食虐の菌糸たち
――2022年、とある村の小屋にて。
「ほら、立派に育て。」
袴を着た老人に、両手を縛られた村の少女が檻の中で…
「いやあああ!死にたくない!」
先端が茶色くそして白いヒダがあり、根本が赤いキノコを押し付けられている。
キノコは大人のこぶしよりも大きく、そして人に感染する。
必死に無事を祈った。
何度も見てきた。
そのキノコを口に含まされ、そして生で噛み飲み込むまで離してもらえないのを。
「もし食わなければ、感染者の男性を使って…感染させてもいいのだぞ?
雪ちゃんの姿、覚えてるかな?
君は紗季ちゃんだったかな…従ったほうが身のためだぞ。」
その言葉に少女は震え、一口かじり…飲み込んでいた。
私も雪の末路は知っていた。
…おぞましい。
理性が薄くなった感染者の男性に襲われ、壊され、喰われるまま過ごすなんて。
「食べさせられたすぐあとで吐き出そう。頑張る。」
以前そう話していた紗季に、今まさに老人が猿轡をはめてしまった。
「喜びなさい。今度は立派なキノコになるまで牛肉生活だ。
あそこの最高の素材の育て方を、決めないといけないからねぇ。」
老人が私を見た。
私は両手を縛られて首輪まではめられている。
「ンン゛ーー!!」
紗季…ごめんね。
私がまだ逃げれてないせいで。
以前、この村人たちが…特に白髪の少女からはいい香りがすると言っていた。
だから私さえ逃げられれば…ほかの子たちも
こんななぶり殺しみたいな実験から逃れられるはずなのに。
手についた鎖と…首の頑丈な鎖が邪魔をする。
部屋の隅には、”キノコの残骸”が捨てられ、
キノコが再生したら…即座に収穫されて行っていた。
時々、その山がピクリと動くたび…涙が止まらなくなる。
なんでだろうね、亜美…
この、明らかに危険なキノコにだれもが執着する理由…それは知っていた。
”長寿の薬”になるから。
生で食べると感染して、内臓ごとキノコになって…最後には動かなくなっちゃう。
だけど、ちょうどよく加熱して食べると…寿命が延びるらしい。
生ぎりぎりで、食べれば食べるほど…でも失敗したら感染者になっちゃう。
そして、感染者は猛烈にキノコを食べたくなるらしい。
もし、たくさん食べたら…感染してもずっと生きてる。
雪が動かなくなっても、毎日…覆いかぶさって、むさぼっていたから。
老人が出て行ったあと、紗季は近づいてきて…
私の首輪と壁の間の鎖を、ガン、ガン、ガンと頭でたたきつける。
死にたいんじゃない、私を逃がすために。
せめてもの復讐でもあるし、私が居なければもっと穏当に…
次の対象が見つかるまで、実験がなくなるかもしれないから。
そうして、しばらくの間…狂ったように私に重みを掛ける紗季。
真っ暗な中、首輪が急に緩んだ。
鎖の留め具が…壁から外れたみたいだ。
紗季はもう涙でボロボロだ。
それでも私は、顔をすりすりして…
「さよなら、紗季」
私はキノコの残骸の方向に動く。
その下には…紗季が堀った抜け穴がある。
私は痛がる残骸を足でどかして、体をねじ込んで…
穴の中に入り、外に出てまず、鎖を首に巻き付けた。
それで音を押さえて…手を縛られたまま、走り出した。
生きれる保証なんてどこにもない。
ともかく…見つかりたくなかった。
牢獄を出てしまえば、追手が来ることはなかった。
深夜であったのも…よかったのかもしれない。
紗季がどうにかして、ごまかしてくれているのかもしれない。
このために、時々足に力を入れて鍛えて…食事も多く分けてもらっていた。
でも、私は情けなくて…
明け方まで走ったら…よりによって、林道の近くで倒れてしまった。
――次に目を覚ました時…私は、病院のベッドの上にいた。
白く輝くような清潔な部屋の中…点滴を受けていた。
私が目を覚ましたことに、ナースさんが気が付いて…
そしてどこか慌ただしくどこかに連絡した。
そしてすぐに、青いキャップをして、金色のバッチが付いた人たち…!
