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【完結】ハイスペックでイケメンなヤンデレに愛されて今日も夜しかグッスリ眠れない  作者: さき


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 慌ただしく家を出て、そのままタイミングよく来たバスに乗り込む。小走りで駅の改札を通ればちょうどよく電車が訪れ、それに乗り込んでようやく一息つく。そうして鞄の中を漁り、はたと気付いた。


 あ、携帯電話がない。



 基本、仕事以外での透璃の行動範囲は自宅から徒歩30分圏内に限られている。そこですべてを済ませ、遠出は必要でない限りしない主義なのだ。というか出来れば徒歩30分圏内すらも出たくない、引きこもりたい。

 そんな透璃が久しく仕事以外で電車に乗ればこのざまである。うっかりと携帯電話を家に置いてきてしまった、出掛けに時間を調べて、そのまま靴箱の上だ。

 しまった、と内心で自分の迂闊さを悔やむ。

 だがすぐさま


「……まぁ別にいいか」


 と、あっさりと切り捨てるのは、透璃自身がさして携帯電話に重きをおかないからである。

 仕事場から電話が掛かってくるかもしれないが、そもそもが休日なのだ、必ず出なければいけない理由はない。連絡を取り合う友人もいないし、興信所とも急を要するやりとりはここ最近していない。密に連絡を取り合い、何かあれば必ず報告しあう相手もいるにはいるが、今から会いに行くのがその人物である。

 だから大丈夫だろう、そう考えながら空いている座席に座り、暖かな電車内の空気と日差しにうとうとと船を漕ぎだした。


 そうして目的地に到着し、用事を済ませて法律事務所を後にする。

 心落ち着ける報告を受けて気分が良く、まだ日も高いので喫茶店にでも行こうか……と、珍しく透璃が浮かれ気分で普段は通り過ぎるだけの洒落た喫茶店へと入っていった。


 コーヒーを頼み――ラテだのマキアートだの凝ったメニューはよく分からない――2人席の片方に荷物を置いて椅子に腰掛ける。

 そうして周囲を見回せば休日の日中と言えど一人の客も案外に多く、それでも大半は本を読んだり教科書やノートを広げたりパソコンへと向かっている。もしくは携帯電話をいじっているかだ。

 本でも買ってくれば良かったかな、と、思わずコーヒーカップに口を付けながら思う。

 浮かれ気分で店に入ったはいいが、早々に手持ち無沙汰なのだ。法律事務所で渡された資料も、さすがにここでは広げる気にはならない。


 そんなことを考えながらコーヒーを飲み進めていると、カランと扉の開く音が響き、ついで店内が一瞬にして静まりかえった。数秒前まで愛想の良い挨拶や商品紹介をしていた店員も、「いらっしゃいま……」と言い掛けて言葉を飲む。

 誰もがその一点に釘付けになり、硬直状態である。

 いったい何だと透璃もまた視線を追うように店先へと視線を向ければ……


「透璃ー、携帯ー!」


 と、レムが見覚えのある携帯を振り回していた。


「レムさん」

「透璃、携帯忘れてたろ」

「えぇ……届けてくれたんですか」

「俺と連絡取れなくなるだろ! ヤンデレたるもの、常に連絡を……やべ、もう戻らなきゃ」


 言い掛け、レムが慌てて透璃の手に携帯電話を押しつける。

 そうして「またあとでー」と暢気に去っていくのだ。次いでどこかから轟音が聞こえ、上空を戦闘機が走り抜けていく。

 なんとも慌ただしいことで、まるで一瞬にして吹き抜ける風のように現れて去っていったレムに、透璃は言葉を返す間もなくその背を見送り、騒がしくなる前にと飲みかけのカップを片手に店を後にした。



 依存しているつもりはないが、それでも携帯電話が手元に戻ると不思議と安堵感がわく。

 といっても手放していた時間は半日もなく、その間に受信していたのはショップの宣伝メール1通のみ。着信履歴はレムで埋め尽くされているが、それは今に始まったことではないし、そもそも彼が持ってきてくれたのだから折り返す必要もないだろう。

 そんなことを考えながら立ち寄った店内をふらつき、ふと透璃が首を傾げた。


 そういえば、なんでレムさんは私があの喫茶店にいるって分かったんだろう。


 携帯電話にGPSを仕込まれているのは知っている。

 それがヤンデレなのだと以前に説明されたし、それがヤンデレというものならば仕方ないと透璃も納得した。

 だが今日はその携帯電話を家に置いてきてしまったのだ。なおかつ、普段の透璃の行動範囲から大きく外れた場所で、おまけに普段ならばけして足を踏み込まないような洒落た――といっても、透璃が洒落ていると感じているだけで極一般的な――喫茶店に居たのだ。

