第1話 募集要項:時給十二万円
※米澤穂信先生の『インシテミル』の影響を受けた作品です。
主要キャラクター
結月 蓮(ゆづき れん/22)
文学部4年。哲学研究会所属。観察者的視点で全体を俯瞰。
倫理と冷静さの狭間に立ち、実験の「意味」そのものを探る。
羽田 響(はねだ ひびき/21)
心理学専攻。明るく社交的だが、裏では他人の反応を観察する趣味がある。
ムードメーカー。
東雲 沙耶(しののめ さや/20)
女子美大生。無表情で淡々。芸術的感性で「人間の恐怖」を被写体として見る。
黒田 海斗(くろだ かいと/23)
映像学科。監視カメラの配置を把握し、死角を利用して情報を収集する。
観察装置の構造を理解する唯一の人物。
神代 玲那(かみしろ れな/19)
現役大学1年生。子供っぽい言動で場を和ませるが、無意識に核心を突く発言をする。
“観察される快感”を覚えるタイプ。
花岡 楓(はなおか かえで/22)
教育学部。面倒見がよく、調整役。ただしストレス耐性が低く、次第に過敏化。
宮原 蒼(みやはら あおい/21)
経済学部。合理主義者。報酬制度の裏に潜む「金銭インセンティブ」を冷静に分析。
実験運営側に近い思考を見せる。
七瀬 智(ななせ さとる/22)
情報系専門学生。システムのセキュリティに興味を持ち、内部アクセスを試みる。
“観察AI”の異常に気づく。
白波 琴音(しらなみ ことね/20)
音大生。繊細で聴覚過敏。監視カメラの“無音の瞬間”に強く反応する。
恐怖を音として感じるキャラ。
西園寺 陸(さいおんじ りく/24)
元大学生のフリーター。現実に疲れ、「データ提供実験」を小遣い稼ぎとしか見ない。
軽薄さと虚無感を併せ持つ。
加瀬 颯真(かせ そうま/23)
体育会系。義理人情を重んじるが、暴力に走る傾向がある。
“秩序”の名のもとに独裁を始める。
立花 柚香(たちばな ゆずか/21)
心理学部。感情分析アプリのモニター経験あり。AI依存型。
実験データを「感情数値化ゲーム」と誤認する。
雨宮 凛(あまみや りん/22)
演劇学科。状況を芝居のようにとらえる。演技と現実の境界が曖昧。
観察対象として最も“映える”人物。
御堂 慧(みどう けい/20)
理学部。実験条件に興味を持ちすぎて、倫理を置き去りにする天才肌。
榊 悠真(さかき ゆうま/23)
浪人生。内向的だが観察眼に優れる。中盤から“語り部代理”。
結月と思想的に共鳴する。
永田 未来(ながた みく/19)
短大生。明るくお調子者。生存のためなら嘘を重ねる。
可愛げの裏にしたたかさを隠す。
佐久間 礼央(さくま れお/21)
バンドマン。孤立しがち。周囲に不信感を向ける。
御子柴 澪(みこしば みお/20)
文学少女。ノートに全員の行動を記録し始める。
野村 一星(のむら いっせい/20)
地方出身。純朴だが流されやすい。
古賀 涼太(こが りょうた/22)
留年生。皮肉屋で他人を試すような言動をとる。
黒瀬 真帆(くろせ まほ/21)
写真専攻。廃校内を撮影し続ける。
川添 海斗(かわぞえ かいと/19)
専門学校生。人との距離感が極端に近く、心理的“侵入者”。
観察されるよりも“覗く”側を好む。
中条 栞(なかじょう しおり/20)
文学部。結月に好意を寄せる。
芹沢 純(せりざわ じゅん/22)
社会学部。皮肉屋で常に俯瞰視点。
最初に聞こえたのは、金属が軋むような音だった。
古い校舎の玄関扉が、自動で開くときの鈍い抵抗音。
薄い霧の向こう、青白いライトが地面を縁取る。