けーさつが来てくれた!!
すぐに事情を話す。
紗季がいた”長安村”での出来事。
生まれつき白髪の私が…最高の実験対象として誘拐されたこと。
村の少女も、ほかから連れ去れて来た子も…縛られて、ひどい扱いを受けてきたこと。
すぐに捜査が入って、たくさんの人が逮捕された。
紗季は、逃がした後…村人に暴行を受けてすぐに亡くなってしまって…
国の感染症研究機関に送られたらしい。
紗季はあの村の女の子だった。
弔ってくれる人は、私しかいない。
いつか元気になって、お墓を作ってあげるんだって決めた。
――そして数年後…
私は女子高生として、新たな生活を始めていた。
2026年、今年で16歳。
いつもの学校生活を終えて、帰宅しているとき…
近所の大工のお兄さんに声を掛けられた。
ちょび髭で肌が茶色い、雰囲気のいいお兄さんに。
「君の家、この先だろ?なんか玄関に変な男がいる。
様子を見てくるから、待ってな。」
両親は共働きで…多分大丈夫。
でも私は…本能的に恐怖を感じてしまい、逃げ出した。
両親を頼り、ホテルに泊まる。
そして両親の話から、男の影がずっと彷徨っていることを知った。
”白髪の少女からは、特別にいい香りがする。”
その言葉を思い出し、恐怖で学校に行けなくなり…
そして精神病院に入った。
精神病院の中で私は…その白い髪を剃って、かつらで生きることをお勧めされた。
髪さえなければ…トラウマから逃れられるって。
私はすぐに従った。
頭の髪を全部脱毛して…不自然かもしれないけど
いろんなかつらを被ってみる。
あの村の悪夢から解放されたみたいで…不安も徐々に緩まっていった。
香りは変わらないかもしれない、でも目に見える”白髪”は…消えていたから。
見つかりづらくなるんじゃないかと思って。
以前とは全く違うかつらの茶髪になって、病院の周りを…少しだけ散歩していると…
私は大工のお兄さんを見つけた。
顔が腫れあがって…肩が膨らんでいる。
その見た目には、見覚えがあって…私は後ずさった。
雪や亜美の体は…そうやってどんどん膨れて…
まず肩からキノコが出てきたから。
「オ、オ、オ前、白イ髪ハドウシタ。」
「全部脱毛したの、近づかないで!!」
”アアアアアアア!!!”
どこかから奇声が上がると、フードの男が飛び出してきた。
もうデコボコがひどくて、巨大なごみ袋かと思うぐらいだ。
「オ前ガ俺ヲ感染サセタ!、オ前ヲ食ワセロ!!」
大工のお兄さんが、その男を押し倒し、喰い始めた。
周囲には絶叫が繰り返し響き渡り、私は電柱の影で震えていた。
「ユキィィイ!!」
その言葉ではっとした、あの男は…雪にひどいことをした男だった。
じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ…血と、白い粉が噴き出した。
男は頭を執拗にむさぼられ、雪みたいに足をばたつかせる。
ごみ袋は、それきり動かなくなった。
男の頭を食べ終えた大工のお兄さんは…自分の赤い綿だらけの両手を見て…
ガードレールに思いっきり首を叩きつけたかと思うと、動かなくなってしまった。
警察が来るまでに、わずかに時間があった。
――そのすぐ後…私の退院日。
私は退院祝いに炭火焼きをリクエストし、
七輪を買ってもらった。
練習に使っていいよって許可も取ってある。
私は…炭に火を灯した。
「ごめんなさい…」
どうしても、気になってしまって…そして謝った。




