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第16話 新たな始まり



 フレアとアリスタータを飲み込んだ黒い火はさらに大きくなり、ついには皇王の間すべてを包み込んだ。黒い火は速度を上げて、さらにその範囲を広げ続ける。

 カリスとレギアはフレアの言葉通り、ソニアを連れてすでに宮廷を離れていた。

 黒い火に飲み込まれたフレアとアリスタータは、星のない夜よりも暗い空間に視界を奪われた。

 触れる物すべてを塵にする黒い火の中にあって二人が無事でいられるのは、その手に握られた晶石のおかげだった。その手が僅かでも離れることがあれば、アリスタータの身体はこの世から消滅してしまう。僅か数メートル先も満足に見ることができない中で、アリスタータの手を握るフレアの手に自然と力が入る。

「アリスタータ、大丈夫?」

「うん」

 すぐ隣にいるアリスタータの姿さえも、何とか見える程度だ。その表情は今のフレアには窺い知ることはできない。だが、不安や迷いが一切感じられないアリスタータの声で、何となくの想像はついた。

 おそらくアネモネがいるであろう方向を見据えて、二人はゆっくりと歩き出す。

 不意に二人が握る手の中から、乾いた音が聞こえた。フレアにはその音の正体が分かり、眉根を寄せた。目で確認しなくても、晶石にひびが入ったことを悟った。

 奇石(きせき)の力を抑制するとは言っても限界がある。長時間、奇石の力に晒し続ければ、晶石はその負荷に耐えきれず砕け散ってしまう。晶石が砕け散ると言うことは、今の二人には死を意味していた。

 焦る気持ちを抑えて、フレアは慌てずその歩調を変えずに進む。十メートル以上はあるとは言え、視界の悪い中を歩く二人にとっては途方もなく遠い距離に感じられた。

 再び、アリスタータを握る手から乾いた音が響く。

 詳しくは知らないアリスタータにも、掌から伝わる感触で晶石に異変が起きていることは分かった。

 晶石が少し欠けたかも知れない。それでも、今更引き返すことはできない。ましてや、諦めることも許されない。晶石の持つ力を信じて、二人は真っ直ぐ歩き続けた。

 どれほどの時間が過ぎただろうか。暗闇の中に居続けたためか、ほんの僅かだが二人の視界が広がったように感じられた。そして、その暗闇の中に小さな人影がうっすらと見え始めた。

「アネモネ!」

 微かに見える人影に、アリスタータは褐色の少女の名を叫んだ。

 アネモネは変わらず両膝をついたまま天を仰ぐようにむせび泣いていた。声は出なくても流れ続ける涙が、フレアとアリスタータの胸を締め付ける。

 ようやくアネモネのもとへ辿り着いた二人は、繋いだ手をそのままに、アネモネを挟むように位置した。その場でしゃがみ込むと、アネモネを包み込むようにその小さな身体を抱きしめた。アネモネは驚いたように身体を震わせると、アリスタータとフレアが隣にいることに気づいた。

 フレアは優しくアネモネの頭を撫でながら、

「アネモネ、泣かないで」

 アリスタータはアネモネの手を握り、意外な言葉を口にした。

「アネモネ、ごめんなさい」

 なぜアリスタータが謝るのか分からずに、アネモネはゆっくりとアリスタータに顔を向けた。嗚咽は治まったものの、アネモネの頬には涙が流れ続けている。

「私……お父様とお母様が、みんなからよく思われていないことは、なんとなく知ってたの。王としての仕事を、していないんだって……」

 大人たちに囲まれて育ったアリスタータは、そのような話を耳にしたことがあった。だが十歳のアリスタータには、その話の内容をすべて理解することは難しかった。

「私も……皇女なのに、国のことは全然勉強しなくて、いつもソニアに怒られて……」

 アリスタータは、言いたいことを上手く伝えられないことにもどかしさを感じながら、精一杯アネモネに語り続ける。

「今日のことは、お父様とお母様がちゃんとしていれば、こんな事にはならなかったと思うの。ゼフィランサスが死ななくて済んだんじゃないかって……」

 アリスタータは、両親の代わりにアネモネに謝りたかった。それ以上に、友だちとして。今、アリスタータの心の中は、確実に変わろうとしていた。退屈でつまらない勉強から逃げていたアリスタータは、真剣にデボンという国と、そこで暮らす人々に対して向き合おうとしている。

「私、頑張るから。もう、こんな事が起きないように、皇女として頑張るから。みんなが笑っていられるように……アネモネがもう泣かなくていいように……」

 いつの間にか、アネモネの頬を濡らす涙が止まっていた。アネモネは握られた手を握り返す。

「だから……アネモネ、ごめんね」

 アネモネに変わって、アリスタータがその頬を濡らした。アリスタータの頬を伝って落ちた粒は、二人の握る手へと落ちる。

 アネモネはアリスタータに抱きつくと、再び声にならない声で泣いた。だがそれは、それまでのただ深く、暗い哀しみだけの慟哭とは違っていた。

 それまで静かに二人を見つめていたフレアは、アネモネの首にかけられていた漆黒色の石の首飾りを外した。

 その瞬間、辺りを包んでいた黒い火は突如として消えた。黒い火によって宮廷は見る影もなかった。美しく磨き上げられた大理石の宮廷も、季節に合わせて様々な彩りを見せた庭園も、今はどこにもない。ただの空き地と化していた。遮る物が何もないその場所から、遠くに聖都マルムの街並みが見える。

