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「ヤンデレたるもの!」
と威勢の良い声をあげるのはレム。
今日も今日とて、相変わらず文句の着けようのない完璧な見た目である。
俳優もモデルも裸足で逃げ出す整った顔つきに、一度目が合えば誰もが魅了される深い紫色の瞳。
短く切られた銀色の髪が爽やかさと男らしさを感じさせ、彼が動くたびに日の光を受けてその美しさに眩しさすら感じてしまう。
無駄なく鍛えられた肉体はまるで彫刻のようで、そのバランスの良さと言ったら、女ならば誰もが恋焦がれ男ならば誰もが羨むだろう。
所謂イケメンというやつだ。いや、イケメンという在り来りな単語では彼を説明しつくせない。
100人と擦れ違えば100人が振り返り、そして100人が彼の後を着いて行ってしまう……それほどまでに完璧な外見をしている。
対して、そんなレムの発言をゲーム片手に聞いていたのは透璃。
なんとも日本人らしい黒髪黒目、これといった特徴のない外見はまさに可もなく不可もなく。身体つきも同様。
所謂、極平凡な女性である。劣っているわけでもなく、かといって特別優れているわけでもない。これ以上ないほど平凡で、どこにでも溢れているレベル。
100人擦れ違えば1人くらいは振り返るかなぁ……と、それぐらいである。
そんな雲泥の差を隠しもしない二人は、ノンビリとソファーに座って各々の時間を過ごしていた。
そうして、冒頭のレムの台詞である。
「レムさん、ヤンデレがどうしました?」
「ヤンデレたるもの、恋人に電話帳を削除させるべし!」
「……はぁ」
まったくいったい、この人は何を話しているんだろう……と言いたげに透璃が溜息をつく。
が、そんなことは今更なので指摘せず、とりあえず言われるがままに側に置いておいた携帯電話を手に取った。
どうやら、この携帯電話に入っている電話帳のデータを消させたいらしい。
「ところでレムさん、私は別に貴方の恋人ではないんですけどね」
「よし、電話帳消そうか。透璃の携帯に俺以外のデータはいらない!」
「はぁ、まぁそこまで言うなら」
ヤンデレというものが今一つ分からない透璃だが、彼が言うのならばそういうものなのだろうと納得することにした。
消せと言われたならば消しましょう……と携帯電話を操作し電話帳のアプリを開く。
だが不必要なデータは常に削除するよう心掛けているし、なにより数年前に殆どのデータを削除している。入っている件数は雀の涙だ。
「これを消しますか」
「それを消すんだ」
「うーん、なら……」
どれを消そうか、と透璃が電話帳に登録された名前を順におっていく。流石に全てを消すわけにはいかないのだ。
仕事関係は消せないし、万が一のことを考え病院も残しておくべきだろう。
ならばピザか蕎麦の出前……と顔を上げたところ、フルフルとレムが首を横に振っているのが目に入った。どうやら、そういったデータはノーカウントらしい。
「透璃と親密な関係にある人じゃないと意味が無いだろ」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんなんだ」
胸を張って言い切るレムに、そういうものなのかぁ……と透璃が小さく呟いた。
どうやらそういうものらしく、なるほどそれでは出前の番号は駄目だなと更に電話帳をスクロールしていく。
そうして一件のデータを見つけ、画面を滑らす指を止めた。これは……。
「このデータなら良いかもしれません」
「なんかあったのか?」
「私と昔から繋がりがあり、かなり親密な関係にある人物のデータです」
「おぉ、そういうの! そういうのを、俺の目の前で今すぐに消して!!」
「分かりました、それじゃぁ消しましょう」
「でも、それって誰だ? 俺の知ってる奴?」
「実家です」
「待って、重い」
ちょっと待って、とレムがストップをかける。
確かに電話帳を消せと言ったが、流石に初っ端から実家のデータは重すぎるのだ。
だが透璃はその制止を聞いた上でも携帯電話を操作する手を止めず、サクサクと慣れた手つきでデータを削除してしまった。
そうして、あっという間に画面には『一件のデータを削除しました』という表示。
「レムさん、これで満足しました?」
「満足どころか罪悪感すら感じてる」
溜息をつくレムに、透璃が不思議そうに首を傾げた。
それでもしばらくすれば再びゲームに戻ってしまうので、レムが仕方ないと言いたげに放り投げられた携帯電話を手に取る。
「復元しようか?」
「どうしてですか」
「だって、実家に連絡できなくなるだろ」
「実家になんて連絡しませんよ」
「実家から連絡が来たらどうするんだ?」
「それなら大丈夫です」
ゲームを一時中断させ、透璃が画面から顔をあげた。
「実家は着信拒否してるんで」
そうはっきりと言い切る透璃に、レムがどこからともなく白旗を取り出すとハタハタとはためかせた。