13
「ヤンデレたるもの!」
とレムが言い出したのは、長閑な休日の夜遅く。
あいも変わらず招き入れた覚えもましてや扉を開けた覚えすらないのに台所から出てくる彼に、一日牛乳パズルに没頭していた透璃が顔を上げた。
レムがどこから来たのか不思議がるのも今更だし、彼がヤンデレがどうのと騒ぐのも慣れた。それでもこうやって首を傾げて返すのは様式美というやつだ。コミュニケーション能力に些か難有りな透璃だが、毎度の応酬を踏む律儀さはある。
「それでレムさん、今日はなんですか?」
「ヤンデレたるもの、どんな媒体でも嫉妬すべし!」
そう高らかに宣言するレムに、透璃が「嫉妬?」と尋ねて返した。どうやら今日はそういうヤンデレらしい。
レム曰く、ヤンデレとは嫉妬深く、例えその気がなく傍目から見ても疑いなしのクリーンな関係だったとしても、恋人や伴侶が異性と接していたら仲を疑って嫉妬してしまうものなのだという。そしてそれは生身の人間に限らず、アダルトビデオやグラビア雑誌、果てには健全な写真集やファッション雑誌といった紙面や映像の異性すらも例外ではないらしい。
目に映る異性ならばなんでも、というレベルだ。
ちなみにそれを聞いた透璃が「恋人や伴侶でもないし、アダルトビデオやグラビア雑誌なんて持ってませんけどね」と一言挟んでおいたのは――そして後半に関してのフォローの色が強いのは――女としてそういった物を所持している疑いをかけられるのは良い気がしないからである。
もっとも、そんな透璃の訴えも得々とヤンデレを説明するレムに届くわけがなく、右から左へ聞き流されてしまったのは言うまでもない。
「それで、何をするんですか?」
「嫉妬するんだ! 透璃、グラビア雑誌でも写真集でも何でも良いから持ってきて! 嫉妬するから!」
「何でわざわざ嫉妬するんですか?」
「ヤンデレだから!」
「ヤンデレっていうのはそういうものなんですか?」
「そういうものなんた!」
だから! とテンション高く求めてくるレムに、透璃が納得したと頷いて返した。
どうやらヤンデレとはそういうものらしい。レムを見ているとヤンデレというものは月が三つ四つに増えるどこかへ行くこともあるようだし、ワープホールをひとのベランダに設置することもある。ならば紙や映像媒体に嫉妬するのもヤンデレならば極々普通のことなのかもしれない、と考えたのだ。
あいにくと透璃はヤンデレだったことがなく、嫉妬だって生身の人間相手にしかしたことがない。殺してやると憎悪と呼べる嫉妬を抱き、相手の生涯に拭えぬ傷を残してやろうと動いたこともあった。相手の前から姿を消して、それでも戸籍には残り続けて一生負い目を感じさせてやろうと未だに考えてはいるが、相手は互いに顔を知る人間だ。ヤンデレの嫉妬の域には到底辿り着いていない。
そう考え、ならばここはレムが嫉妬しそうなものを提供しよう……と部屋の中を見回した。
勿論だがアダルトビデオやグラビア雑誌はない。写真集もないし、ファッション雑誌だって捨てるのが面倒で買わずにいる。
むしろ人間を写した媒体は苦手で部屋に置かないようにしている。映像物だってたまに気に入った映画を買って手元に置いておくだけで、これといって入れ込んでいる俳優はいない。
さてどうしたものか……と、眉間に皺を寄せていた透璃が、はたと顔を上げて「そうだ」と呟いた。それを聞いた瞬間のレムの瞳の輝きようといったらなく、深い色合いが更に色味を強める。黄金や宝石すらも霞んでしまいそうなその美しい瞳に、それでも透璃は「ちょっと待っててくださいね」と寝室へと向かった。
そうして透璃が戻ってくれば、彼女の手の中には小さな箱がおさめられていた。雑誌でも写真集でもなく、僅かに厚みのある小さな箱だ。
いったい何だと不思議そうにするレムに、透璃が「これで良ければ」と箱を差し出した。
紙で作られた小さな箱。例えるならばカードゲームのケースのような作り。
表紙には欧米風の顔つきをした男性がその裸体を惜しむことなく晒し、満面の笑みを浮かべている。
一糸纏わぬそよかの股間には、まさに規制と言った真っ黒な印刷。
そう、ヌードトランプである。
それも、男性版ヌードトランプである。
「すみませんレムさん、うちにはこれぐらいしか無いんです」
「むしろなんでこれが有るんだ?」
怪訝そうな表情を浮かべつつそれでもとレムが箱を開けて傾ければ、トサッと軽い音がしてカードの束が彼の手に落ちてくる。
それに対してあがる「げぇ……」という声は、他でもなくレムが男だからである。少なくとも、彼は満面の笑みで裸体を晒す男達のカードが手に落ちてきて喜ぶ趣味ではないようだ。
ちなみにヌードトランプはその名の通りヌードといえどトランプである。記号と数字が割り振られた52枚のカードにジョーカーが2枚入っている。
そのうえ一枚一枚に世界各国の男達が満面の笑みで裸体を晒す写真付き。逞しい肉体で見せつけるようなポーズを決める写真もあれば、細身の繊細な美丈夫が倒錯的なポーズで写っているものもある。ご丁寧に一枚たりとも同じ写真はなく、ジョーカーにまでも全裸の男が写っている。