 だというのにレムは喫茶店を訪れ、なおかつ彼の言動に探しまわったような色もなかった。


 そういえば、以前に携帯電話を壊した時も、彼はどこの携帯ショップに居るか探るって言ってたな……。


 そんなことを考えつつ、透璃がもしやと眉間に皺を寄せた。

 ちょうど店を出ようとし、扉の左右に構えたブザーを盛大に鳴らしたのはその時である。




「レムさん、私にGPS仕込んでますね」


 とは、家に帰った透璃が真っ先に口にした言葉である。

 その言葉に、当然のように「おかえり」と出迎えたレムがキョトンと目を丸くさせた。元より整った顔はその変化でさらに魅力を増し、ここがあの喫茶店であったなら硬直どころではなく気絶する者すら出ただろう。

 だが透璃はそんなレムの見目の良さに見惚れることなく、むしろ問いつめるように彼を見据えた。


「……け、携帯に」

「携帯じゃなくて、私に。私の体にGPS仕込んでますよね。困るんです、すぐに取ってください」

「そんな、透璃……」


 信じられない、と言いたげにレムが数歩後退る。手にしていたオタマがスルリと彼の指から抜け落ち、甲高い音を立てて床に落ちるとともに着いていたシチューを数滴飛び散らせた。

 ヴーと唸るのは透璃の鞄、その中にある携帯電話。訴えるようにしきりに震えているが、今の透璃にはそれに応える余裕も、それどころか誰からの着信か確認する余裕もない。

 ベランダに誰かが降り立つ気配がする。外から聞こえてくる轟音は上空で戦闘機がホバリングしているからだろうか。テレビが勝手について何やらノイズと文字を映し出すが、今はとにかくGPSである。この体に仕込まれたGPS……これを直ぐにでも取り出して貰わなくては。


「でも、透璃はよく携帯忘れるし……ヤンデレっていうのは相手の居場所を把握するものだし……」

「ヤンデレなんて関係ありません、早く取り除いてください」

「透璃、そんな……なんで」


「なんでって、これのせいで、万引き防止のゲートに引っかかるんですから!」


 ……シン、と一瞬静まる。


 次いで透璃の鞄の中で鳴り響いていた携帯電話がピタリと止まり、ノイズ混じりの英文を映し出していたテレビがブツと音をたてて消える。ベランダの人の気配もいつの間にかなくなり、戦闘機らしき轟音が小さくなっていく。

 そうして普段通りの部屋に戻ると、透璃が不満そうに自分の体を見下ろした。


 この体のどこかにGPSが仕込まれている。

 そのおかげでどの店に入っても防犯ゲートが反応し、そのたびに店員に声をかけられているのだ。誤動作だとそのまま通される時もあれば、時には確認のためにと店の奥に連れて行かれる時もある。都度大人しく着いていって店のバックヤードで身の潔白を証明するのだが、それだって何度も繰り返せば怪しまれる。


「よくいくスーパーなんて、私が入店すると万引きGメンが徹底マークしてくるんですからね」

「ごめん……」

「店を出るときに向けられる、あの「次こそは現行犯で捕まえてやるわ」って視線……もう二度とあの店に行けませんよ。まぁ行きますけど、近いし、私無実だし」

「ごめん透璃、直ぐに取り出す。それで防犯ゲートが反応しない性能のいいやつをもっと体の奥深くに埋め込む」


 それで良いか? と首を傾げてレムが尋ねる。見目の良い彼の少し甘えたようなその仕草、老若男女問わず心を奪われどんなどんな頼みであっても二つ返事で頷いてしまうだろう。

 だが唯一の例外である透璃はと言えば、首を傾げて尋ねてくるレムに心を奪われることも後先考えずに二つ返事することもなく、至極冷静に彼の話を聞き


「それなら良いですよ」


 とあっさりと返した。


「そっか! それならもっと奥深くに仕込む! 首筋の皮膚裏に仕込んでたけど、次は体内の臓器近くにする!」

「防犯ゲートが鳴らなければどこでも良いです。あ、そう言えばさっき携帯が……」


 鞄の中から携帯電話を取り出し、画面に触れて着信を確認する。

 見ればディーからの着信を知らせる文字、それを見た透璃が「折り返した方がいいかな」と呟いた。

 すると、まるでそれに返事をするかのようにテレビがバツンと音をたてて点き


『要りない』


 と、おかしな日本語が表示された。


 透璃とレムがそれを眺め、顔を見合わせる。

 要らない、ということだろう。たぶん「要らない」と「要りません」が混ざったのだと思われる。


「ディーさん、日本語は喋れるのに書くのはダメなんですか」

「勉強中だと。このまえ透璃のパソコンジャックして英文で話しかけたら、透璃パソコンのエラーだと勘違いしてメーカーに問い合わせしただろ。それで日本語でメッセージを送れるように勉強してるらしい」

「それは申し訳ない」


 英語は分からないんですよ、と申し訳なさそうに透璃が呟けば、ヴンと音をたててテレビの画面が変わる。


『気にしない』


 これは多分「気にしなくて良い」という意味なのだろう。

 それを見て透璃がコンセントへと近づき


「もうそろそろ見たい番組が始まるので、テレビを戻してください」


 と告げた。

 バツンと音をたててテレビの画面から片言の日本語が消え、ついで透璃が好きな番組の局へとチャンネルが移り変わった。



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