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「ヤンデレたるもの!」
とレムが言い出したのは、祝日の昼前。そろそろお腹が空いてきたな……と透璃が思い始めた頃である。
今日も今日とて、招いてもましてや玄関の扉を開けてもいないのにいつの間にか居るレムに対して今さら言うこともないのだが、先程の発言はいささか気になった。
ヤンデレがいったいどういうものなのか依然として知れないが、こんな時間帯に言い出すのは今までになかったのだ。
たいてい、レムは食事を終えてからヤンデレとしての行動にでる。曰く「腹が減ってはヤンデレはできぬ」とのことで、ヤンデレに詳しくない透璃はそういうものかと納得して今に至るのである。
「こんな時間にどうしました、レムさん。お腹すいてないんですか?」
「空いてる!」
「なら先に昼食にしましょうよ。ヤンデレはその後でいいじゃないですか」
「甘い!」
昼食を促す透璃に、レムがビシリと言い切った。
流石にこれには透璃も面食らってしまう。いったい自分のどこが甘いと言うのか。
だがそんな透璃に対してレムは説明する暇も惜しいと、どこからともなく取り出した花柄エプロンを身にまといだした。
相変わらず成人男性が身に付けるには鮮やかでファンシーが過ぎるエプロンである。もっとも、レムの見目の良さはそれすらもギャップとして美点にしてしまうのだが。
「レムさん、結局お昼にするんですか?」
「ヤンデレたるもの、恋人への手作り料理に異物を混ぜるべし!」
エプロンのリボンを手際よくキュッと絞めながら、レムが熱い眼差しで宣言する。
紫色の、吸い込まれそうな深い色合いの瞳。この瞳に一度でも捕らわれれば、老若男女問わず彼の虜である。例え花柄エプロンであろうとも。
だがそんな老若男女の唯一の例外である透璃はといえば、レムの宣言を正面から受けながら、それでも目にハートを浮かべるでもなく赤面して顔を反らすでもなく、至って平然と「それでこの時間かぁ」と納得していた。
「しかし、食事に異物とは穏やかではないですね」
「ヤンデレっていうのはそういうものだ」
「そういうものですか」
なら仕方ない、と透璃が頷けば、グゥと一度お腹がなった。
時計を見上げれば、まさに昼である。
「それで昼食前に言い出したんですね」
「そういうこと。で、透璃はどんな異物が良い? 思い出の品? 俺の体の一部? 浮気の証拠?」
「まさかのリクエスト制ですか。なら消化できるものでお願いします」
「消化できるものかぁ……」
なにが良いか……と悩みだすレムを前に、透璃も同じように悩みだす。
最初こそ食事に異物とはどういうことかと思ったが、どうやらヤンデレとはそういうものらしく、ならば体に害がないようにしてもらうだけだ。
「消化できるもの……食べても大丈夫なもの……」
「でもあまり消化しやすいものだと、下手すれば今日の夕方には出します」
「消化早くない?」
「毎朝ヨーグルトを食べてますので」
「なんて健康的。でもそれだと……うぅん、難しいな……よし!」
なにか妙案が浮かんだのか、レムがパッと顔をあげた。
そうして徐にキッチンへと向かうので、いったい何を入れるのかと透璃が問えば、誰もが聞き惚れるような所謂イケボイスで返ってきたのは
「精子!」
これである。
「レムさん、あなた真っ昼間からなんてことを」
「ヤンデレたるもの、恋人に自分の体液の入った料理を食べさせるべし!」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんだ」
きっぱり言い切るレムに、お隣さんに勘違いされないよう窓を閉めていた透璃が頷きつつも念のためにカーテンも閉めておいた。ヤンデレというものがそういうものなら仕方ないが、真っ昼間かお盛んだと思われるのは不本意なのだ。
しかしまぁ、混入される異物がそれなら問題はないだろう。下手なものを入れられるよりマシとさえ思える。
レムの発言にクエスチョンマークを浮かべるほど透璃は純粋でもないし、赤面するほど初でもないのだ。人並みには色々なものに染まってきた。
だからこそ……と、透璃は読みかけの本を机に置いて、レムが向かっていったキッチンへと入っていった。
「……見るの?」
「見ます」
「……止めるの?」
「止めません」
「……ならなんで見るの?」
「純粋に、どの過程で入れるのかと気になっただけです」
お構い無く、とボウルに入れた卵をかきまぜながら言い切る透璃に、レムはしばらく視線を向けたのち困ったように眉間に皺を寄せた。
もちろん、こんな真っ昼間から人前で自慰行為に及ぶのがヤンデレかどうか微妙なところだし、なにより
あんなに徹底的に撹拌されたら、フワフワの半熟オムライスーー精子入りーーができそうにないからである。