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喉かな日曜の昼過ぎ。
ソファーに放り投げておいた透璃の携帯電話が、着信を訴える音楽を奏でだした。
その音楽に覚えのある透璃はゲーム機から顔をあげ、携帯電話を手に取ると画面に表示されている名前を一瞥して着信ボタンをタップした。
『もしもし、透璃か?』
聞こえてきたのは男性の声。
その背後から爆撃音らしいものが聞こえてくるのだが、まぁそれは良いだろう。今日に始まったことでもないし。
そう考え、透璃は声の主が聞こえやすいよう出来るだけ大きめの声で返事をした。爆撃音が止まぬ中では、通常の声量で話しても聞き取りにくいだろうという配慮である。
「こんにちはディーさん。どうしました?」
『こんな夜中に申し訳ない。そっちにレムはいるか?』
一際大きな爆撃音の中、それでも時間帯を考慮して一言詫びてくるディーに、透璃が自分の部屋の壁掛け時計を見上げた。
短針は1の数字に、長針は6の数字にかかっている。言わずもがな1時半、それも日中の1時半である。現に窓から差し込む日の光はこれでもかと明るく、外からは子供たちの遊ぶ声さえ聞こえてくる。
どう考えても『夜中に申し訳ない』と一言詫びる時間ではないだろう。というより、そもそも夜中ではない。
だが……と透璃はあえて指摘せずに時計から視線を戻した。
ディーが時差を考えないのは今に始まったことではない。真夜中に平然と電話をかけてきたこともあるし、逆に透璃が寝ている彼を起こしてしまったこともある。
きっと彼のいる場所では今は夜中なのだろう。それがどこかは分からないが。
「レムさんならこっちに来ていますよ。でも外に居ます」
『出かけてるのか?』
「いいえ、私が朝起きたらまた普通に家の中にいて朝食を作っていて、食べ終わるや『ヤンデレたるもの、恋人の居る部屋を電柱の陰からジッと見守るべし!』と言い出して出ていきました」
『そういうものなのか?』
「そういうものらしいです」
そういうものなら仕方ない、と二人で電話口で納得し合い、それでもとディーが言葉を続けた。
『ちょっとレムが必要なんだ。回収に行かせるから』
「分かりました。でもこの間みたいにヘリでは来ないでくださいね、洗濯物が吹っ飛んでしまうので」
『分かった、考慮しよう』
そう言うや否や、耳をつんざくような爆撃音が聞こえ、それで通話がプツリと切れてしまった。
大丈夫だろうか……。いや、きっと大丈夫だろう。そう勝手に判断し、透璃が窓へ近付く。
そうしてカーテンをめくってみれば、窓から見える一番近い電柱に、ジッとこちらを見上げるレムの姿があった。
ところで、彼の足元にケーキ屋やら料理屋の紙袋が山のように見えるのだが、あれは通りかかった女性たちからの差し入れだろうか。
その傍らには紙袋いっぱいの手紙。これもまた彼を見かけた女性達からのラブレターなのは言うまでもない。
見た目だけを見れば、レムほど優れた男は居ないのだ。異性の好みは十人十色とはいえ、彼はその全ての女性を虜にしてしまうほど優れている。
そんな男が電柱に身を寄せていれば、事情を知らぬ者からしてみればさぞや絵になるのだろう。叶わぬ恋心を抱き、そっと相手を陰から見守る男……と、脳内で補完してしまうかもしれない。
――まさかそれが自主的だなんて、それどころか朝は平然と一緒に食事をしていたなんて、誰だって思いもしないだろう――
だがまぁ、ご近所さんに受け入れて貰えているのなら良しとしよう。
ディーが迎えを手配した以上、警察にしょっ引かれるのだけは避けなければならないのだが、見た感じその心配もなさそうだ。
そう判断しカーテンを閉めようとした透璃が、ふと遠くから聞こえてくる音に顔をあげた。
見上げれば、真っ青な上空には戦闘機。
おおよそこの平和な日本ではお目にかかれることのない、映画に出てくるような戦闘機。
それが轟音を引き連れて……は来ず、轟音すらも置いて空を突っ切ってくると、部屋の中で携帯電話が音楽を鳴り響かせた。
勿論、ディーからである。
通話ボタンを押せば相変わらずの爆撃音の中『そろそろ迎えが着く頃だから』と暢気に言ってよこす。
そういうことじゃないんだけどなぁ……と思いながら透璃が再び窓の外に向かえば、空に戦闘機の姿はなく、電柱にレムの姿もない。勿論だが、ベランダに干してあった洗濯物の姿も無い。
これはまた買い直しか……とどこかへ飛んでいったであろう着る毛布を惜しみながら、再びソファーに腰を下ろしてゲーム機を手に取る。
そうして画面に視線を落とし「あ、」と小さく呟いた。
画面にはエラー表示。そこには
『通信相手からの接続が途絶えました』
と書かれている。
それを見て、しまったと透璃が頭を掻いた。
そうして再び空を見上げる。
「レムさん、ソロじゃアマツマガツチ倒せないけど大丈夫かなぁ」
そう呟きながら、続行するかと尋ねてくるゲーム機に指示を出した。