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第14話 奇石 vs 奇石



 ゼフィランサスによる皇王殺害の話で慌ただしくなっている頃。

 宮廷内のそれとは正反対に、色鮮やかに彩られている庭園には二人の男女の姿しかなかった。それも、仲睦まじく美しい草花を愛でるわけではなく、剣と剣による激しい攻防が繰り広げられていた。

 フレアの常人離れした速さに、ドゥーベも驚きの表情を見せている。しかし、そのことに慌てふためくことなく、冷静にフレアの剣撃を(さば)く。フレアはその速さを生かして、ドゥーベの四方八方から短剣で斬りかかるも、そのどれもがドゥーベの剣によって的確に防がれていた。

「その速さ、尋常ではないな。奇石(きせき)の力か?」

「そうよ」

「なるほど。だが、速さは一流でも、剣技が二流以下なのが惜しいな」

「悪かったわね!」

 フレアの剣技のほどは自身でも認めるとおり、決して優れているものではない。足の動きは速くても、剣を振る腕の動きまでも速いわけではない。名もなきデボン兵以上の腕は持っているが、ドゥーベほどの騎士と比べられるものではなかった。

 一瞬にして相手の目の前から姿を消し、気がついたときには背後に回り込む。一介の兵士であれば、初撃で後ろ首を斬られてもおかしくはない。だが、剣技で(まさ)るドゥーベは、後手を引かされても的確にフレアの短剣を(しの)ぐことができた。それは、四聖の名が伊達や飾りではないことを表していた。

「しかし……その速さが厄介なのは確かだな。少しはこちらから攻めるとしようか」

 そう言うと、ドゥーベは改めて剣先をフレアに向けて構え直した。

「いつでもどうぞ」

「フッ……その軽口、いつまでもつか見物だな」

 握る剣の柄に埋め込まれた深緑色の石が小さく輝くと、ドゥーベは右足を大きく前へ踏み出した。ドゥーベは確かに一歩進んだ。だがその距離は、不自然なほどそれ以上の踏み込みを見せ、ドゥーベの一歩は大地を滑るように二歩分の間合いを詰めた。

「えっ……!?」

 次に出された左足も、その一歩が二歩分の間合いを詰めてくる。さらにもう一歩。五メートルは離れていた二人の距離を、ドゥーベはたったの三歩でフレアの横に回り込んでいた。

 駆け抜け際にドゥーベは、無駄のない流れるような動作で剣を横になぎ払う。その剣先が、無防備のフレアの背中に迫る。ドゥーベの予測不能な動きに驚きつつも、フレアは間一髪でその速さによって回避した。

 ドゥーベの不可解な動きに警戒して、フレアは詰められた間合いを空ける。

「何をそんなに驚いている。俺はまだ、大したことはしていないぞ?」

 驚くフレアとは対照的に、ドゥーベの顔には不敵な笑みが浮かべられている。

 ドゥーベはフレアへ向き直すと、再びその間合いを詰めてきた。初めの一歩目は一歩分、次の二歩目は二歩分、三歩目は一歩分の距離を進む。先程とは違う不可解で不規則な動きで、ドゥーベは再びその間合いを詰めた。

 自身の剣の間合いまで迫ったドゥーベは、手にした剣でフレアに斬りかかる。不規則な動きに動揺したフレアは、その足が止まり、回避の機会を失った。辛うじてその斬撃を短剣で受け止め、フレアは改めて間合いを空けた。

「どうやら、あなたも奇石を持っているようね」

 フレアの言葉に答えるように、ドゥーベは口角を僅かに上げた。

「ずいぶんと厄介な動きだけど……私には速さがあるから、動き回ればその不規則な動きは無意味ね」

「だろうな」

「ずいぶんと素直なのね。それとも余裕かしら?」

「試してみたらどうだ?」

 ドゥーベは不意に、自身の背後に向けて剣を振って見せた。もちろんドゥーベの背後には何もなく、その一振りは空を斬っただけで終わった。

「それは何のつもり?」

「さぁな。それよりも、その自慢の速さで俺に斬り込んでみたらどうだ。俺の背後を取ることなど、造作もないだろう?」

「言われなくてもそのつもりよ!」

 次の瞬間、フレアはドゥーベの眼前から姿を消した。同時に、フレアが駆けたあとと思われる場所に風が生じた。

 風はドゥーベの周辺を囲むように巻き起こった。だが、それにも微動だにせず、ドゥーベは静かに待ち構える。

 静観するドゥーベの背後に、突如フレアの姿が現れた。その手に握られた短剣は、すでにドゥーベに向けて突き出されている。短剣の切っ先がドゥーベに触れようとしたその瞬間、フレアの短剣は見えない斬撃によって塞がれた。

