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第12話 剣撃の果て



「おい、カリス。一体どういうことだ?」

 宮廷の門を守る兵が、カトレアではなく彼女の本当の名で叫んだ。

 皇王が殺害されたことを耳にした二人の兵は、想定外のことに動揺を隠せないでいる。だがそれは、問われたカリスも同じであった。

「ゼフィランサスが皇王を殺害した上に、そのことを公言したのがドゥーベらしいじゃないか。サーラバリアへ向かったはずの奴が、なぜ宮廷にいる?」

「分からないわよっ!」

 宮廷内では、あらゆる感情を表に出さないカリスだったが、めずらしく感情的に声を荒らげた。そのことに自分自身でも驚き、白い手で頭を掻いて首を振る。ひとつ深呼吸して落ち着きを取り戻すと、言葉を続けた。

「とにかく、もうすぐレギアが来るわ。来たら今の状況を伝えて。私は予定通り、アネモネかソニアを抑えておくわ。ゼフィランサスが皇王を殺害していてもいなくても、彼の行動を抑制できる。ドゥーベのことはレギアに任せましょう」

「あ、あぁ……」

 ひとまずの予定を伝えると、カリスは庭園に向かって駆け出した。ここ数日、ソニアは体調を崩したとかで、休みをとっていると聞いていた。ならば、庭園に向かえばアネモネがいるかも知れない。あの少女は、毎日のように庭園の手入れをしている。そう判断したカリスは、迷わず庭園へと向かった。

「これはドゥーベの罠? 私たちに対してなのか、それともゼフィランサスに対してなのか……」

 カリスは答えの見つからない疑問を口にした。

 突然のサーラバリアへの出立。サーラバリアへ向かった兵たちが戻ってきた様子はない。おそらく、ドゥーベは単身で宮廷へ戻ってきている。それらのことを考えると、この騒動はドゥーベが仕組んだ罠だったのか。だがいくら考えても、カリスにはその答えを見いだすことはできなかった。

 すぐに頭を振ってその疑問を追い払うと、ほどなくして前方から目的の少女がこちらへ向かってくるのが見えた。正確には、アネモネとアリスタータの二人の少女が。

 まるで何かから逃げるような二人の表情にカリスは違和感を覚え、その足を止めた。

「カトレア……!?」

 カリスの姿に気づいたアリスタータは、急に立ち止まった。アリスタータの手を握っていたため、不意に立ち止まった皇女に腕を引っ張られる形でアネモネも立ち止まる。

 宮廷内での名を呼ばれたことで、カリスは我に返ったかのように、いつもの無表情をその顔に浮かべた。

「アリスタータ様、ご無事でしたか」

 淡々とした口調で言いながら、カリスはゆっくりと二人に歩み寄る。

 だがその動きに合わせて、アリスタータは怯えた様子で後ずさりした。

「アリスタータ様?」

 なぜか、皇女が自分に対して怯えていることにカリスは気づいた。

「あなたも……私たちを殺すの?」

「え……どういう、意味でしょうか?」

 皇女の予想外の言葉に、カリスは僅かに目を大きくした。

「ドゥーベが……ドゥーベがお母様を殺して……それを見た私たちを、ドゥーベは見逃すわけにはいかないって……カトレアもそうなの?」

 皇女の告げた言葉に、カリスはさらに大きな衝撃を受けた。幼い皇女は、ドゥーベが皇妃を殺害したと、確かにそう言った。十歳の少女が嘘をついているとは思えず、それに殺害の時を見られたのであれば、ドゥーベが皇女を狙うのも頷ける。

 アリスタータの言葉に、カリスはようやく事態を理解した。おそらくドゥーベは、今回の件でゼフィランサスに皇王殺害の罪を被せ、自身は誰からも怪しまれずに皇王の座につく気だ。

「ご安心ください。私にはアリスタータ様を殺害する理由がございません。さ、こちらへ……」

 努めて穏やかな口調で言うと、カリスは二人の少女に両手を差し伸べた。

 目の前の女性がドゥーベと同じならば、すでに二人は斬り捨てられているに違いない。しかし、女性は剣ではなく両手を差し出している。しばらく逡巡した二人は、差し出されたカリスの手を握った。

「まずは庭園から離れましょう」

 カリスは二人の手を引いて歩き始めた。大人のカリスの歩幅に合わせて、二人の少女は忙しなく足を動かした。

 二人の少女を連れて歩くカリスは、途中ですれ違った兵にゼフィランサスの居場所を尋ねた。

「ゼフィランサスなら今、皇王の間でハイド殿と剣を交えておりますが……」

「ゼフィランサスがハイドと?」

 おそらく皇王殺害の話を耳にしたハイドが、ゼフィランサスを捕らえに向かった、といったところか。おそらく二人の戦いもドゥーベの思惑の一つだろう。ならば、これ以上ドゥーベの好きにさせるわけにはいかない。そう推測したカリスは訊ねた兵に「分かったわ」とだけ答えると、その足を皇王の間へと向かわせた。



