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「透璃、俺はどこにいるでしょーか!」
と、陽気なレムの声が携帯電話から聞こえ、透璃はうっかりと通話終了ボタンをタップしてしまった。
もっとも、その直後に再度かかってくるわけで、透璃が目を擦りながらも小さく溜息をついて携帯電話の画面に触れる。液晶に表示されている時刻は深夜の三時過ぎ、もちろん透璃は眠っていたわけで、こんな時間にあんなテンションで電話をかけられたら誰だって誤操作してしまうというもの。
……誤操作である。寝ぼけてうっかり通話終了してしまったのだ。うっかり着信拒否しないだけマシである。まぁ、たかが一般の携帯電話で出来る着信拒否など彼にはどうってことないのだろうけれど。
とにかく、そんな諦めにも似た思いで携帯電話を耳に当てる。
「こんばんは、レムさん。こんな時間にどうしたんですか?」
「透璃、俺が今どこに居ると思う!」
「……はい?」
いったいなんの話だろう、と透璃が首を傾げる。
だがそれを問うより先に、レムが「ヤンデレたるもの!」と声をあげた。
「ヤンデレたるもの、常に自分の居場所をアピール!」
「……そういうものなんですか?」
「そういうものなんだ。それに透璃、商店街のガラガラで地球儀当てたろ」
「当てましたね」
それを参考に俺の居場所を当てて! と訴えてくるレムに、透璃が仕方ないとベッドから起きあがって部屋の隅に置いておいた地球儀へと向かった。
確かにレムの言う通り、商店街のくじ引きで地球儀を当てた。よくある一定額買い物をすると挑戦出来るというやつだ。どうせはずれ賞のポケットティッシュだろうと思いつつも挑戦したところ、七等という微妙な結果で、商店街にある文具店から提供された景品を渡されたのだ。
それを見た瞬間「辞退」という単語が脳裏を過ぎったが、大袈裟に鐘を鳴らされては受け取るほかない。もっとも、品物自体は大振りな地球儀とその横に小型の天体地球儀もついている、割と本格的な代物である。
これを参考に、レムがいる場所を当てろというのか……と、そんなことを考えながら試しに地球儀を回す。カララと乾いた音がして地球儀が揺れる様はなかなかに楽しく、見知った国名や地名が視界に写っては流れていくのは見ていて飽きがこない。こんな深夜でなければそれ相応に楽しめただろう。
だけど、と透璃がピタと地球儀を手で止めた。
この地球儀を当てたのは今日だ。それも商店街も店仕舞いに入りつつあった時刻。はっきり言ってしまえばまだ六時間程度しかたっていない。
その間に地球儀を当てたことを誰にも言っていないし、帰宅して以降レムも部屋に居なかった。透璃が一人で過ごしていたので何の言葉も発していない。
つまり、レムに教えていないし、話しかけてもいないし、盗聴器で盗み聞くのも不可能。
なのにどうして知ってるのか、と尋ねれば、電話の向こうからレムの、
「だってヤンデレだから」
という返事がかえってきた。
「なるほど、ヤンデレっていうのはそういうものなんですね」
「ヤンデレってのはそういうものなんだ」
そういうものなら仕方ない、と透璃が納得する。
だがあと一点、言わなければならないことがある。むしろこちらの方が重要だと改めて透璃がレムを呼べば、携帯電話から僅かに緊張をはらんだ彼の声が聞こえた。
「レムさん、これだけは言っておかなきゃいけないことがあります」
「な、なんだ……? もしかして透璃の行動を監視するために両隣の部屋を空き室にしてそこに監視用の機材を持ち込んでるのがバレた? それともサブリミナル効果を狙って透璃の携帯画面に一分に一度コンマ数秒だけ『レムさん愛してる』っていうメッセージが出るように仕込んだの気付いた!?」
「ガラガラではなく新井式回転抽選機です」
「新井式回転抽選機」
「新井式回転抽選機です」
それさえ分かってもらえれば他はかまわない、と透璃が告げれば、レムが安堵したように「そっかぁ」と答えた。
そうして改めて「それじゃ、俺がどこにいるか当てて」と本題に戻る。透璃も答えるべく地球儀を眺め、ついでにノートパソコンを手繰り寄せた。
景色や観光名所を言われたら直ぐに調べるためである。カンニングと言うなかれ。
「それじゃ、まず一つ目のヒント!」
「はい」
「ここから、見えるのはー……」
もったいぶるように間をおくレムに、透璃が地球儀を回しながら続く言葉を待った。
見える景色ということは海や山、もしくは有名な城などだろうか。前者ならば場所を特定するのは難しいが、後者であれば直ぐに特定できるかもしれない。
そう考えながらマウスをいじりインターネット検索の画面を表示させる。と、レムが「ここからは」と楽しげに話し出した。
