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第9話 そして命運は動き出す(前編)



 聖都マルムの中心にある宮廷では、ドゥーベの急な命に多くの兵士たちが慌ただしく動き回っていた。それもそのはずで、ドゥーベと行動をともにする百人の兵がサーラバリア地方へ出立する話を聞かされたのは一昨日だ。急な出立に愚痴をこぼす者もいたが、四聖の命となれば従うほかない。

 宮廷正門前に集合した百名の兵士の前に、馬に騎乗したドゥーベの姿があった。整列した兵士たちの姿を確認すると、ドゥーベは隣に立つ女性に声を掛けた。

「それでは留守を頼んだぞ、カトレア」

「はい」

 カトレアは短く答えると、ドゥーベに軽く一礼した。頭を上げるとともに、正門の脇に立つ兵士に開門を伝える。カトレアの言葉に兵士が頷くと、重々しい音を立てて大きな門がゆっくりと開かれた。

 正門が開ききるとドゥーベは馬を進ませ、門をくぐる。それに合わせて、百名のデボン兵がその後に続いた。

 ドゥーベ率いる百名の小隊は、聖都の入口まで続く大通りを直進していく。カトレアは宮廷の門から、その様子をずっと眺め続けた。小隊の姿が見えなくなるのを確認すると、カトレアは改めて門の両脇に立つ二人の兵士を見た。その表情は、無表情のカトレアではなく、エクリプスのカリスのものに変わっていた。

「それでは手筈通りに」

「はっ」

 二人の兵は短く答えると、開いたときと同じように解放された正門をゆっくりと閉じた。

「ひとまずは聖都を離れたみたいだけど……」

 ドゥーベの急な出立の理由は、側近であるカトレアにも聞かされていない。ドゥーベの思惑に一抹の不安はあったが、それを追い出すように首を振った。

「今はこちらの予定通り、事を進めるだけだわ」

 カトレアは決意を新たにすると、真っ直ぐに宮廷の中へと足を進めた。



「ドゥーベが行ったか……」

 宮廷の物陰からドゥーベの出立を見ていたゼフィランサスは独りごちた。

 その手には、皇王と皇妃の食事が載せられたトレイがある。ゼフィランサスは、手元にある食事に視線を落とした。先日のソニアの言葉を思い出したが、それでもゼフィランサスの意思に変わりはなかった。そのことを確認し、皇王のもとへ向かおうとしたところで、一人の男が声を掛けてきた。

「ゼフィ、こんなところで何をしているんだ?」

「ハイドか」

 陽気な表情を浮かべるハイドは、ゼフィランサスのもとへ歩み寄った。

 ゼフィランサスの持つトレイを覗き込み、

「食事? お前のか?」

「いや、俺ではない。皇王様と皇妃様のものだ」

 ゼフィランサスは首を振って答えた。

「皇王様の? いつもソニアが持って行ってたんじゃなかったか?」

「あぁ。だが、先日から体調を崩してな。こうして俺が、代わりに持って行くところだ」

「そう言えばここ数日、見かけなかったなぁ。ソニアは大丈夫なのか?」

「少し疲れが溜まっていたんだろう。しばらく休んでいれば問題ない」

 よくもまぁ淀みなく嘘が出るものだ、と、ゼフィランサスは胸の内でこぼした。たとえ親友であるハイドでも、ゼフィランサスは自身の内に秘める思いを知られるわけにはいかなかった。

「それじゃ俺は、皇王様の部屋へ行ってくる」

「あぁ、分かった」

 そう言うとハイドは軽く手を振りながら、ゼフィランサスに背を向けて歩き出した。

「悪いな……」

 誰に言うでもなくゼフィランサスは小さく呟いた。ハイドに真実を隠していることに対してなのか、この国に対してなのか、ゼフィランサスには分からなかった。はっきりと言えるのは、それが皇王であるクフェア三世に対してではない、ということだけだった。



