表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これはたぶん、ふつうの恋の話。 スピンオフ  作者: AYANO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

後輩

(ヤバイ・・・。さっきからメールと電話が止まらない・・・。どうしよう)


 同じバイオリンで純平の一つ下の後輩である三吉千晴(みよしちはる)は、先輩たちの話を聞きながら、自分のスマホのバイブレーションが止まないことに焦っていた。


 その相手は、純平の元カノの横澤泉水だ。

 泉水に純平を紹介したのが千晴だった。正確には、大学時代に泉水が千晴にオケに所属する純平を紹介するようお願いした結果、偶然を装って紹介した。


 その泉水がなぜか今日の飲み会のことを知っていて、誰から聞いたのか純平が参加することを聞いたため、千晴を通して純平と接触しようとひっきりなしに連絡が来ていたのだった。


(もう、勘弁してほしい! 夏見先輩、婚約者まで連れて来てるのに、泉水に望みなんかないよ・・・)


 千晴は泉水の行動を何度も咎めた。こんなことしても嫌われるだけだから、やめた方がいいと、何度も、何度も言い聞かせた。


 それでも泉水は、純平と付き合っていた3か月間が忘れられず、純平に着信拒否をされていることをわかっていても、自分の電話番号を変更してまで連絡をし続けていた。


 そして最近になって純平に全く連絡が取れなくなったため、躍起になっているのを千晴は知っていた。


「三吉? 大丈夫か?」

「何だお前、さっきからおとなしいな」


 バイオリンの先輩に声を掛けられた千晴は、未だに震えるスマホをカバンに押し込み、「大丈夫です」と曖昧な返事をする。


 夜も深い時間になりお開きとなったところで、会計を済ませたメンバーが次々と店から出て行く。


 梓が店を出る前にお手洗いに行くと言ったので、純平は店内の少し離れた場所で梓を待つことにした。


 その時、先に店の外に出ていたメンバーは、純平と梓の話でもちきりだった。


「でもさ、遠山さん、めっちゃ美人だよな」

「うん。なんかお似合いすぎて、文句のつけようがないというか・・・」

「夏見の奴、羨ましすぎるっ」


 純平の同級生は、ひたすら純平を羨ましがる。

 その一方で女性の先輩たちは―――


「夏見くんさ、あんな美人を連れてこられたら、太刀打ちできないよ」

「まぁ、しょせん私らは、夏見くんの顔だけでキャーキャー言ってるだけだしね」

「そうそう、結局その他大勢の一人なんだからさ、下手に夢を見ちゃうと取り返しのつかないことになるのは目に見えているし」


 そんな話をしながら全員の頭に浮かぶのは泉水の顔だ。

 純平が泉水の押しに負けた形でたった3ヶ月とはいえ付き合えたことで、下手に夢を見て未だに執着していることを考えると、自分たちは現実を見ていて良かったとさえ思えてくる。


 そんなことを話していると、店の並びの歩道を一人の女性が歩いてきた。


「先輩たち、いた。やっと、見つけた」


 その声に全員で振り向くと、そこにはスマホを手に握りしめた泉水が立っていた。


「よ・・・こざわ・・・」

「泉水・・・なんでここに・・・」


 今日、呼ばれても呼んでもいない泉水がいることに、その場にいる全員が固まる。その様子は狂気さえ感じるほどだ。そして、このタイミングで店の中から純平と梓が出てきた。


「すいません、お待たせして・・・」


 純平がみんなの輪に近づくと、人のあいだから泉水の姿が目に飛び込んできた。


「純くんっ!」


 泉水は純平の姿を見つけると、まっすぐに駆け寄っていく。それはまるで、離れ離れになった恋人に再会したかのような雰囲気で、今にも抱きつこうとしていた。

 しかし純平は、そんな泉水を冷たく制する。


「来ないで横澤。俺に近づかないで」

「なんで・・・? 純くん。せっかく会えたのに・・・」


 泉水は何一つ理解していない。

 純平が丁寧に、何度も、付き合えない理由を話しても、理解するどころか全く受け入れていなかった。


「泉水、夏見先輩を困らせないで。私と一緒に帰ろう」

「うるさいっ! 千晴、散々私の電話もメールも無視して、何言ってるの?」

「だって、場所を教えたら泉水、押しかけて来るつもりだったでしょ・・・」

「押しかけるって何よ。純くんは私と・・・」


 泉水と千晴が言い合っている間に、純平は堪らず割り込む。


「横澤、俺たちはもうとっくに別れただろ。俺は何度も言ったはずだ。付き合えない理由も話して、何度も謝罪した。頼むからいい加減、現実を見て欲しい。そこから目を逸らさずに受け止めて欲しい」