「ここからは地球が見える」
「それは地球儀じゃ特定できませんね」
軽く回していた地球儀をグルリと一度早く回し、次いでその横にある天体地球儀に手をかけた。
どうやら彼の視界には今地球が見えるらしい。つまり地球外のどこかから眺めているのだ。そりゃ地球儀では無理、グー○ルアースでも追いつかない。
思わず透璃が「星かぁ」と呟けば、レムが楽しそうに「二つ目のヒント!」と続けた。
どうやら続けるらしい。といっても天体の知識などないに等しい透璃からしてみれば既に負けが決まっているのだが、楽しげなレムの声を聞くに降参は望めそうにない。
「次のヒント、ここからはー」
「ここからは?」
「ここからは、月が二つ見える」
片方は赤い、と追加情報をだしてくるレムに、透璃が天体地球儀もグルリと一回転させた。
そうして手近にあった上着を羽織りベランダへと出れば、今夜は空も綺麗で星が輝いている。月は……一つだ。もちろん赤くない。
「レムさん、どこにいるんですか?」
「それを当てるのがゲームの醍醐味だろ」
「私の分かる範囲内ならお答えしたいんですが……レムさん、近くに何かいらないものはありますか? あればそれを放り投げてみてもらえます?」
「ん? あぁ分かった、ちょっと待ってて」
僅かに間があき、準備が整ったのか「いくぞー」と声がかかる。
そうして軽く「よっ」と声が聞こえてきたのは、電話の向こうで彼が何かを投げたのだろう。そこがどこなのかさっぱり見当がつかないが。
「レムさん、どうでした?」
「どうって?」
「投げたものはどうなりました?」
ちゃんと重力に従って落ちたのかどうか、それを確認するために透璃が「どうなったのか」と尋ねるも、返ってきたのはまるで当然のことを言うなとでも言いたげな笑い声だった。
「そんなの、投げたんだから浮いてるに決まってるだろ」
「重力が違う」
「あっ……」
「レムさん?」
ものが浮く以上のなにかがあったのか、そう透璃が電話口でレムを呼ぶも、返ってきたのは「あー」という軽いものだった。
どうやら大事ではないらしく、透璃が再び「どうしました?」と尋ねた。
「さっき投げたやつがさ」
「どうしたんですか?」
「時空の狭間に吸い込まれていった」
「時空の狭間」
思わず透璃がオウム返しで呟くも、レムはさして気にしていないのか「それで」と話を切り替えてしまった。
これに関して透璃としては色々と言いたいところなのだが、出かけた言葉を飲み込んだ。もしかしたらヤンデレの周辺には時空の狭間があって普通なのかもしれないからだ。あいにくと透璃はヤンデレだったこともなければ時空の狭間というのを見たこともない、自分の知識足らずで畑違いのことを根ほり葉ほり聞くのは失礼かもしれない。
あと眠い。出来れば早めに話を切り上げて寝たい。
「それでレムさん、いったいどこにいるんですか?」
「だからそれを透璃が当ててくれなきゃ」
「そりゃグー○ルアースで分かる場所なら私も当てますけどね」
「グーグ○アース!?」
予想外だったのか、レムが驚いたようにその名称を口にし、次いでケラケラと笑い出した。まるで子供の幼稚な手段を笑うようなその笑い声に透璃がムスと口をへの時に曲げる。
こんな深夜に電話をかけられ、一方的な居場所当てゲームをやらされ、おまけにこの態度だ。ヤンデレというものはよく分からないが、これがヤンデレの態度ならば随分と失礼ではないか。
だがそんな透璃の怒りを知ってか知らずか、電話先でレムがひとしきり笑った後に「笑ってごめんな」と謝ってきた。もっとも、その声も震えているあたり、若干笑いが収まったに過ぎないのだろう。
「あんまり失礼な態度だと電話きって寝ますよ」
「ごめんごめん、悪かった。でも透璃、グーグルアー○ってそんな」
「そんな?」
「この場所を特定するなら、グー○ルディメンションぐらい遣わなきゃ」
「グーグ○ディメンション」
そのレベルですか、と透璃が問えば、それに被さるように「おっ」とレムの声が返ってきた。
いったい何があったのかと問えば
「別の次元の狭間からさっき投げたオーパーツが戻ってきた」
これである。
「レムさん、オーパーツなんて投げて大丈夫なんですか?」
「さっきディーがいらないって言ってたから大丈夫だろ。あ、それと」
「それと?」
「今さっき月が三つ増えたから、ここからは月が五つ見える」
で、どこだと思う? と楽しげに尋ねてくるレムの声に、透璃は小さく溜息をつきつつ空を見上げた。
見える月は一つ。もちろん赤くもなければ増える様子もない。
どうやらヤンデレというのは随分遠くまで出掛けるようだ。
そんなことを考えながら、ふぁ…と軽く欠伸をすれば携帯電話から「透璃、聞いてるか!?」と責めるような声が聞こえてきた。




