兄の更生
50回目くらいまでは私もまだ希望を持っていた。
(なぜ生まれ変わるのか、理由があるはず。今度こそ20歳を超えて生き抜いて見せる。)
60回に差し掛かると流石に生きる意味を見失いつつあった。
(どうせ生まれ変わるんだから、今回の人生はもうどうでもいいや。)
そうやって99回の人生を生きてきて、今回は記念すべき100回目だ。
「こら、レン! 妹だぞ! ゲームをしていないでこっちに来なさい!」
少し物思いに耽っている間に、どうやら私のお兄様が怒られているらしい。
ゆっくりと閉じていた目を開く。あいにくお腹の中でみたいと思っていた満点の星空は見えなかったが、優しげな表情の女の人と男の人が見えた。
99回の人生を歩んできて、様々な美男美女を見てきたけれど、この2人も結構な美形だ。
(もしかして今回の人生、そこそこ美形なのでは?)
世間一般に醜いと言われる顔で生まれてきたこともあったし、傾国の美女と謳われた時もあった。
どれだけたくさんの人生を歩んできても、やっぱり顔はよくありたいものである。
「レン……いい加減にしなさい。」
お父様であろう人がお兄様に対してまだ怒っている。
「は? うるせぇんだよ。黙れくそじじい。」
可愛らしい声で紡がれる暴言。
孤児院で一番年上として下の子の面倒を見ていたこともあったため、反抗期という言葉を思い出す。
「妹だって? ふざけんな。俺にそんなのいらねぇよ。」
「レン。お願いよ。もう5歳でしょう? お兄ちゃんになって。ほら、あなたの妹、エリカよ。」
お母様の腕の中から見えたお兄様は、それはもう素晴らしく可愛くて。
ああ、傾国どころじゃなく傾星だろうな、と思いながら息を呑んだ。
森や野原、山といった世界中の緑を閉じ込めたかのような鮮やかな瞳と、思わず吸い込まれそうになるくらいの漆黒の髪。
そして、お父様譲りの切れ長の目と、お母様譲りの涼やかな美貌がそれを引き立てている。
(これまで見てきたどんなイケメンよりもイケメン。)
語彙力がなくなって、そんなことしか考えられなくなる。
今は可愛らしさの方が目立つが、もう少し成長すれば何人もの人に告白されるだろう。いや、何人どころじゃなくて何千人かもしれない。いやいや、恐れ多くて誰も告白しないかもしれない。
「これが妹とか冗談かよ。猿じゃんか」
お兄様の一言に耳を疑った。こんなイケメンからこんな言葉が生み出されるのか。
(もしかして、両親に構ってもらえなくて寂しかっただけ? いつもはもっと穏やかなのかな)
「妹が生まれたらお兄ちゃんになるかと思っていたのに……レンは何をしても変わらないのね。」
(あ、そうでもなかったらしい。)
母親のお腹に得体の知れないものが宿って両親から構ってもらえなくなり、グレたのかと思ったがそうではないみたいだった。
「そんな変な奴の面倒なんか見るわけないだろ。」
端正な顔が歪められていて、美形なだけに魔王みたいだ。勇者として魔王を倒した4回目の人生を思い出す。
しかし5歳だというのにこれだけ捻くれているのは心配だ。
将来何かあった時に助けてもらうためにも、今から好かれておく方がいいかもしれない。
だから私はある賭けにでることにした。
成功するかも分からない、一か八かの絶妙な賭け。
けれど占い師だった時の勘が告げている。
(この人には好かれておいた方がいい! そのためには……)
こうして、私の「無表情大作戦」が始まった。
◇◇◇
この世界は1回目の人生と同じ、2000年代の日本だろうと仮定した私は、とりあえずお父様とお母様、お兄様という呼び方を直そうと努力している。
前の世界では貴族で、普段から丁寧な話言葉を意識していたからか、ふとしたものにも貴族特有の言葉を使ってしまう。
何か喋れるようになった時にボロが出ないようにしなければ、と模索している今日この頃である。
と言っても、一言も話すことはできないので、「あー」だとか「うー」だとかで発声練習だ。
そして、近頃は兄への笑顔に全力を注いでいた。
両親へは無表情で接し、兄と2人になった瞬間や、父と母が目を離した隙に兄に向けて全力で笑うのだ。
まだこの世界に生まれてきて一度も鏡を見たことがないから自分が可愛いのかどうかは分からないけれど、美少女と信じて笑うのみ。
兄の心を鷲掴みにするにはこれしかない。
だって両親と兄があんなに美形なのだ。娘の私も高確率で美形だろう。
私が兄に笑いかける度に驚き、不思議そうな顔をする兄が可愛らしくて仕方がない。
(そのうちメロメロにしてやるからな!)
父と母の前では無表情というところがポイントだ。
これで兄が私に好かれているという勘違いをしてくれれば、自己肯定感が上がり、捻くれた性格も落ち着くはず。
両親も“エリカ“がレンの心を開いたと思うだろう。
私は兄という味方を得、両親は私に感謝する。
まさに一石二鳥。
こうして私は今日も兄に全力で笑いかける。
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