいる店員のこのフレンドリーさには今一つ馴染めない。

 それでも世話になるのだからと透璃が必死に対応していると、店員がなにやら商品を説明しながらカタログをめくりだした。その手際の良さとハキハキした口調に、どうにも透璃は身構えてしまう。

 ーーといっても携帯ショップの店員を批判しているわけではない。彼等の丁寧であり意欲的な対応は見習うものがある……が、そう思えど引いてしまう程に透璃のコミュ力は欠落していたーー


「機種はどれにするかお決まりですかー?」

「え、えっと……以前のと、同じような操作が良いんですが……」

「そうですねぇ、同じ操作方法ですと」


 カメラの操作はアプリの落とし方は、果てには画質だお財布携帯だウェブがどうの、あれこれと説明しながらカタログをめくり機種を挙げていく店員に、透璃が只ひたすら相槌を打って返す。

 もっとも、携帯の機種等どれも似たりよったりだと思っていた透璃にこの説明は予想外で、それらの説明の半分近くが右から左へと流れていた。

 それでも何とか二種類まで絞り、サンプルを手に取って眺めてみる。


 やたらと薄い機種と、対して大振りの機種。

 前者は勿論その薄さと軽さが売りでり、対して後者は画面の大きさが売りである。

 大局的なその魅力は決断を鈍らせる要因でもあるが、ふと透璃が思い出したかのように大振りの機種を手に取った。昨今の携帯電話にしては重さがあるのか、手に乗せるとズシリとした手応えを感じる。

 重い……が、その分こちらの方が頑丈なのではないか。


 そう尋ねると、店員は「そうですねぇ」としばらく悩んだ後、やはり大振りの機種を挙げた。どうやら防水機能に加え、多少の衝撃にも耐えられるように作られているらしい。


「これなら中々壊れそうにないですね」

「そういえば、以前お使いになられていた機種は破損してしまったんですよね」


 納得と言いたげな店員の態度に、透璃が頷いて返す。


 携帯電話を破損して、買い換える際に「頑丈なのを……」と慎重になるのは珍しいことではないらしい。

 確かに昨今の携帯電話は薄く・軽く、これでよく使えるものだと思える程に手軽であるが、反面、落として画面を割ったりぶつけて故障させたり…なんてことも多々ある。画面がヒビ割れた携帯電話を、それでも使い続けている人も少なくはないだろう。


 だからこそ頑丈なのを……と大振りの機種に心を揺るがせつつある透璃に、店員が「以前の機種は落としたとか、ぶつけてしまったんですか?」と尋ねた。


「えぇ、壁にぶつけてしまいました」

「あー、そうなんですか……データのバックアップは取られてたんですか? メモリーカードは無事でしたか?」

「バックアップですか……」


 ふと、透璃が部屋の片隅で転がる携帯電話の姿を思い出した。

 試しにと電源を入れたが画面は暗いままで、出てきちゃいけないであろう部品が露見しているた。いかにも機械めいたコードが切れて、見て分かるほどに再起不能。

 せめてと思い取り出したメモリーカードに至っては、見事に真っ二つだ。

 そんな悲惨な姿に、透璃が「あれは無理ですね」と首を横に振った。


「それは残念ですね……」

「でも大丈夫です。バックアップは取ってなかったけど、取られては(・・・・・)いるんで」

「……?」


 どういう意味ですか?と言いたげな店員の視線に気付かず、透璃が携帯電話を片手にあれこれといじる。

 そうして決意したのか「これにします」と顔を上げれば、先ほどまで不思議そうな表情をしていた店員がパッと表情を切り替えた。


 そうして言われるままに契約書に記入し、流されるかのように手配を進めていく。

 昨今の携帯電話事情はお手軽なもので、携帯電話1台の契約に掛かる時間はたったの数分。それも、殆ど待っていれば良いだけときた。

 便利になったもんだ……と透璃がボンヤリと考えていると、席を外していた店員が目新しい携帯電話を台座に乗せて戻ってきた。


「では、今から開通の確認をします」


 そう告げて、店員が新品の携帯電話と、デスクに備え付けられていた電話に手をかける。

 言わずもがな、デスクの机から携帯電話にかけるのだ。

 勿論透璃はなにを言うでもなくジッとその姿を眺め……


 プルルル♪


 と着信音を奏でる携帯電話にも動じずにいた。

 対して、店員の動揺といったらない。驚愕を露わにした表情で、まだ受話器が降りたままの電話と鳴り響く携帯電話に交互に視線をやっている。

 恐怖すら感じていそうなその表情に、見かねた透璃がヒョイと携帯電話に手をのばした。


 そうして、まだ指紋一つ着いていない携帯電話の画面を指先でスライドさせた。


「もしもし?」

『透璃! どうして俺に黙って携帯を変えたんだよ!ひどい!』

「変えたって言うか変えざるを得なかったんですよ」

『それなら俺と一緒の時で良いじゃん、俺は一番に透璃の電話番号を知りたいのに!!』

「一番ですよ。むしろまだ私この携帯の番号知らないから、持ち主より先ですよ。それにいいじゃないですか、レムさんどうやったって電話掛けてくるんだから」

『でも、透璃の携帯電話の番号が使用不能になったのを確認したあと、透璃がどこの携帯ショップにいるかを探って、そこから新たに開通された電話番号のデータを引き出して透璃のデータを見つけるのは面倒! 3分くらいかかる!』

「3分くらい掛けてください。あ、切りますよ」


 ふと、店員の視線に気付き、透璃が通話を終える。

 流石新品の携帯電話は画面の反応が良く、希望していただけあった操作方法も以前の携帯電話と同じだ。大振りを選んだから多少手の収まりに違和感があるが、まぁそれは慣れていけば良い。

 そんなことを透璃が考えていれば、店員が「……あの」と控えめに声をかけてきた。


「あぁ、通話はちゃんとできていました」

「そ、そうですか……あの……今のは……」


 いったいどういうことですか?と表情で尋ねてくる店員に、透璃がさも当然のように携帯電話の画面を見せつけた。



 そこに表示されていたのは、メール受信の文字。

 開通して数分の、透璃は疎か店員すら把握していないメールアドレスに届いた一通のメール。

 それを見て信じられないと言いたげに表情を青ざめている店員に対して、透璃は平然とメールを開きながら答えた。



「ヤンデレというのはそういうものらしいですよ」



 そういうことだから仕方ないんです、と。透璃はうんうんと頷きながら、次々と送られてくる『とられていた(・・・・・・)バックアップ』を携帯電話へと落とし込んでいた。




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