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第3話 義賊エクリプス



 雲一つない晴れ渡った青空から、四月の暖かい陽光が降り注ぐ。

 聖都マルムから南東へおよそ五キロメートルほど離れた場所にあるルドフォード平原には、二つの小隊の影があった。

 一つはデボン皇国の旗を掲げた、ハイドが指揮する二十名からなる騎士団。もう一つは、黒い生地に鮮やかな黄色があしらわれたコートを着た、二十名からなる一団。

 両隊は二十メートルほど距離をあけて、睨み合いをするかのように対峙していた。

 ハイドは数歩前へ進み出ると、目の前に立ち並ぶ一団に向けて声を張り上げた。

「お前たちか、噂に名高い義賊エクリプスとやらは」

 ハイドの問いかけに、二本の剣を腰に下げた青年が前へ進み出る。

「そうだ」

 義賊の頭領らしき若者は、鋭い眼光でハイドを見据えたまま短く答えた。

 おそらく歳は、二十歳のハイドよりも少し上といったところ。若さが見える顔立ちだが、その表情には歴戦の戦士を思わせるものがある。見た目に反したその低い声は、相手を威圧するような声色が含まれていた。

 相手にまったく臆することなく、ハイドは軽い口調でさらに問いかける。

「なんとなく目的は分かっているんだが……念のため聞いておこう。義賊のお前たちがここで何をしている。ここに、助けを請う者でもいたか?」

「皇王を討つ算段を企てていた」

 飾り気のない淡々とした若い頭領の言葉に、ハイドは思わず吹き出した。

「ははっ。これまた、ずいぶんとストレートな返答だな。だが、なぜ義賊が皇王を討とうとする?」

「知れたこと。先代皇王は無闇に戦火を広げ、現皇王は国のために自ら動こうとはしない無能者。我々は、そのような者たちをこの国の王と認めるわけにはいかない」

 エクリプス頭領の言葉は事実だった。デボン皇国は、先代皇王クフェア二世によって他国を侵略し、国土を広げることに成功した。しかし、血の気の多い皇王は軍事にばかり注力し、政治にはまったく無関心だった。そのような力任せの皇王に反感を持つ者が多くなり、やがて群れをなして野盗として小さな村を襲うようになった。

 現皇王のクフェア三世にいたっては、軍事にも政治にも関心がないことで有名で、そのすべてを臣下に丸投げしていた。臣下たちは国のために動いてはいるが、広い国土を持つデボンで起こるすべての惨事に対応できていないのが現状だ。

 そんな皇王に憤りを覚えた者、野盗によって家族や住む場所を奪われた者たちが集まり、国に代わって国民を助けているのが義賊エクリプスだった。

 若き頭領の言い分はもっともだ。ハイドは頭を掻きながら、苦笑するしかなかった。

「まぁ確かに……お前たちの言う通り、決して良い王とは言えないなぁ」

「ならば、そこをどいてもらおう。我々はこれから皇王を討ちに行く。四聖(しせい)のドゥーベが聖都を留守にしている今が好機なのだ」

 エクリプスの頭領がさらに一歩前へ進み出た。

 だが、それを制止するようにハイドは剣を抜いた。

「だからといって、お前たちに皇王を殺させるわけにはいかねぇんだよな。悪いが、これもオレの仕事だ」

「そうか……それなら、お前を斬って進むだけだ」

 エクリプスの頭領は静かに言い捨てると同時に、腰に下げた二本の剣のうち長剣を抜いた。

「オレはデボン皇国の騎士長ハイド。剣を交える前に、お前の名を聞いておこうか」

「エクリプスの頭領、レギアだ」

 互いに剣を抜いて名乗りを上げると、二人は僅かに間合いを詰めた。

 二人に触発されたかのように、後ろに控えている兵たちも剣の柄を握った。

 背後でそれを察したハイドは、

「ここはオレ一人でいい」

 ハイドは目の前のレギアを見据えたまま、引き連れた兵たちに告げた。

「一騎打ちか、いいだろう」

 ハイドの言葉に、レギアもまた、後ろに控える仲間たちに手出しをしないよう、手を上げた。両手で柄を握り、その長剣の切っ先をハイドへと向ける。

「なんだ、もう一本の剣は抜かないのか?」

「相手はお前一人だろう。ならこの長剣で十分だ」

「大した自信だ。それとも……なめてるのかっ!」

 声を上げると同時に、ハイドは一気にその間合いを詰めた。

 自身の間合いまで踏み込むと、すばやく剣を横になぎ払う。絶妙な間合いから振られた剣は、その剣先にレギアの胸元を捉えている。

 レギアは上体を反らして、紙一重でハイドの斬撃をかわす。その状態から身体を捻り、そのままハイドの足下を狙って長剣を振った。だが、その反撃は空を斬った。

 ハイドは地面を蹴って飛び上がり、レギアの剣を回避した。

 宙に浮いたまま、今度はレギアの頭をめがけてハイドが剣を振り下ろす。

 レギアもまた地を蹴って横へ飛んだ。そのまま一回転転がり、流れるような動作で立ち上がる。二人の間合いは、互いの剣が届かない距離になる。

「やるな、さすがは頭領ってところか」

 僅かに乱れた呼吸を整えながら、ハイドはレギアを賞賛した。対してレギアは、まったく息が乱れておらず、その表情には恐ろしいほどの冷静さが保たれている。

「お前もな、と言いたいところだが……四聖でもないお前では俺には勝てぬ」

「ほざけっ!」

 レギアの言葉に神経を逆撫でされたハイドは、再びレギアに剣を振った。

 二合、三合と互いの剣がぶつかり合い、そのたびに甲高い金属音と小さな火花が発した。

 僅か二十歳という若さで騎士長を務めるハイドの剣の腕は、決して低くはない。だが、ハイドと剣を交えるレギアの実力は、確実にその上をいっていた。そのことを証明するかのように、様々な角度から打ち込むハイドの剣撃は、ことごとくレギアに受け流さる。そのたびにハイドは、体力を削られていった。

