砥石と宿賃その1
本作品は、中年のおっさんの個人的なAIへの興味から派生し始めたものにつき、
作者が好き放題書き散らかしています。
ですので、皆さんが普通は書かないような事にこだわったりしてしまっています。
生理描写や衛生描写等が重く書いてる本人もスカッと全くしておりません。
お気に召さねばそっと閉じていただけると登場人物たちも喜ぶと思います。
それでも、お付き合いしていただける方はどうぞよろしくお願いいたします。
窓から差し込む斜陽が、埃の舞う部屋を琥珀色に染める。少女は無心に砥石を滑らせていた。
シャーッ、シャーッと響く砥石の音だけが、彼女の焦燥を誤魔化す唯一の旋律だ。
研ぎ澄まされる刃先とは裏腹に、その瞳はどこか遠い虚空を彷徨っている。
手元の銀光に、直視したくない「明日」を必死に封じ込めているようだった。
傷んだ黒髪を無造作にまとめ上げたシニヨンは、実用性のみを追求した結果だ。
少し可愛らしさが漂う整った目鼻立ちが描く容姿も、灰色の無機質なインナーに埋もれ、今は刃毀れしそうな武具の一部のようにすら見える。
装うことを放棄したその佇まいが、かえって彼女の頑なな孤独を際立たせていた。
研磨の音が途絶え、静寂が部屋を支配する。
少女は眉間に深い皺を刻んだ。
脳の奥を直接掻き乱すような、あの粘りつく不快感が再び鎌首をもたげる。
「....また....これ。」
忌々しげに吐き捨てる。
冒険者としての「仕事」をしくじらないため、外界を遮断してここに籠もったはずなのに。
逃げ場のない密室で、彼女は己の内に渦巻く制御不能な感覚と、独り対峙していた。
所持金はもはや明日の宿賃も覚束ない。
「金....。」
震える唇から鈴のような音で漏れたのは、祈りとは対極にある切実な呪詛だった。
手元にあるのは、使い古した短剣を槍の柄に魔物の皮で強固に括り付けた不格好な「得物」だけ。
可愛らしさを台無しにするほど歪んだ表情で、彼女は底を突きかけた財布を睨む。
プライドよりも先に、明日という現実が空腹を連れて彼女の喉元を締め上げていた。
ただの棒にしか見えない得物の柄を杖代わりにして、彼女はよろよろと立ち上がる。
無意識に丸まった背中は、まるで重すぎる運命を背負わされているかのようだ。
華奢な体躯が、だぼついたインナーの中で所在なげに揺れる。
「....はぁ。」
指先に力が入らず、扉を押し開ける動作すらひどく億劫だ。
一段ずつ、自身の重みに耐えかねるような足取りでずり落ちるように階段を降りていく。
その気だるげな後ろ姿には、父性ある者なら守ってやりたくなるような危うい愛らしさが漂っていた。
「ちょっとリュンヌ! あんた部屋代どうすんのさ。」
仁王立ちで階段下に構えていたのは、肝っ玉の塊のような女将だ。
豊かな胸元を震わせ、丸太のような腕を腰に当てて、弱りきった少女を逃がすまいとするように睨みを利かせる。
「明日からの分、まだ受け取ってないよ! ったく、月のものが重くて動けないんなら、普段もっといい仕事しろってもんさ!」
容赦ない叱咤が、そよ風ですら倒れそうなリュンヌの鼓膜を震わせる。
女将の口調は荒いが、その眼差しにはどこか、不器用な少女の体調を案じるような、お節介な温かさが混じっていた。
「うぅ....わかってる....。」
女将の鋭い声に、リュンヌは小動物のように肩を跳ねさせた。
ぱっちりとした瞳を潤ませ、気まずそうに視線を泳がせる。膨らんだ頬をさらに歪め、唯一の相棒を握り直した。
「今から....稼いでくる。....重いの....体質。」
力強さは微塵もないボソボソ声で話す。
普段ですら聞き取り難い発声が、輪をかけてマスク越しのような聞き取り難い状況だ。
情けなさを振りまきながら、彼女はのろのろと歩みを進める。
宿の入口に預けてある革鎧を引きずり出す。
ギチリ、と硬くなった革が悲鳴を上げる。
リュンヌは脂汗を浮かべ、節々の痛みに耐えながら、その華奢な肢体を防具の奥へと押し込めた。
「金....払う....っ。」
消え入るような決意を口にするが、女将はすでに興味を失った様子で、階段をドスドスと鳴らしながら二階へ消えていく。
掃除道具が触れ合うガシャガシャという音が、今のリュンヌには無情なカウントダウンのように聞こえた。
不格好な手製の得物の支えを借りてなんとか宿を出る。
陽光の眩しさが憂鬱さに拍車をかけ、リュンヌはぱっちりとした目を細めて顔をしかめた。得物の柄を杖に、よろよろと往来を彷徨う。
「あー....外....無理....。」
ギルドへ続く道すら出口のない旅に思え、リュンヌはぷくっと頬を膨らませて足を止める。
門を出て魔物を追う体力なんて、今の彼女には一欠片も残っていない。
重い腹部を抱え、縋るような視線で周囲を見渡す。日銭、それも動かずに済むような都合のいい仕事が、どこかに転がっていないか。
動かない頭のネジが今回も巻き切れた気がした。
「また....あれ.....する。」
酒臭い熱気と怒号が渦巻く、路地裏の吹き溜まり。リュンヌは泥を避ける猫のような足取りで、不夜城の賭場へと吸い寄せられていく。
ぱっちりとした瞳に、普段の輝きはない。代わりに宿っているのは、飢えた仔獣のようなギラついた色だ。
次回はお腹が痛いリュンヌがヤバい橋を渡るかどうかからです。
ちなみにリュンヌの武器は日本の特に女性の武器のイメージがあるものを勝手に作った感じにしてみました。
実物はこんないい加減なものではないはずですので嗜まれていた方、作者アホ過ぎと笑ってやって下さい。
拙い文章におつきあい頂きありがとうございました。