もちろん、漏れなく股間には黒い修正入り。漏れたら大変である。
「どうですレムさん、嫉妬できますか?」
「嫉妬っていうか……うわぁ……いやでもこれは……うげぇ……」
なんとも言えない声をあげつつ、レムがトランプを捲っていく。そうしてふと手を止めると、一枚をまじまじと凝視ししだした。
トレーニングルームらしき場所で裸体の男がバーベルを持ち上げているカードである。股間にはもちろん黒い規制。四隅にはハートと9が印字されているが、センターの写真のインパクトに敵わず霞んで見える。
そんなカードを手に、レムが色濃い瞳を向ける。老若男女問わず見惚れる麗しい瞳といえど流石に印刷物には効果がなく、彼の視線を受けてもなおハートの9を司る男は満面の笑みだ。もちろん、全裸で。
「透璃、これ……」
「どうしました?」
「これ、透けてる!? 透けて……見える! 何がとは言わないけど、ナニが見える!」
しきりに訴えるレムに、透璃が頷く。
そう、男性版ヌードトランプは全てのカードに男たちの全裸写真が印刷されており、すべて股間には黒塗りの規制が掛かっている。……のだが、それが若干薄いのだ。
目を凝らせば見えてしまう。何がとは言わないけれど。
それを踏まえて、レムが「おぉ……」と声を漏らしつつ再びカードを捲る。
そうして全てのカードを確認し終えた彼は、「よし」と一息つくとトンとカードを整え……
「並べよう」
と凛々しい表情で告げた。
何を基準にした順番で、とは口にしない。
「でもですよレムさん、何を基準にとは言いませんが並べるとして、写真だから対比とか加工とかあるんじゃないですか?」
「透璃、俺を誰だと思ってるんだ? 映像や写真をいじるのなんてお手の物、逆もしかりだ!」
「そうなんですか、意外だなぁ」
「透璃がいつ記憶喪失になってもいいように、結婚式やハネムーンの写真なんかを常に作ってるからな!」
「意気揚々と記憶改竄しないでください」
油断も隙もない、と言いつつ透璃がテーブルを片す。もちろんテーブルにヌードトランプを並べるためである。何を基準に順番を決めるかは口にしないけれど。
ちなみに記憶改竄については、レムが「ヤンデレっていうのはそういうものなんだ」と言うので透璃も納得してさして気にしないことにした。ヤンデレとはひとが記憶喪失になったのを機に夫婦だと記憶改竄するのが普通らしいし、仮に記憶喪失になった場合、思い出さずに改竄された方が幸せだと思えたからだ。
だからこそ今はトランプを並べようと台拭きでテーブルを拭いて準備を整える。
「よし透璃、並べるぞ!」
「はい、レムさん並べましょう」
何を基準にとは口にせず二人で頷きあい、カードの一枚目に手をかけた。
チュンチュン……と、いかにもな雀の鳴き声がする。
最近では日が昇るのも早くなり、まだ四時だと言うのに窓から朝日が差し込んでくる。
……まだ四時というべきか、もう四時だと言うべきか。
「レムさん、もう朝ですね」
「あぁ、まさかあと二箱あるなんて思いもしなかったな」
「しかも全部柄が違いましたからね」
そんなことを交わしつつ、並べたトランプを眺める。
三箱分の男性版ヌードトランプ。どれも世界各国の男達が裸体を晒しており、その輝かしい笑顔と細身から筋肉質まで取り揃えた選り取り見取りな肉体が徹夜明けの視界には眩しい。
まさに圧巻。壮絶の一言。
そんな光景を前に透璃もレムもやりきったという達成感――それと徹夜明けの妙な高揚感――に浸りつつ、手元の資料に視線を落とした。
先ほど弾き出したばかりの新鮮なデータ。最大値と最小値、それに平均値である。
何の、とは言わないがそれらの数字に透璃とレムが頷きあった。
「透璃、とりあえず報告しとこうか」
「そうですね、せっかくですし」
そんなことを話しつつ、透璃が部屋のコンセントに向かう。
そうしてヒョイとしゃがみこみ、手元の資料に書かれているデータを読み上げた。
その瞬間、上下左右の部屋から声があがる。
――左右の部屋は知っていたが、どうやら上下の部屋も監視のために人が入っているようだ。透璃としてはご近所付き合いをせずに済むので幸いである――
勝ち誇ったような声、悲鳴、様々な声が綯交ぜに聞こえてくる。
それらに対して透璃が「男の人も大変だ」と心の中で呟けば、バツンと音がして部屋のテレビが点いた。画面には
『 :) 』
とだけが映っている。
「何ですか、あれ」
「ディーからの返事だろ」
「……?」
あれが? と眉間に皺を寄せる透璃に、レムが首を傾けるよう告げた。
それに従えば、90度変わった視界で『:)』が笑って見える。
なるほど、どうやら彼にとっては満足の行く結果だったようだ。
何がとは言わないけれど。
※注意※
この話はフィクションです。
全てのカードが透けて見えるわけではありません。
また、全裸なのは男性版です。女性版は(確認できたものでは)全て下着姿なので、期待して購入を検討される方はご注意ください。