 どうやら街は無事らしいことが分かると、フレアは安堵の溜息をついた。

 フレアが静かにアリスタータの手を放すと、掌には砕けた晶石があった。

 同時にフレアの白い髪は、元の美しい艶やかな黒髪に戻った。いびつな形に砕けた晶石は、上空から降り注ぐ陽光を浴びて、小さな光を反射している。

「ありがとう、母さん……」

 誰にも聞こえないような小さな声で、フレアは呟いた。

 黒い火が消え去っても、二人の少女は抱き合ったまま泣き続けた。これまでの後悔や哀しみをすべて流し尽くすように、泣き続けた。



――一ヵ月後。


 かつて聖都マルムの中心でその栄華を誇っていた宮廷は、その幻影すらも見ることはできない。広い敷地には何もなく、黒い火で塵と消えたままだ。一連の騒ぎから聖都の生活は落ち着きを取り戻し、いつもの日常が見られる。

 聖都の片隅にある大きな医院の入口から、ソニアとアネモネが出てきた。背中に受けた傷はまだ完治していないものの、ソニアは外に出て歩けるようになるまでは回復していた。二人は互いに手を握って歩き始める。

 やがて街の外へ出ようというところで、背後から声が響いてきた。

「アネモネ!」

 二人が振り返ると、幼い皇女と、その後ろには複数の兵たちの姿があった。

 アリスタータは兵たちをその場に残して、二人の前まで歩み出る。

「アネモネ、ソニア……二人とも行っちゃうの?」

 アリスタータの顔には、寂しさと哀しさの表情が浮かんでいる。

 ソニアは小さく微笑むと両膝をついて、目線の高さをアリスタータに合わせた。

「申し訳ありません、アリスタータ様」

「どうしても? 住む場所なら私が何とかするから……だから……」

 アリスタータの今にも泣き出しそうな懇願にも、ソニアは静かに首を振って見せた。

「ここには楽しい思い出がありますが、それと同じくらい悲しい思い出もあります。今は、アネモネと二人で静かに暮らしたいのです」

「どこに、行くの?」

「とりあえず、ゴトランド地方へ行こうと思います。私とゼフィは、元々ゴトランド出身の者です。昔住んでいた場所はもうありませんが……それでも私たちは、そこで生きようと思います」

 ソニアは穏やかに語っていたが、ゼフィランサスの名を口にした途端、僅かに表情に陰りを見せた。アリスタータの申し出はありがたかったが、ソニアにはそれを受ける資格はない。そう考えていた。ゴトランド再建のためとは言え、目の前にいる少女の両親を、(あや)めようとしていたのは事実。その事実が、アリスタータの申し出を断らせた。

「また……会える?」

 アリスタータの胸中に抱える思いを汲み取り、ソニアは優しい笑顔で頷く。

「はい」

「いつか、私が会いに行ってもいい?」

「もちろん」

 ソニアの言葉に同意するように、アネモネもこくんと頷いて見せた。

 それでもアリスタータは、二人にはこの聖都にいて欲しい。今までと同じように、そばにいて欲しいという思いでいっぱいだった。だがこれ以上、二人を引き留めようとはしなかった。これからは皇女として、今まで逃げていたことと向き合わなければならない。自分の我が儘を言うわけにもいかない。

 アリスタータは瞳に溜まった涙を拭うと、アネモネに手を差し出した。

「私、立派な王になる。その時はまた……お話ししよう、アネモネ」

 アネモネは笑顔で頷くと、差し出されたアリスタータの手を握った。

 それからソニアとアネモネは、アリスタータに見送られながら聖都マルムをあとにした。アリスタータは二人の姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。いつの日か再会できる日を願って、力強く振り続けた。



「次のデボン皇王は、民にとって良い王になりそうね」

 遠くから少女たちの別れを見守っていたフレアの口元には、柔らかい微笑が浮かんでいる。アリスタータは、目の前で両親の死を突きつけられながらも、友だちのために涙し、自身の進む道を決めた。その表情は、フレアの胸の奥深い部分に焼きつかせた。

「さて、私たちも行きましょうか」

 隣に立つセージに言うと、手に持った漆黒色の石をしまい込み、聖都マルムに背を向けて静かに歩き始めた。

「そうだな」

 数歩遅れて、セージはフレアの後に続いた。

「アリスタータと同じように、私たちには私たちのやるべき事がある。はやくあの子を見つけないと……。ねぇ、何か()える?」

 フレアの問いかけに、セージは静かに首を横に振って見せた。

「いや、近くにはないな」

「そう……また、あてのない長い旅になりそうね」

 セージの返答に落胆するわけでもなく、フレアは目を閉じて大きく息を吸った。これまで、長い時間をかけて様々な場所に足を運んできた。それがもうしばらく続くだけ。自分たちには、途方もなく長い時間がある。そのことを考えれば、過ぎてみれば短い時間かもしれない。そう言い聞かせると、吸い込んだ息を吐き出した。

「行きましょう。聞き分けのない、できの悪い弟を捜しに」



この第16話をもって、『黒の慟哭』は完結となります。

デボン皇国は、皇王と皇妃、四聖の一人、宮廷と、大きなものを失いました。

何もかもが元通りというわけにはいきませんが、

アリスタータ皇女ならきっとデボンを立て直してくれることでしょう。

約150年後の『白の意思』でもデボン皇国が存在しているが、その証拠と言えますね。


『白の意思』と同様、すべての謎が明らかにならないまま終わりました。

フレアやセージは何者なのか? 二人が探している弟とは?

ドゥーベの奇石を持ち去った灰色の髪の少年は?

黒い火を放つ漆黒色の石がフリージアの奇石ではなかったことは、

書いている私も驚きました(笑)

気がついたらそうなっていたというか……。


ファネロ大陸で起こるお話しは、まだもうしばらく続きます。

次回はいつ、どこの、誰の、話になるかまだ決まっていません。

しばらくあいだが空くと思いますが、

忘れられないうちに続きを公開できればと考えております。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。


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