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【完結】ハイスペックでイケメンなヤンデレに愛されて今日も夜しかグッスリ眠れない  作者: さき


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「痛いの痛いの、飛んで……」


 言いかけ、透璃が頭上に手をあげたまま数秒黙り込んだ。

 そうして考え込むように眉を潜め、ソッと手を下ろすとベッドに横になっているレムの上にポフと添える。


「戻された。俺の『痛いの』が飛ばされずに戻された」

「仕方ないじゃないですか。そりゃレムさんが『痛いの痛いの飛んでいけ』ってしてもらいたいのは分かりますけど」


 そう話しながら透璃が布団越しにレムをポンポンと叩くのは、不満そうに睨んでくる彼を宥めるためと、あと先程飛ばそうとした『痛いの』を彼の中に戻すためである。

 といっても、透璃だってなにも無条件に嫌がっているわけではない。怪我をしたレムが「ヤンデレたるもの怪我を最大限に活用すべし!」と興奮気味に『痛いの痛いの飛んでいけ』を希望してきた時には素直に応じようと思った。その子供染みた行為はまるで公共の場でイチャつくカップルのようで些か恥ずかしさが募るが、かといって怪我人を無下に扱う気も起こらない。

 なにより先程から入れ替わり立ち代わりしている医者達は忙しそうで透璃の事など眼中になさそうなのだ。多少恥ずかしいことをしたところで彼等は歯牙にもかけないだろう。

 ゆえにレムの望むとおり『痛いの痛いの飛んでいけ』をやろうとした……の、だが。


「でも考えてくださいレムさん、そりゃ普通の『痛いの』だったら私だって飛ばしますけど、レムさんの『痛いの』は容易に飛ばして良いものじゃありませんよ」

「えぇー良いじゃん飛ばしてくれよ」

「そんな我儘言わないでください。だってレムさん、あなたさっきまで集中治療室に入ってたじゃないですか」


 そんなレベルのものを飛ばされた人の身にもなってください、と透璃が宥めれば、渋々ながらに納得したのかレムが唇を尖らせつつもコクリと頷いた。

 その表情は麗しいの一言につき、病室というシチュエーションも合わさってかどこか儚く繊細な印象も与える。現に慌ただしげに行き来していた医者が職務を忘れ足を止めて見惚れ、それどころか病室の扉に集っていたナースや患者達までもが熱い吐息をもらしてゴクリと喉を鳴らす。数人倒れたのか、何かがぶつかる音までしだす。

 だがそんなレムの儚げな魅力にも透璃は見惚れることなく、机に置かれたリンゴと果物ナイフに手を伸ばした。『痛いの』は飛ばせないが、せめて次のリクエストであるリンゴのウサギは叶えてやるためである。


「そもそもですね、どうしてさっきまで集中治療室にいたはずのレムさんがこうやって普通の個室で話をしているんですか?」

「ヤンデレだから」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんだ!」

「でもお医者様が引き留めるのを強引に振り払ってこの病室に移っていたじゃないですか。ヤンデレがそういうものだからって、あれはちょっと無理矢理すぎませんか」

「だって集中治療室ってテレビついてないじゃん。深夜にバスケの試合やるだろ、あれ見たくてさ」

「この病院、夜の十二時以降はテレビつきませんよ」

「退院する」


 よいしょ、とレムが平然と起き上がろうとすれば先程まで惚けて見入っていた医者達が驚愕の表情でざわつきだした。

 もっとも、集中治療室にいたはずの患者が数時間どころか数十分後には普通の病室でリンゴを租借しながら退院したいと訴えているのだから、これは驚愕するなというのが無理な話。急遽外部から呼ばれた研究員や医者達に至ってはその奇想天外な話に冗談を言うなと怒り出している程なのだ。

 だが当のレムはケロリとしたもので、彼と話をする透璃も「ヤンデレに包帯は欠かせない」という説明で早々に納得することにした。曰くヤンデレとは怪我や病がつきものらしく、なるほどそれなら治りが早いものなのかもしれないと否定せずに話を受け入れることにしたのだ。

 ヤンデレとはヒーリングファクターを備わっているのかもしれないし、もしかしたらうっかり嫉妬を買って不死の呪いでも受けているのかもしれない。あいにくと透璃はヤンデレだったこともましてや集中治療室に入ったこともなく、この病院の別の病室に入ったことならあるがそれだってヤンデレとは縁遠い話なのだ。