結月蓮は思わず立ち止まり、深呼吸をひとつした。
周囲には、彼と同じ年頃の若者たち――リュックを背負った者、スーツ姿、パーカー姿、スマホをかざす者。二十四人が、夜明け前の無人キャンパスに集まっていた。
応募フォームにあった言葉は短い。
《被観察型社会実験 時給十二万円》
「時給十二万、って本当かな」
隣で呟いたのは黒田海斗。茶髪を少し伸ばし、耳にピアスをつけた青年だ。どこか人を食ったような笑みを浮かべ、蓮の肩を軽く叩いた。
「十二万。嘘くさいけど、まあ、嘘でもいいさ。俺は“嘘の匂い”を嗅ぐのが得意なんだ」
蓮は苦笑する。
「嗅ぐって……君、何者?」
「フリーの調査屋。前は動画制作会社で働いてたけどね。ブラックでさ。観察されるのは慣れてる」
海斗は肩をすくめた。
彼らの会話を遮るように、校舎の入口が再び軋む。
金属の音。淡い照明。電子音が混ざる。
全員のスマホが同時に震えた。
画面にはQRコードと簡素な指示。
《入館を許可します。提示後、廊下の案内灯に従ってください》
蓮はスマホを翳す。
ゲートのセンサーが青く光り、短く電子音が鳴る。
――入館成功。
校舎の中は冷たく、消毒液と鉄の匂いが混ざっている。
天井には細長いLED照明が並び、蛍光灯とは違う、どこか人工的な青。
壁の一部がガラスになっており、内部配線や古びたケーブルが透けて見える。
「ここ、もとは大学のメディア学部の棟だったらしいよ」
声をかけたのは羽田響。明るい茶髪を後ろで結び、カメラを首から下げている。
「映像サークルとか写真部が使ってたんだって。ほら、あれ」
彼女が指さした掲示板には、色あせたポスター。
《観察会 定例ミーティング》
十数人の学生が笑顔で並ぶ集合写真。しかし、ところどころの顔がモザイク処理されている。
まるで、過去を消すための儀式のように。
「観察会、か」
蓮は呟く。
その文字に、胸の奥がわずかに疼いた。
(どこかで、聞いたことがある気がする)
そのとき、スピーカーから女性の声が流れた。
《ようこそ、群青キャンパスへ。私はOwl。本実験を案内する人工音声です》
滑らかなイントネーションだが、少し間が不自然だ。
海斗が耳を寄せて囁く。
「AIにしては抑揚が人間くさい。台本読みだな、これ」
《本実験は社会心理の再現実験です。参加者は行動データ提供に同意し、実験終了時に高額報酬を受け取ります》
声が続く。
「行動データ、か」
宮原蒼がスマホを見ながらぼそりと言う。黒髪短髪、眼鏡。いかにも理屈っぽい雰囲気の青年だ。
「つまり俺たちは“観察対象”ってわけだ」
廊下の照明がゆっくりと点滅し、進行方向を示す。
全員が無言で進む。
中庭を抜けると、広いラウンジが現れた。
円形の天井には換気ダクトが走り、中央にはガラス製のテーブル。
二十四脚の椅子が半円状に並んでいる。
案内音声が再び響く。
《全員、着席してください》
蓮が座ると、壁の一部が滑るように開き、そこに薄いスクリーンが現れる。
青白い光に照らされて、彼らの顔が均等に照らされる。
《自己紹介をお願いします》
ざわつきが走る。
誰から始めるともなく、数人が立ち上がった。
体育会系の加瀬颯真が笑って手を挙げる。
「俺からいくわ。加瀬颯真。元ラグビー部。今は無職。金が欲しい。時給十二万だろ? 最高じゃん」
笑いが起きるが、空気はどこかぎこちない。
次に白波琴音が立つ。
白いイヤホンを首に垂らし、長い黒髪を指で弄びながら言う。
「白波琴音、音大志望だったけど落ちた。音の響き方が変なの。ここ、空調のリズムが……ずれてる」
