牢屋とコスパとタイパと
本作品は、中年のおっさんの個人的なAIへの興味から派生し始めたものにつき、
作者が好き放題書き散らかしています。
ですので、皆さんが普通は書かないような事にこだわったりしてしまっています。
生理描写や衛生描写等が重く書いてる本人もスカッと全くしておりません。
お気に召さねばそっと閉じていただけると登場人物たちも喜ぶと思います。
それでも、お付き合いしていただける方はどうぞよろしくお願いいたします。
「....勝手すぎる....。私、今日、寝てるつもり、だったのに....っ。」
ふっくらした頬を膨らませ、リュンヌは重い身体を昨日よりもずっとスムーズに動かした。
(薬のせいで無駄に体調が良いのが恨めしい)自分の装備へと歩み寄りつつも決心はつかない。
当然だ、リュンヌ本人の意思は砂粒一つも考慮されていない。
「ここ....安い....静か。」リュンヌはルナに対して豆鉄砲を撃つような反撃を試みる。
ルナは「あのねえコスパが悪いのよ。コスパが、あなた真剣に宿探しした?」
まるで何か悪事をリュンヌが働いたような口調。
「硬いベッドに暗い部屋、硬いパンに干し肉のスープだけって牢屋じゃん。」
ルナは、女将が席を外しているのをいい事に言いたい放題だ。
「....牢屋、じゃないよ。」
リュンヌはぱっちりとした瞳を潤ませ、不格好な槍を杖に小さく抗議した。
「コスパ」という、またもやルナの口から飛び出した謎の呪文に翻弄されながら、必死に自分の安らぎの地を擁護する。
「静かだし....誰も、私を見ないし....。これで、いいの。」
誰にも干渉されず、隅っこで丸まっていられるこの場所が、今の彼女には分相応に思えたのだ。
だが、ルナはまるでお手上げだと言わんばかりに、大仰に肩をすくめてみせた。
「あのねぇ、同じお金を払うなら、もっとふかふかの木綿布団に、焼きたてのパンが出てくる宿が絶対にあるの! 」
ルナは両手を腰に当ててリュンヌに迫る。
「あなたがここで一晩過ごす間に失った『幸福指数』がどれだけ高いか、理解してる? 損失なのよ、損失!」
「こーふく....しすう....?」
リュンヌの頭の上には、またもや巨大な疑問符が浮かぶ。
ルナは「理詰め」という名の暴風を撒き散らしながら、リュンヌの古びた革鎧のベルトをグイグイと締め上げた。
「ほら、行くわよ。まずはその『干し肉のスープ』の呪縛からあんたを解き放ってあげるから!」
「....勝手....っ。」
ふっくらした頬をこれでもかと膨らませ、リュンヌはズルズルと表通りへ引きずり出されていく。
脂汗を流していた昨日が遠い昔のように感じるほど、ルナのペースに飲み込まれている。
「いい世の中はコスパとタイパよ。まあタイパはなかなか難しいけどコスパは簡単よ。」
ルナは右手の人差し指を立てて左右に振る。
「同じ値段で柔らかいベッドで寝れる宿と板にシーツ張ったみたいな宿どっちがいい?」
ルナはリュンヌを引っ立てながら聞く。
「....板....シーツ。」リュンヌは即答する。だって知識の持ち合わせがそれしかない。
「ちょっと....っ、そこは即答するところじゃないでしょ!」
ルナが信じられないものを見る目で、絶叫に近い声を上げる。
リュンヌはぱっちりとした瞳をパチクリさせ、ナギナタを相棒に、当たり前のことを言ったまでの顔で首を傾げる。
「....だって、板....慣れてる。柔らかい....沈んで....怖い。」
「怖くないわよ! それは幸せに包まれてるの! ああもう、この子は....色々教えないと、タイパ最悪じゃん。」
ルナは天を仰ぐと、リュンヌの手首を掴んで力任せに歩き出す。
「いい? これからあんたに『幸福の味』ってやつを叩き込んであげる。コスパの意味も、フカフカの価値も、頭に刻んであげるんだから!」
「....刻む....っ。....やっぱり、人殺し....。」
リュンヌは脂汗こそ引いたものの、ルナが吐き出す「たいぱ」だの「こすぱ」だのという呪文に頭を抱え、ズルズルと引きずられていく。
陽光を反射する銀髪の少女の背中は、もはや神の使いというより、新手の盗賊か何かにしか見えない。
「今週分には少し足りないかな。」
ルナは貨幣の入った袋を見てブスっとした口調で言うと、ぐいぐいと街の中心部へと重い石柱と化したリュンヌを引きずって進んでいく。
「ここでいいかしらね。」とルナは一人ごちて足を止める。
「通りを御通行の皆様。こんにちは。私はルス教の初級神官ルナと申します。少しここで皆様のためのお祈りとお話をさせて頂きます。」
透き通るような心地よい営業用の声だ。
「....何、これ。何が....始まってるの....?」
重い石柱から置物へと化したリュンヌは、ナギナタを杖に、呆然と隣に立つ銀髪の少女を見つめる。
さっきまで「コスパ」だの「牢屋」だのと意味不明な言葉を吐いていたはずのルナ。
今はまるで朝露を纏った女神のような、清廉で心地よい声を往来に響かせている。
「皆様、日々のお仕事、本当にお疲れ様です。ルス神様は貴方たちの苦労を、そしてその対価の正当性を常に見ていらっしゃいます....。」
通りかかる人々が、その鈴を転がすような美声に一人、また一人と足を止める。
リュンヌは、ルナの背後に隠れるように猫背になり、ぱっちりとした瞳をキョロキョロと泳がせた。
「(....声違う....。人買い....どこに行った....?)」
家族旅行でツインだと思って取った安い部屋がセミダブルでこの歳で床で寝るはめになった事がある作者です。
意外に寝れましたが、それが毎日だとどうなんでしょ。
リュンヌの定宿ですが、断じて板だけではないです。ルナがボロクソにけなしているだけです。マットレスはペラペラですが。
さて、ルナの説法の結果はどうなるのでしょうか?
人前で堂々と話せる人は凄いと思う作者です。