「なんにせよレムさんが元気なのは良い事です。でもお医者様も色々と調べたがっていることですし、少し協力してさしあげたらどうですか」

「酷い透璃! 俺の血液や細胞が取られても良いって言うのか!」

「良いんじゃないですか?」

「透璃には独占欲が無さすぎる! 俺は透璃の血液も細胞もナノ単位だってむしろヨクト単位でだって他の奴にやりたくないのに!」


 酷い酷いと訴えるレムに透璃が困ったと頭を掻く。どうやらヤンデレというのは回復力も強ければ独占欲も強いらしく、それを相手にも求めるものらしい。


 そんな会話を交わしている最中も、入れ替わり立ち代わり医者が訪れては彼の回復力に驚愕し見惚れて扉の縁には見学者が群を作り……と、気付けば随分と賑やかになってしまった。病院らしからぬその落ち着きのなさに透璃がどうしたものかと溜息をつき……ふと、膝にのせていた鞄から細かな振動を感じ取って中を覗き込んだ。

 携帯電話が淡い光を放って着信を訴えている。しまった電源を切り忘れていたと自分の迂闊さを心の中で叱咤し、慌てて切ろうとして着信表示の名前に手を止めた。


「ディーさんからだ。レムさん、ちょっと外で話をしてきますね」

「酷い透璃、怪我をしてる俺のこと放って行くのか!」

「あとでアイス買ってきてあげますから、大人しく血液と細胞取られて待っててください」

「ハーゲンダッツで手をうってやろう」


 さり気なく高いアイスを強請ってくるレムに頷いて返し、透璃が病室を後にする。

 注がれる「いったいどういう関係なんだ?」という視線はどうにも気分が悪く、振り返ることなく小走り気味に廊下を歩いていった。





「ディーさん、お待たせしました」

『やぁ透璃、こんな夜中に電話をして悪いな』


 電話口からのディーの言葉に、病院を出た透璃がヒョイと頭上を見上げて目を細めた。手をかざして見れば、照り付ける太陽の位置はまさに頭上。時計など確認するまでもなく日中である。

 だが彼の居る場所では今は電話を掛けるには失礼な時間帯なのだろう。そこがどこかは分からないが、それでも透璃が「お構いなく」と返した。


「それよりディーさん、レムさんが入院したって教えてくれてありがとうございました」

『いや、本当ならこっちの病院に入るはずのところをあいつが「ヤンデレたるもの入院して儚げな姿をアピールするんだ!」って無理にその病院に行っちゃったんだけどな』

「なるほど、どうりで日本の医学が彼に追いついてないと思った」


 果たして追いついていないのが日本だからなのかは定かではないが。

 そんなことを話しながら日陰を探すようにフラフラと歩く。

 馴染みのある場所ゆえ多少歩き回っても迷うことはないだろうし、なにより病院から出たとはいえ出入り口で携帯電話を使用するのは居心地が悪いのだ。


「ところでディーさん、今なにか忙しいんですか?」


 ふと、透璃が電話の向こうにいるディーに尋ねた。

 彼の声と共に爆撃や断末魔が聞こえてくるのはいつものことだが、今日は彼の声もどこか上ずって聞こえるのだ。例えるならば急いで歩いているような……いや、風の音と声の揺れを考えるに走っているのかもしれない。

 それに対してディーはさも平然と、


『あぁ、今ちょっと医者から逃げてるんだ』


 と答えてきた。

 思わず透璃が目を丸くさせる。


「……どうしてそんなことに?」

『どうしても何も、医者から三日逃げ切ったら退院って言うだろ』

「少なくとも日本では言いませんね」

『日本人は謙虚だなぁ』


 はは、と笑うディーの声の奥から怒声が聞こえてくる。医者だろうか、生憎と日本語ではない言語なので何と言っているか分からないが、その金切声から声の主がだいぶお怒りなのは分かる。それどころか何やら爆撃やら発砲音が聞こえはじめてきたのだが、いつものことだと透璃はさして気にするまいと割り切った。

 むしろレムが『医者から三日逃げ切ったら退院!』と言いだしてしまうのではと不安になってしまう。これはハーゲンダッツを多めに買っておかねばなるまいか……。


『そういうわけで俺達は逃げ切って退院するけど、レムは数日入れといて良いから』

「でもレムさん毎日お見舞いに来ないとうるさそうだし、お医者様がいる手前では言えないけど私としてもさっさと退院してもらいたいんですよね」

『透璃も病院が嫌いか?』

「えぇ、あまり良い思い出はありません」


 そう話しつつ、ふと透璃が頭上を見上げた。

 いつの間にここまで歩いてきてしまったのか、無意識ながらまるで引き寄せられたような不快感に眉間に皺を寄せ、白い壁と小窓に視線をやる。

 等間隔に並ぶそれは他の病室に比べると随分と小さい。解放感など何一つなく、申し訳程度に外の光を取り込むしか出来ない程の些末な窓。

 そこにシッカリと嵌められている鉄の格子を見つめ、透璃がもう一度、


「あまり良い思い出はありませんね」


 と呟いた。

 その瞬間に轟音が電話口から聞こえ、バツンと音を立てて通話が終了した。




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