彼女の言葉に一瞬、静寂が走る。
確かに、空調の吹き出し音が一定ではない。
周期が乱れ、まるで呼吸するように変化している。
「気のせいだろ」と笑ったのは羽田響だが、笑顔はやや引きつっている。
次々に自己紹介が続く。
職を失った者、夢を諦めた者、逃げ場を探す者。
誰もがそれぞれの“理由”を抱えてこの実験に来ている。
やがて宮原蒼が手を挙げ、規約の一節を読み上げる。
「報酬は『時間×参加×協力度』で差が出る……つまり、俺たちの“協力度”をどう測るかが肝ってわけだ」
「なら、全員協力的にいけばいいじゃん」
加瀬が笑う。
「揉め事起こしたら減給、だろ? 仲良くしようぜ」
そのとき、ラウンジのガラス越しに影が映った。
研究者のような白衣姿――しかし、顔は映らない。
《研究代表の城ヶ崎蓮二です。現在は顔を出せません。音声のみで失礼します》
電子音にまじり、微かに人間的な息遣い。
「顔を出せない?」
海斗が呟く。
「わざわざ“出せない”と言うあたり、怪しいな」
《それでは初期適応テストを開始します。机上の腕輪型モニタを装着してください》
机に置かれた銀色の装置を、全員が手首にはめる。
冷たい金属の感触。
表面には小さなディスプレイがあり、脈拍、体温、ストレス値――そして、感情を示すアイコンが次々に表示される。
喜・怒・哀・楽。
ただし、それぞれの色が異常に淡い。
青灰色に近い“喜”、血のように濃い“哀”。
白波が息を呑む。
「これ……私の“心”を測ってるの?」
《はい。生理指標から感情推定を行い、行動傾向を記録します》
「観察されるって、つまり……」
蓮が言いかけた瞬間、照明が一瞬だけ落ちた。
暗闇。
誰かの息が近い。
そして――耳の奥で、囁き。
「見ているよ」
照明が再び点く。
誰も動いていない。
壁のスクリーンがゆっくりと光り、白文字が浮かび上がる。
《観察は正義か?》
海斗が眉をひそめる。
「……なんだこれ、道徳の授業か?」
誰も笑わなかった。
Owlの声が再び響く。
《これより、実験区域への移動を許可します。個室番号は腕輪に表示されます。お休みください》
蓮は表示を確認する。
Room C-07。
周囲でも同じように確認する音がする。
椅子を立つと、海斗が耳打ちしてきた。
「なあ、結月。お前、あの“観察会”のポスター、見たか?」
「ああ。気になった」
「俺、あれ、ネットで見たことあるんだ。五年前の事件――“群青観察会失踪”。大学のサークルメンバーが十人消えたってやつ」
蓮の心臓が一瞬止まる。
「……嘘だろ」
「嘘ならいいけどな」
海斗は軽く笑い、背を向けた。
ラウンジを出ると、廊下は薄暗く、青い光が天井を走る。
足音が反響し、遠くで何かが動く気配。
個室の扉を開けると、中は簡素な寝台と机。
壁には黒い丸――監視レンズがひとつ。
静寂。空調音。
蓮はベッドに腰を下ろし、深呼吸する。
手首のモニタは脈拍を淡々と計測していた。
画面の片隅に、小さな目のアイコン。
それが、まるで“瞬き”するように光った。
(今、誰かが見ている)
扉の向こう、廊下の先。
遠くで、誰かの靴音が一度だけ響く。
――カン。
その音を最後に、夜が完全に閉じた。
翌朝。
腕輪の画面に、新たなメッセージが浮かぶ。
《第1セッション開始時刻 09:00 課題:「他者理解」》
同時に、ラウンジのスクリーンが自動起動。
そこには一文。
《観察する者は、誰だ?》
蓮は無意識に、自分の肩越しを振り返った。
空気の中で、視線の形だけが、確かに動いた気がした。
(第1話 完)