「なっ!?」

 それは確かに、剣と剣がぶつかる金属音を発していた。見えない斬撃に弾かれ、自身の速度に比例するかのようにフレアは大きく身体を仰け反らせた。

 次の瞬間にはドゥーベがすでに振り返り、剣を横になぎ払わせていた。ドゥーベの剣がフレアの持つ短剣を的確に捉える。短剣に衝撃が走るも、フレアは何とかそれを堪える。しかし、その半瞬後にもう一度同じ衝撃が起こった。二回目の衝撃に耐えきれず、フレアの手から短剣がはじき飛ばされた。

「くっ……!」

 フレアは片膝と手を地につけて、何とか体勢を立て直した。一方ドゥーベはその剣先をフレアに向けて見下ろしている。

「妙なのは動きだけじゃなかった、というわけね」

「フッ……」

 剣の柄に埋め込まれた深緑色の奇石をフレアに見せつけるようにして、ドゥーベは自身の持つ奇石の力について語り始めた。

「この奇石は、俺のあらゆる行動を複製、再現させることができる。俺の動きも剣撃も、すべてだ」

 ドゥーベの短い説明に、フレアはようやく腑に落ちたという表情を浮かべた。

 一歩歩くという行動を複製し、それをすぐに再現させることで、その一歩が二歩分の距離を進ませる。先程の背後に向けて振られた剣も同様に、斬った、という行動を複製し、再現させたことで背後からのフレアの短剣を防いでいた。

 フレアは身体を起こすと、膝に付いた埃をはたいた。

「種明かしどうも。手の内を見せるなんて、ずいぶんと余裕なのね」

「明かしたところで、俺がどの行動を複製したのかをお前には知る術はないからな」

「ということは、すべての行動を複製することはできない、ってことかしら?」

「そうだ。複製できる行動は常に1つ。それを再現させない限りは、ほかの行動を複製することはできん」

 フレアはやや呆れた様子で首を振って見せた。

「短所まで教えてくれるなんて……よほど自信があるのね」

「二流以下の剣技の上、短剣もその手を離れたお前に何ができる」

「そうね、短剣もなくなったことだし……私も本気を出させてもらおうかしら」

「なに?」

 フレアは数回ほど屈伸をしたのちに、にやりと不敵な笑みをドゥーベに向けた。そして次の瞬間、フレアはドゥーベの前から姿を消した。

「フッ……また速さだけの動きか」

 フレアの姿を見失っても、ドゥーベの余裕と冷静さを崩すことはない。静かに剣を構え直すと、フレアの反撃に備える。が、その直後、ドゥーベの腹部にフレアの蹴りがめり込んだ。

「がはっ!?」

 細い脚に反して、その蹴りは(たくま)しい男の蹴り以上の重さと衝撃があった。鍛え抜かれたその身体の奥で、ドゥーベは内蔵が悲鳴を上げるのを聞いた。

 身体をくの字に曲げたまま、ドゥーベは後方へ押し出された。

 ドゥーベの呼吸は僅かに止まり、苦しげに息を取り戻した。蹴られた腹部を手で押さえたまま苦しげな顔を上げると、そこにはフレアの姿は見当たらない。すると、不意にドゥーベの頭上に影が落ちた。見上げると、すでにフレアの右かかとがドゥーベの顔面に迫っていた。

「くっ……!」

 ドゥーベは反射的に横へ飛び、奇石の力でさらにその距離を伸ばす。フレアが振り下ろしたかかとはそのまま地面を激しく打ちつける。地響きのような低い音と発すると同時に、庭園に大きなくぼみを作った。

「それが本来の戦い方か」

 ドゥーベは呼吸を整えると、一度膝を曲げた後、その反動を利用するように立ち上がる。

「速いだけじゃないって、分かってもらえたようね」

「まさか剣を持つ騎士に対して、格闘戦を仕掛ける者がいるとは思わなかったぞ。まずは、その悪い足癖をなんとかする必要がありそうだ」

「足癖が悪いとは、ずいぶんな言い方ね」

 その言葉とは裏腹に、フレアの表情には含みのある微笑が浮かんでいる。再び、ドゥーベの前から姿を消すと、その一瞬後にはすでにドゥーベの右隣に位置していた。

 身体を捻りながら、円を描くような右足による回し蹴りがドゥーベの横顔に迫る。しかし、突如ドゥーベの姿がフレアの視界から消えた。正確には、フレアの回し蹴りを避けるように、ドゥーベは膝を曲げていた。先程の複製した行動を再現させていた。

