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第一話

「ガルドのような小国に婿をやるとは、ルナリアも堕ちたものだな」


 己が花婿となる男に会うべく別殿へと向かう途上。アルマは二人の配下へ向けそう自嘲した。   


 声こそ未だ幼いが、厳かな静寂を切り裂くように行く足取りは覇者としての威厳と風格に満ちている。一歩前へ踏み出すごとに纏う鎧がかちゃり乾いた音を響かせた。なびくマントがその背に従い歩廊を辿る。


「陛下、くれぐれもシグナス殿の前でそのような言葉遣いはなさらぬようお願いします。よろしいですね?」


 嫌味な手つきで眼鏡を押し上げながらそう釘を刺したのは、アルマの右腕にしてガルド王国宰相のルシャードであった。公爵家の三男に生まれアルマの教育係も務めた男で、かれこれ十年の付き合いになる。


 アルマのひねくれた性格はどう考えてもルシャードによる教育の賜物であるのに、当の本人は事あるごとにやれ王としての振る舞いがどうだのこうだの、あれこれ小言を並べるのだからたまらない。


「ふん、どうせこの婚姻もお前の差し金であろう」

「…否定はいたしません」


 拗ねた口ぶりではあるが、アルマは別にこの結婚を心底嫌がっている訳ではなかった。ルシャードはプライドが高く気難しい男であるが、アルマの期待と信頼を裏切ったことは一度もないのだ。


 ルナリア帝国の皇弟シグナスとの婚姻は、即ち帝国がアルマをガルド王国の正当な後継者と認めた証左である。先王の嫡子とはいえ内乱を経て王位を確たるものとしたアルマにとっては、またとない話であった。


 だがアルマとて帝国の威光に縋るつもりは毛頭ない。ルシャードもそんなアルマの気質は分かっていよう。少なくとも結婚相手に己が出自を鼻にかけ専横に振舞うような男を選びはしまいと確信していた。…まあさりとて、自分の婿となる男に期待している訳でもないのだが。


「シグナス殿は聡明にして思慮深いと帝国でも評判のお方。きっと陛下もお気に召すかと」

「お前のセンスは信用ならん。あれは我の十歳の誕生日だったか、お前が『きっと殿下のお気に召すかと』と言って小難しい帝王学の本を贈って来たのを今でも覚えておるぞ。あれと比べればこの間レオンがよこした虫の抜け殻の方がまだマシだ」

「待ってください。レオン、あなたという人はいったい陛下に何をよこしているのですか?」

「何って虫の抜け殻だ。陛下の話を聞いていなかったのか?」


 静かな口調でそう淡々と答えたのは近衛騎士団長を務めるレオン──王国随一の剣士にして、そのあまりに率直な物言いと面倒な事務処理は全て宰相ルシャードに丸投げする仕事振りから王国軍随一の問題児としても名高い男である。


「私が言いたいのは陛下に虫の抜け殻などというゴミを送りつけるのはやめろということです」

「だが陛下が言うには、お前が贈った本はそのゴミ以下だそうだ。人のことを注意する前に己の行いを悔い改めた方がいいんじゃないか?」


 こんな言葉遣いでありながら相手を煽る気は一切なく、ただ己の思うがままを口にしているだけなのだから恐ろしい。


 丁度その時三人の行く手にシグナスの待つ控えの間が見えてきたため、アルマは二人の口論を止めるべく片手をかざした。途端、歩廊には静寂が戻りただ足音だけが木霊する。本音を言えば己が花婿に会うよりこの二人と他愛のない話に興じていたかったのだが仕方あるまい。これもまた王の務めである。


 アルマは一応の礼儀として部屋の扉をノックし、返事も聞かぬままドアノブをひねり──そして言葉を失った。

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