 ハイドの顔には汗が流れているのに対し、レギアは戦う以前と変わりがない。

 互角のように思われた剣撃は、目に見える形で変化した。

 それまで攻め続けていたハイドだったが、今ではその剣はレギアに届かず、レギアの持つ長剣の間合いになっていた。指導権はレギアが握り、ハイドはレギアの間合いで防戦一方に追い込まれた。

 これまで防いできた攻撃も、少しずつレギアの剣先はハイドの鎧や皮膚に傷をつけるようになった。

「よく耐えているな。だが、これで分かっただろう。お前では俺には勝てない」

「くっ……!」

 剣だけでなく、口でも反撃ができないほどハイドは追い詰められていた。何十合目かになる打ち込みで、ハイドの剣はレギアの長剣に絡み取られ、持ち主の手を離れて宙を舞った。

 ハイドは体勢を崩し、尻餅をつくような形で地面に手をついた。

「これで終わりだ」

 何の感情も込められていない冷淡な言葉が、レギアの口から発せらた。同時に長剣が、地面に座り込むハイドに向けて振り下ろされる。その直後。

 振り下ろしたレギアの一撃は、何かに弾かれるようにその軌道をずらされ、ハイドのすぐ横を斬りつけた。

 わずか数センチ横に振り下ろされた剣を見つめ、ハイドは何が起きたのか理解できなかった。レギアもまた同じように見えたが、視界の隅に人影を見つけると、ゆっくりと視線をそちらへと向けた。

 レギアが向けた視線の先には、二人から十メートルは離れている場所に、剣先をレギアに向けて構えているゼフィランサスの姿があった。

「ゼ、ゼフィ……」

 ゼフィランサスに気づいたハイドが、恩人の名を口にした。

「間に合ったようだな、ハイド」

 友人の無事を確認したゼフィランサスは、鋭い視線をレギアに向ける。

 二人の勝負に横やりを入れたゼフィランサスに、レギアは僅かに眉を寄せた。

「一対一の勝負だったのだが……邪魔が入ったか」

「それは悪いことをした。だが、目の前で友人を斬らせるわけにもいかないのでな」

 レギアはゼフィランサスの全身を眺め見た。だが、手に持たれた剣以外は、特に目に付くものはなかった。

 先程の一撃を防いだのがゼフィランサスだということは明らかだった。しかし、およそ十メートル離れた場所から、どのようにして剣の軌道を変えたのかは不明だった。

 剣の刀身から伝わった衝撃は、剣と剣がぶつかり合うそれだった。だが、あの距離を考えるとそれは不可能と言える。ゼフィランサスの手に握られているのは、何の変哲のない一振りの剣のみ。石を投げたわけでも、矢を放ったわけでもない。

 どのような方法で剣の軌道を変えたのか分からない以上、レギアは今ゼフィランサスと戦うのは得策ではないと考えた。

「ここは一旦引くぞ」

 レギアは剣を収めると、仲間たちに言った。

「覚えておくことだ。我々は皇王討伐を決して諦めたりはしない。機会があれば、いつでも聖都マルムへ攻め込む」

 ハイドに義賊エクリプスの意志を言い残すと、仲間とともにルドフォード平原を後にした。

 エクリプスが去ったのを確認すると、ゼフィランサスは友人のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か、ハイド」

「あぁ、すまない」

 ハイドは差し出されたゼフィランサスの手を掴み、地に着いた腰を上げる。

 弾かれた剣を拾いながら、ハイドが訊ねた。

「それにしても、ここがよく分かったな」

「お前の兵が、俺のところに来たんでな」

「そうか」

 納得したように言うと、ハイドは拾い上げた剣を鞘へ収めた。

「しかし、エクリプスの頭領は手強いな。ドゥーベ様と互角か、それ以上か……」

「エクリプス、か……」

 ゼフィランサスは、エクリプスたちが立ち去った方角へ目を向けた。彼らの姿はすでに小さくなっており、どうやら言葉通り引き上げているらしかった。

「まったく……義賊を名乗るなら、オレたちを協力して野党討伐をして欲しいんだがな。まぁ、皇王に対する気持ちは分からんでもないが」

 ハイドもレギアも、国のことを思う気持ちは同じだった。しかし、互いに選んだ道と目的は明確に違っていた。

「とりあず、聖都へ戻ろう」

 ゼフィランサスは身を翻して歩き始めた。

 ハイドの愚痴にも似たつぶやきは、ゼフィランサスの内に秘めた思いを僅かに締め付けた。



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