 ドゥーベが率いる小隊は、聖都を出ると進路を西へ変えた。その様子を遥か遠くの岩陰から隠れて眺めていた一人の男は、身を翻して仲間たちのもとへ馬を走らせた。

 十分ほど馬を走らせると、男の帰りを待つ黒い生地に鮮やかな黄色があしらわれたコートを着た仲間たちの姿が見えてきた。

 馬が立ち止まるのももどかしいといった様子で、男は馬から飛び降りる。

「どうやらカリスの言っていた通りのようだ」

「そうか」

 男の報告を聞いたレギアは、閉じていた双眸(そうぼう)を静かに開いた。腰を掛けていた岩から立ち上がると、後ろに控える同じコートを着た一団に向きを変える。

「我々は、無能な王を討つ好機を得た。今度こそ、我々の悲願を手中にするのだっ!」

 レギアの(げき)に、エクリプスの一団は力強く声を上げて応えた。自分自身を鼓舞するため、目的を果たすための団結を表すために。

 二十名のエクリプスは、それぞれの馬に跨がるとレギアの合図を待った。一同の準備が整ったことを確認すると、レギアは力強く頷いて見せた。

「いくぞっ!」

 レギアの号令とともに、一団は一斉に馬を走らせた。

 二十組による人馬の行進は、大地を轟かせながら聖都へ向かった。わずか二十人の一団だが、百名の兵にも劣らない気迫があった。

「ドゥーベ……お前がどのような策を講じようとも、我々は今度こそ皇王を討つ」

 大地を駆ける馬の上で揺られながら、レギアは自身に言い聞かせるようにその決意をこぼした。その決意に応えるかのように、レギアの胸元にある半透明の晶石が陽の光を受けて輝いた。



 平静を装ったまま、ゼフィランサスは皇王の私室の前に立っていた。

 ひとつ息を吐くと、目の前の扉を軽く叩く。だが、部屋の中からその返答が帰ってくることはなかった。ゼフィランサスは僅かに逡巡した後、その扉を開いた。

 皇王の部屋に足を踏み入れると、大きなベッドの中で横になる皇王と皇妃の姿があった。庭園に面した場所にある皇王の私室には、大きな窓からは陽光が差し込んでいる。

 二人の食事を載せたトレイをテーブルに置くと、ゼフィランサスは皇王が眠るベッドの脇に立った。そのまま無言で皇王の寝顔を見下ろす。

 少しずつ毒に犯され、体調を崩しやすくなったクフェア三世の寝顔は、だらしなく口を開けていた。事情を知らない者が見たら、惰眠をむさぼっているとしか思えないだろう。

 ゼフィランサスは、白い鎧の下にある首飾りを取り出した。その先端には、幼い頃に拾った鈍色に輝く石があった。目を閉じて鈍色の石を握りしめ、幼き日に決意したゴトランドの復興の誓いを思い起こす。

 閉じていた目を静かに開くと、握りしめていた手を開いた。解放された鈍色の石はゼフィランサスの手からこぼれ落ちる。まるでゼフィランサスの今の心境を表しているかのように、鈍色の石が胸元で小さく揺れた。

 皇王の体調不良の原因を作ったゼフィランサスは、静かに腰に下げた剣の柄に手を掛けた。

「…………」

 四聖のドゥーベがいない今、皇王を殺める好機。食事に少量の毒をまぜるといった、まわりくどい手段よりも、今ここで斬って捨てる方が手早く確実だ。しかし、その手は柄を握ったまま動くことはなかった。

 首を振って当初の予定通り事を進めようと決め、ゼフィランサスは柄を握る手を放した。そして、食事の用意ができたことを告げようと、皇王の肩に触れようとした瞬間。

 突如、皇王の首が何かによって斬り裂かれた。

 皇王は激しく痙攣するかのように身体を震わせ、苦しそうに、ひゅー、ひゅー、と喉を鳴らした。だが、それも長くは続かず、やがて痙攣が治まるとクフェア三世は二度と動くことはなかった。

「なっ……!?」

 ゼフィランサスは、自身の目を疑うような光景に絶句した。クフェア三世の斬り裂かれた喉から吹き出した鮮血は、ゼフィランサスの白い鎧を赤く染め上げた。

 仇敵の皇王が、突然、何かに喉を斬り裂かれ絶命した。皇王の死はゼフィランサスにとって喜ばしいことのはず、だった。だが、このような奇怪な死を遂げるとは微塵も想像していなかった。ゼフィランサスの頭の中で、混乱と動揺が激しい渦を巻き始める。

 何かを感じ取ったのか、それまで皇王の隣で眠っていた皇妃が目を覚ました。

「ん……一体なにご……と……っ!!」

 目を擦りながら上体を起こした皇妃は、隣で寝ていたはずの皇王が喉から大量の血を流して死んでいる姿を見た。

「きゃああああああっ!!」

 布団の裾で顔を覆うようにして、皇妃は甲高い悲鳴をあげた。

 その声がした直後、今度は部屋の扉が音を立てて勢いよく開かれた。

 扉の開く音にゼフィランサスが振り返ると、そこにはサーラバリア地方へ出立したはずのドゥーベの姿があった。



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