幸せと尋問
本作品は、中年のおっさんの個人的なAIへの興味から派生し始めたものにつき、
作者が好き放題書き散らかしています。
ですので、皆さんが普通は書かないような事にこだわったりしてしまっています。
生理描写や衛生描写等が重く書いてる本人もスカッと全くしておりません。
お気に召さねばそっと閉じていただけると登場人物たちも喜ぶと思います。
それでも、お付き合いしていただける方はどうぞよろしくお願いいたします。
「はい、まずお湯かけて、ちゃんと洗う。」
いきなりルナはリュンヌを捕まえて言う。
「おふろ....、きらい....っ。....もう、やだ....。」
リュンヌはぱっちりとした瞳をぎゅっと閉じ、蹲るようにして身体を丸めた。
同年代の少女であるルナに、湯気を立てる手桶でザバザバとお湯をかけられうえ、同性とはいえ衆目の前で「洗われる」という状況はきつい。
リュンヌのささやかなプライドは粉々に打ち砕かれてしまった。
「嫌い嫌い言わないの。ほら、手足を伸ばして! 汚れは心の曇り、つまり人生のコストロスよ。」
ルナは説教だか屁理屈だかわからない事を口走る。
「見てなさい、この石鹸の泡があなたの『不運』も一緒に洗い流してくれるんだから。」
ルナはリュンヌの羞恥心などどこ吹く風で、石鹸を泡立てる。
そして、まるでお気に入りの大型犬の毛並みを整えるかのようにリュンヌの背中をゴシゴシと擦り始めた。
「....ひゃっ、....くすぐったい....っ。....ルナ、....力が強い....。」
「これくらいやらないと毛穴の奥の老廃物までリーチしないでしょ? ほら、じっとして!」
ルナはまるで姉のようにリュンヌに言い聞かせる。
最初は脂汗を流していた時よりも顔を真っ赤にしていたリュンヌだったが、次第に身体を包み込む温かさを感じだした。
勝手なものでそうすると石鹸の柔らかな香りに、強張っていた肩の力がふっと抜けていく。
水浴びとは比べものにならない、芯から解きほぐされるような感覚。
肌を覆っていた不快なベタつきが、泡と共にさらさらと流れ落ち、代わりに自分の肌が呼吸を始めたような錯覚に陥る。
「....あ。....なんか、....かるい....。」
「でしょ? 清潔さは、最高のデトックスなのよ。」
満足げに胸を張るルナ。相変わらず意味不明な事を口走している。
それでも、リュンヌはまだ顔を上げたままではいられないものの、水面に映る自分の肌が、湯気の中でほんの少しだけ輝いて見えた。
「....ふー....。」
リュンヌは肩までお湯に浸かり、小さく息を吐いた。湯気に包まれ、視界がぼんやりと白く霞む。
昨日、冷たい路地裏で脂汗を流し、下腹部の重みに耐えていたのが嘘のようだ。ルナの「クソまずい粉」と、この温かいお湯。
それらが合わさって、リュンヌの頑なだった身体を内側からとろけさせていく。
「....なんか、....生きてる、って感じ....する。」
「でしょ? これが必要コストってコトよ。」
自分が風呂を作ったわけでもないのにルナがしたり顔で言う。
「一週間もこの生活を続けたら、あんたがいかに『苦労=美徳』っていう無駄な時間を過ごしてきたか、脳に叩き込まれるわよ。」
ルナは湯船の中で、勝ち誇ったように胸を張る。
だが、立ち込める濃厚な湯気が「五里霧中」の帳となったので、リュンヌにはよく見えない。
そのため、彼女が誇るその造形がどれほどのものか、あるいはリュンヌとの「格差」がどの程度なのかは、神の教義よりも深い霧の向こう側だ。
「....一週間も、....こんなことしたら、....戻れない」
リュンヌは無自覚に口にする。
「戻らなくていいのよ! 戻るなんて退歩、つまりマイナス成長よ。」
ルナはリュンヌの肩に左手をのせた。
「明日はもっと高いパフォーマンスで私のボディーガードをしてもらうんだからね。」
当然のようにルナは微笑みつつ言う。
「....やっぱり、....それ。....結局、私、こき使われる....。」
リュンヌは上気した頬をお湯に半分沈め、ぶくぶくと泡を吐く。
悔しい。ルナの言い方はいちいち鼻につくし、無作法だし、守銭奴だ。
けれど、この温かさだけは――今の自分にとって、何物にも代えがたい「正解」であることだけは認めざるを得なかった。
「.....ルナ。....上がったら、....また、あのパン、食べたい....。」
リュンヌは思い切って自分から要望を口にした。
「食べ過ぎよ! でも、まあ….残ったスープを炊事場で温め直すくらいなら、コストの再利用として認めてあげなくもないわね。」
偉そうに、だが少しの柔らかさを込めてルナは答えた。
風呂から上がりパンを少し食べるとリュンヌは夢心地だった。
相変わらず下腹部は重いが全然その重さが違う。
ルナがリュンヌに「ねえ、まず最初の薬の味はどうだった。」突然の質問時間が幕を開けた。
「....あじ?」
夢心地のままフカフカのベッドに沈み込もうとしていたリュンヌは、その冷徹な声に背筋を凍らせた。
見上げると、そこには湯上がりの柔らかな姿とは裏腹に、不採算部門を切り捨てる冷酷な経営者のような、恐ろしい目をしたルナがいた。
「....え、あ....。....すごく、苦くて....。....なんか、砂....後、痺れる....」
「なるほど、苦味の閾値は想定内ね。痺れは成分なんだろう?ちょっと配合を変えようかしら。」
説法や金儲けより真剣味がルナから漂っている。
「で、その後の身体の『暖気スピード』はどうだった? 飲んでから何分で、どの程度の『苦痛コスト』が削減されたと感じた?」
ルナはいつの間にか手元に羽ペンと紙を用意し、リュンヌの言葉を一言も漏らさぬ勢いで待ち構えている。
「....じ、じかん....わかんない。....でも、気づいたら、脂汗が止まってて....。温かくなって。」
リュンヌは噛みつかれそうな勢いに面食らいつつ言葉を繋ぐ。
「今は、その....重い、でも嫌な感じじゃない、....。」
ルナは少々不満げだが頷く。
「定性的なデータね。まあいいわ、被検体1号としてはまずまずの回答よ。」
そして、次のルナの言葉が酷かった。
「いい、リュンヌ? 私にとって、あなたの体調改善はただの善意じゃない。この薬の『費用対効果』を証明する重要な臨床データなのよ。」
リュンヌは、ふっくらした頬を引きつらせた。
守銭奴の顔よりも、この「未知の何か」を追い求める狂気じみた目の方が、ずっと恐ろしい。
「....私、....やっぱり、ただの....お試し。」
リュンヌは震えつつ言う。
「当たり前でしょ、タダより高いものはないんだから! さあ、次は眠っている間の気分について....。」
ルナがずずずいっと顔を寄せてくる。
「....寝かせて!.... 幸せ....なくなったっ!」
リュンヌは毛布を頭から被り、必死に「効率の鬼」から逃れるべく丸まった。
しかし、毛布越しに聞こえる羽ペンの走る音は、リュンヌが眠りにつく時はまだ続いていた。
そうそう、楽しい事や楽な事ってすぐ慣れちゃってあとが大変ですよね。
まして、楽しい事の後に現実ぶつけられると余計に萎えますよね。
リュンヌはルナとこの後も過ごすのでしょうか?




