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第13話 声なき慟哭



 ゼフィランサスとハイドの距離は、およそ七歩ほど離れている。だが、その距離を詰めることなくゼフィランサスが突き出した剣は、ハイドの眼前に迫った。

 例え折れていなくても、ゼフィランサスの剣が届く距離ではない。しかしそれは、確かにハイドの顔を狙い澄ましたかのように伸びた。

「なっ……!?」

 ハイドは首を(かし)げるようにして、辛うじてその突きをかわした。ゼフィランサスの刀身は微かにハイドの頬をかすめ、そこに薄い傷を刻んだ。

 我が目を疑うハイドに、ゼフィランサスはすでにその間合いを詰めていた。ゼフィランサスは身体を捻り、手にした剣を横に払う。伸びていたゼフィランサスの剣は、いつの間にかナイフのようにその刀身を縮めている。

 とっさに身を屈めて斬撃をかわすと、ハイドは後ろへ飛び退いて再び間合いを空けた。

「な、何だ……その剣は」

 まるで意思を持っているかのように、間合いに合わせて伸縮するゼフィランサスの剣にハイドは驚愕した。ハイドだけでなく、それは周りにいる兵士たちも同じだった。

 しかし、ハイドの言葉が聞こえていないかのように、ゼフィランサスの口からは荒々しい息だけを吐き出している。

 ゼフィランサスは両手で剣の柄を握ると、今度はその柄が伸び、槍を思わせる形状に変化する。二人の距離は伸びた柄によって埋められ、再び折れた刀身がハイドを襲う。激しい突きの応酬を、ハイドは辛うじて剣で(さば)く。正確には、捌くのが精一杯だった。

 剣には剣の、槍には槍の、それぞれ生かされる間合いと戦い方がある。だが、ゼフィランサスの剣はその常識を覆している。自在に伸縮するゼフィランサスの剣に翻弄され、ハイドは防戦一方となった。

 ゼフィランサスが振るう折れた刀身は、ハイドの鎧や身体に確実に傷を増やしていった。浅いながらも複数の傷口から発する熱が、しだいにハイドの全身を焼くような熱に変わっていく。加えて、何十合と打ち合ってきたこともあって、ハイドの体力は限界を迎えようとしていた。

 ゼフィランサスが不意に剣を持ち替えて、柄頭をハイドへ向けた。その直後、柄が伸びてハイドの鳩尾(みぞおち)をしたたかに打ちつけた。

「くはっ……かっ……!」

 ハイドは腹を押さえて、その場で両膝をついた。その場でうずくまるハイドの視界に、ゼフィランサスの足下が入り込んだ。苦痛に顔を歪めるハイドが見上げると、剣を振り上げたゼフィランサスの姿があった。

「終わりだ、ハイドォォォ!」

 無慈悲にハイドの頭上に剣が振り下ろされようとした時。

「ゼフィランサスっ!」

 うずくまるハイドの後方から、緊迫した空気を裂くような女性の声が響いた。眼だけを声の方へ向けたゼフィランサスは、怒りの形相から驚きのそれへと変わった。

「アネモネ!?」

 ゼフィランサスの視界の先に、アネモネとアリスタータを連れたカリスの姿があった。住んでいた村を焼かれ、両親を目の前で殺されたアネモネに、血なまぐさい光景は見せたくはない。その思いがゼフィランサスの動きを僅かに鈍らせた。

 それを見逃さなかったハイドは、最後の力振り絞って剣を突き上げた。

「ゼフィィィィ!」

 ゼフィランサスが振り下ろした剣はハイドの左肩をえぐり、ハイドが突き上げた剣はゼフィランサスの腹部を貫いた。

 互いの刀身が、互いの血を吸ったように赤く染まる。

「ぐはぁぁっ!!」

 剣を握ったまま二人の身体はゆっくりと後ろへと傾き、大理石の床へ倒れた。

 二人の傷口からは大量の血が流れ出し、美しく磨き上げられた大理石の床に二人の鮮血が広がる。ゼフィランサスは左手で傷口を押さえるが、もはや無意味だった。左手はすぐに真っ赤に染まり、血は止めどなく溢れ続けた。

 目の前で倒れているソニアとゼフィランサスの姿は、アネモネに二年前の両親を思い起こさせた。カリスの腕を払いのけると、アネモネはゼフィランサスの元へ駆け寄った。

 アネモネがゼフィランサスのそばで両膝をつくと、ゼフィランサスは自身の血に染まった左手をアネモネへ向けた。その手を、アネモネは小さな両手で握りしめる。

「ア、アネモネ……」

 少女の名を呼んだ途端ゼフィランサスは咳き込み、口からも鮮血を吐き出した。

 それを見たアネモネは驚き、その瞳から涙が溢れ出した。

「すまない……お前が、大きく、なるまでは……はぁ、はぁ……ま、守る、つもりだった、が……がはぁっ!」

 口内や白い歯を真っ赤に染め、ゼフィランサスは途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。

「も、もう……それも、できそうにな、い……」

 声を出せずに、アネモネはただ首を振って涙を流し続ける。

「はぁ、はぁ……アネモネ……お、お前は……生きろ。ここではない、どこか、で……幸せ、に……」

 途端、ゼフィランサスの全身から力が抜け落ちた。両手で握りしめていたゼフィランサスの左手が、アネモネの手からこぼれ落ちた。

「……!」

 アネモネの父親と同じ言葉を残し、ゼフィランサスは力尽きた。

 止めどなく流れるアネモネの涙が、ゼフィランサスの頬を濡らす。だが、それを受けても、ゼフィランサスが目を開けることはない。

「……ぁ……ぅ……」

 アネモネの口から、掠れた声が漏れる。

 騎士長同士による壮絶な一騎打ちを見守っていた兵たちは、誰一人として声を出すこともできず、指一本すら動かすこともできず、その悲しい結末と少女の哀しみを眺めることしかできないでいた。

 それはアリスタータも同様だった。初めてできた友達の、父親でもあり、兄でもあるゼフィランサスの死に対して、アリスタータにはアネモネにかけるべき言葉が見つからなかった。

 小さくうずくまるように嗚咽を漏らしていたアネモネが、不意に天を仰いだ。口を大きく開け、声なき声でゼフィランサスの死を嘆き悲しんだ。流れ続ける涙は頬を伝い、顎からこぼれ落ちると、ゼフィランサスが作った血溜まりへと落ちる。

 アネモネの激しい慟哭に呼応するかのように、首に掛けられた漆黒色の石が輝きを放った。次の瞬間、黒い色をした火がアネモネの身体を覆った。

 それは急速に巨大な火柱のように燃え上がると、皇王の間の天井を突き抜けた。アネモネの哀しみを具現化したような黒い火は、夜の闇よりも暗く、触れる物すべてを飲み込むかのように塵に変えた。



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