 梓は純平の背中に隠されていて、そのやり取りを聞くだけだった。

 それでも怖くて、思わず純平のコートをギュッと握る。


「それに俺、結婚するんだ。最愛の人と。だからもう、こんなことやめてくれ」


 純平が結婚すると言った瞬間、泉水は目の前が真っ暗になった。


 大学時代から恋焦がれて、卒業してからはしばらく忘れていたけれど、偶然出会った時にやっぱり好きだと思った。

 そして、何度か他の人も交えて食事に行って、その帰りに告白した。


 最初はすぐ断られたけど、3回目でOKを貰えた時は飛び上がるほどうれしかった。


 「夏見先輩」って呼んでいたのを、「純くん」って呼んでいいか聞いて、いいよって言われた時は思わず抱きついてしまって、それを純くんは優しく受け止めてくれた。


 それから初めてキスをしたときも、初めて二人で夜を過ごした時も、純くんはずっと優しかった。


 でもその日を境に、純くんは私に触れなくなった。


 はじめは気のせいだと思った。

 でも、キスはおろか、手も繋いでくれなくなった。

 そして、だんだん苦しい顔を見せるようになった。


 寂しい、一緒にいて、そうお願いしても、その願いは叶わなかった。


 それからすぐ「もう、これ以上付き合えない。別れて欲しい」と言われた。


 なんで? どうして? あんなに優しかったのに。別れたくない。

 どんなに私が懇願しても、純くんは受け入れてくれなかった。


 純くんが私の気持ちを受け入れないなら、私も純くんの気持ちを受け入れない。


 「忘れられない人がいる」って言ってたけど、それはただの口実。

 だから私は今でも、純くんに受け入れてもらおうと思っている。

 なのに・・・なんで・・・?


「結婚って、ウソだよね? どうせそれって口実なんでしょ」

「口実なんかじゃない。・・・彼女が俺の婚約者で、ずっと忘れられなかった人だよ」


 純平は梓の肩をしっかり抱いて、泉水に梓の存在を知らせた。

 本当は何をされるかわからなかったから、梓の姿は見せたくなかったが、こうなるとどうしようもなかった。


 梓の姿を見た泉水は、うまく言葉が出てこない。

 自分と別れるための口実だと思っていたのに、実際にその人だと紹介されるとは思ってもいなかった。


「あの、初めまして・・・。遠山梓といいます。純平くんとは高校の同級生で、二重奏のパートナーでした」


 梓は、オケメンバーにした時と同じように、泉水にも挨拶する。

 しかし泉水からの返事は一切ない。その口から溢れたのは、絶望の言葉だった。


「ウソ・・・そんな・・・」

「ウソじゃない。俺と梓は高校の時に付き合ってた。でも、事情があって離れ離れになって、それでも俺はずっと梓を忘れられなかった。そして10年ぶりに再会して、プロポーズしたんだ」