 ドゥーベはそのままの体勢から、剣を横になぎ払う。それはフレアの身体を支える左足を捉えた。不安定な体勢のため、左足を斬り落とすまではいかなくとも、深手を負わせるには十分の斬撃だった。

 だが、フレアの左足に触れた瞬間、堅い何かにぶつけたような感触が、剣を通して伝わってきた。ドゥーベの剣はフレアのサイハイブーツを斬り裂いたまでに留まり、その脚に傷を負わせることはできなかった。

「何だ、今の感触は……」

 ドゥーベは間合いを空けて、裂けたサイハイブーツに視線を向ける。そこに見えたのはフレアの白く美しい肌ではなく、淡緑色をした鉱石のような物が見えた。

「ちょっと、何てことしてくれるのよ」

 フレアは困り顔で、裂けたブーツを眺めた。

「まさか……」

 驚きのドゥーベの言葉を、フレアが継いだ。

「そうよ。これが私の持つ奇石」

 だが、明らかに持つという表現は誤りだった。ブーツの裂け目から見える奇石は、フレアの脚と一体化しているかのように埋め込まれている。

「奇石が埋め込まれているだと? そんな者がいるなど聞いたことな……」

 そう漏らした直後、ドゥーベは記憶の片隅にある何かを見つけ出した。

「……いや、いたな。聞いたことがある。約五十年前……フリージアの死後、その身体から取り出された奇石を実験的に埋め込まれた者たちがいたと。確かその者たちは……」

「はい、おしゃべりはそこまで」

 ドゥーベの言葉をフレアが遮った。その表情には、静かな怒りが表れている。

「フリージアのかけ……ぐぁっ!」

 言いかけたドゥーベは、フレアの蹴りによって再び遮られた。ドゥーベの身体は軽々と後方へ吹き飛ばされる。そのまま宮廷の壁へ激突する寸前、すでにフレアはドゥーベの背後に回り込んでいた。無防備のドゥーベの背中に、フレアの追撃が襲う。

 フレアの膝がドゥーベの背骨を軋ませる。膝蹴りを受けたドゥーベが宙に舞うと、さらにその上空にはすでにフレアが回り込んでいる。

 宙で身体を丸めて回転すると、その遠心力を利用してフレアの左足が振り下ろされる。宙を舞っていたドゥーベの身体は、今度は地面へと叩きつけられた。

「がっ……は……!」

 すさまじい音を立てて、ドゥーベの身体の半分は地面にめり込んだ。

 フレアは華麗に着地すると、倒れたドゥーベを見下ろす。

「世の中には、知らない方がいいこともあるのよ」

 静かに言い放つフレアの表情には、寂しさと哀しさが織り混ざった複雑さがあった。その言葉にドゥーベは反応することもできずに、倒れた気を失っている。

 フレアの激しい蹴りにも、ドゥーベの手には深緑色の石が柄に埋め込まれた剣が握られている。

「悪いけど、奇石は引き取らせてもらうわ」

 フレアがドゥーベの剣に触れようとした瞬間、宮廷内で爆発に似た音が響いてきた。音に驚いたフレアが振り向くと、宮廷の置くから黒色の火柱が見えた。

「な……なに、あれ」

 宮廷の壁越しから微かに見える異質の炎に、フレアは心臓は大きく脈を打った。そして不意に、セージが言った言葉を思い出した。二つ()える。確かにセージはそういった。そのうちの一つはドゥーベが持っている。そうなると、残り一つの奇石ね。そう胸の内でこぼすと、ドゥーベの奇石に伸ばしかけた手を引き、黒い火を目指して駆け出した。

 もう一つの奇石を目指して走っているあいだ、()われのない不安がフレアを襲い続けた。微かに見えた黒い火は、これまでフレアが見てきた奇石とは明らかに異なる力を放っている。その力を使っているのが、あの褐色の少女だとしたら。

 フレアの全身を脈打つような動悸は、黒い火に近づくにつれて大きくなっていった。



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