 激しい剣撃音を響かせる皇王の間には、いつの間にか数十名の兵士の姿がその壁際にあった。ゼフィランサスとハイドの鬼気迫るその戦いに、誰もが固唾を飲んで見守っている。正確には、二人の戦いに割り込むことができない、だった。四聖三賢(セラフィナイト)に次ぐと言われている二人の戦いに、一介の兵士が入り込む隙などなかった。

 剣と剣がぶつかるたびに、甲高い金属音と、火花と、二人が流す汗が飛び散る。

 一方は幼い頃に誓ったゴトランド再建のため、一方はデボンの一騎士として皇王殺害の逆賊を討つため。その戦いは剣だけでなく、二人が内に抱える信念のぶつかり合いでもあった。

 二人が剣を交えてから、すでに十数分が経過している。休むことなく剣を振り続ける二人には、疲労の顔が浮かんでいた。

 振り下ろす、なぎ払う、突く。自身が持つすべての剣技を惜しみなく出し、二本の剣がぶつかり合う。すでに何十合と数え切れないほどの剣を交えたとき、それまで拮抗していた戦況が変化した。

 ハイドの剣撃を受け止めるゼフィランサス。剣と剣がぶつかった瞬間、ハイドはそのまま力押しするのではなく、手首を捻るようにしてゼフィランサスの剣を絡め取った。そのままゼフィランサスの剣を払うと、無防備になったその剣に渾身の力でハイドは剣を振り下ろした。

 それまでとは違う異質な金属音とともに、ゼフィランサスの剣は約半分ほどを残してその先端を失った。折られた剣先は一度床に叩きつけられると、乾いた音を立てて滑るように転がった。

 剣を折られたときに生じた僅か半瞬、ゼフィランサスの動きが止まった。

「これで終わりだ、ゼフィっ!」

 その僅かな隙を見逃さず、ハイドは剣を振り下ろした。その剣先がゼフィランサスを捉え、その身体から赤い鮮血がほとばしった。誰もがハイドの勝利を確信した。だが、ハイドの剣を受けて血を流したのはゼフィランサスではなかった。

 二人のあいだには、ゼフィランサスを庇ってその背中にハイドの剣を受けたソニアの姿があった。

「ソニアっ!?」

 ゼフィランサスとハイドは同時に、二人のあいだに立つ女の名を叫んだ。

 ソニアの右肩から腰にかけて刻まれた傷口から溢れる赤い血液が、ソニアの衣服を真っ赤に染め上げた。傷の痛みとそこから発する焼けるような熱が、ソニアに声にならない叫びを上げさせる。苦悶の表情を浮かべたまま、ソニアは目の前にいるゼフィランサスに身体を預けるように倒れ込んだ。

「ソニアっ!!」

 崩れ落ちるソニアをとっさに抱きかかえて、ゼフィランサスはもう一度ソニアの名を叫んだ。

「お、願い……ゼフィ……もう……や……」

 ソニアは、背中の痛みと熱をはらんだような声を漏らした。言葉と言葉のあいだには、

悪夢にうなされているかのような呻きが混ざっている。

「いいから喋るなっ!」

 ゼフィランサスは自身が着ていた衣服を脱ぐとそれを引き裂き、傷口を覆うようにソニアの身体をきつく縛った。傷の深さはそれほどでもなかったが、それでも傷口から溢れる鮮血は、ソニアの身体に巻き付けられたゼフィランサスの服も赤く染める。

「オ、オレは……」

 不可抗力とは言え、ソニアを傷つけたことにハイドは騎士長らしからぬ動揺を見せた。ハイドの震えるようなその声を耳にしたゼフィランサスは、激しい憎悪を宿した眼をハイドに向けた。

「ハイド……お前……」

 その声は小さく(かす)れ、震えている。だがハイドのそれとは違い、ゼフィランサスの声の震えは怒りによるものだ。

 ゼフィランサスはゆっくりとソニアの身体をその場に横たわらせると、折れた剣を握る手に力を込めた。

 ハイドを鋭く睨みつけたまま、ゼフィランサスはゆっくりと立ち上がった。顔を伏せたまま上目遣いで睨むゼフィランサスの両眼には、かつて誰も見たことのない怒りと憎しみが込められている。

 ゼフィランサスの放つ眼光に気圧(けお)されながらも、ハイドは手にした剣を構え直した。

 背中は曲がり、両肩を落とし、だらしなく両腕をぶら下げたゼフィランサスは、一歩一歩ゆっくりとハイドに詰め寄る。露わになった上半身は、やや細身でありながら引き締まった筋肉が、ゼフィランサスの呼吸に合わせて隆起する。

 ゼフィランサスが纏う異様な空気に、ハイドは思わず後ずさりした。だが、すぐに気を取り直すと、後ろに下がる足の動きを踏みとどまらせた。

 ハイドの動きに合わせるかのように、ゼフィランサスもまたその遅い歩みを止めた。

 二人のあいだに沈黙が降り、それは皇王の間を覆う。

 だが、その静寂も長くは続かなかった。

「ハァァイィィドォォォオオオッ!!」

 ゼフィランサスの獣にも似た咆吼が響き渡った。まるで、皇王の間を揺るがすような声に、周囲にいる兵士は(すく)み上がる。

 ゼフィランサスの激高に呼応するかのように、その首に掛けられた鈍色の石が輝きを放った。



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