 純平から現実を突きつけられた泉水の目には、梓の右手に光る婚約指輪が飛び込んできた。


「・・・なんで・・・なんでよ、10年も会わなかったクセに・・・・・・近くに私がいたのに、なんでその人なの・・・・・・」


 泉水は周りに人がいても関係なく、涙を流して泣き出す。


「ほら、泉水。もうわかったでしょ? 夏見先輩のことはもう・・・」

「いやっ! わかんないっ! 私の方が純くんのことを・・・!」


 泉水は子供のように駄々をこね、千晴やその他のメンバーを困らせる。

 すると何を思ったのか、梓は泉水の目の前に立ち、その顔をジッと見つめた。

 それに気づいた泉水は、梓を睨みつける。

 梓はそれに気づきながらも、意を決したような面持ちでゆっくりと口を開いた。


「あなたは、これまでの純平くんの全てを受け入れる覚悟はある? そんなに純平くんのことが好きなら、それくらい出来るわよね?」


 唐突に質問された泉水は、困惑してしまった。


「・・・・・・は? なんでそんなこと・・・」

「じゃあ、質問を少し変えるわ。あなたから純平くんはどう見えているの?」

「そんなことあなたに・・・」

「いいから、質問に答えて」


 泉水は梓の何とも言えない迫力に押され、静かに口を開いた。


「純くんは、カッコよくて優しくて、バイオリンも上手くて・・・・・・」

「・・・・・・それで? 他には?」

「他には・・・背が高くて、王子様みたいにキラキラ輝いていて・・・・・・」


 そこまで話を聞くと、梓はひとつため息を吐く。

 それは、呆れのような失望のようなため息だった。


「・・・あなたは、純平くんの外側だけしか見ていないのね」

「・・・・・・!! じゃあっ! あなたは純くんの何が分かるんですかっ!」


 ケンカ腰に泉水に言われても、梓は冷静に静かに答えた。


「私は純平くんの強いところも、弱いところも見てきた。私が家族のことで悩んでいた時、同級生にひどいことをされた時、純平くんは常に私のそばに寄り添って励ましてくれた。時には正面から立ち向かってくれた。それとは反対に、コンクールで思うような成績が残せなかった時、私の見えないところで、悔しくて涙を浮かべてた。私はそんな純平くんを3年間ずっと見てきた」

「梓・・・・・・」


 純平は、梓がいま自分のために泉水と向き合っているのを、黙って見守り続けるしか出来なかった。

 それでも梓がちゃんと立っていられるように、しっかりと後ろから支える。

 梓は純平の温もりを感じながら、泉水に再度尋ねた。


「私は純平くんの強いところも弱いところも、私と離れている間に純平くんが経験した全てのことも、あなたとのことも、全部ひっくるめて受け止めたわ。その上で、純平くんと共に支え合って生きていくって決めたの。あなたにそれが出来るの?」

「そ・・・そんなこと、私だって・・・」


 泉水は、自分の方こそ純平を愛している。だから、それくらいのことはできる、そう言いたかった。しかし、次の梓の言葉で、それがどんなに覚悟がいることかを突きつけられた。


「それじゃあ、あなたは、私と純平くんが共に過ごした高校3年間を全部受け止められるの? 私と純平くんは二重奏のパートナーとして、3年間過ごしたわ。それこそほとんど毎日、春も夏も秋も冬も、毎日毎日一緒に過ごした。そして、お互いに恋をして想いを伝えあった。その3年間をあなたは受け止められるの?」


 梓は泉水にどれほどの覚悟があるのか確かめたかった。

 別れた後も純平を困らせてまで執着する彼女の本気度を、この目で見たかったからだ。


 対する泉水は、純平が他の女性といるところを見たり、考えたりするだけで嫉妬でどうにかなりそうだった。それなのに、高校時代に濃密な時間を過ごした梓とのことを受け入れるなんて、自分には出来ない・・・無意識のうちにそう思ってしまった。


 あんなに純平のことを愛している自信があったのに、今は梓に何も言い返せなかった。


 悔しそうな顔で梓を睨みつけることしか出来ない泉水を見て、梓は確信する。泉水には純平を支えるだけの覚悟がない、と。


「・・・・・・わた・・・しは・・・」

「純平くんの外側しか見ていないあなたに、全てを受け止めるのは無理だわ。そんなあなたに純平くんを支えていくことなんて到底不可能よ。あなたは純平くんに一途に恋している自分に酔っているだけよ」

「・・・・・・!!」


 梓から痛烈なひとことをもらった泉水は、それ以上梓の顔も、純平の顔も見れなかった。


 泉水に言い切った梓は、申し訳なさそうに後ろにいる純平を振り返る。


「・・・・・・ごめんなさい、純平くん」

「なんで梓が謝るんだ?」


 純平が梓の頬に手を添えると、その上から梓の手が重ねられた。しかし、その梓の手は微かに震えていた。


「ちょっと、言い過ぎたかなって・・・」

「そんなこと・・・二人のために勇気を出してくれたんだろう? ・・・ありがとう」

「うん・・・」


 見つめあう二人を、泉水はただ見ていることしかできない。

 梓に言われた、純平の全てを受け止められるのかと聞かれた時、泉水はすぐに返事をすることができなかった。


 純平が高校3年間をどう過ごしたかなんて考えなかったし、そんなことどうでもいいと思っていた。大事なのは過去ではなく、現在(いま)だから。


 でも、現在の純平を造っているのは、過去があるからだ。

 その過去を否定することは、現在の純平も否定することになる。


 だから梓は、全てを受け止められるのかと聞いたのだ。


 それに対しての泉水の答えは、あえて聞かなくても出ているようなものだった。


 泉水は梓のことを愛おしそうに見つめる純平を見て、自分には一度もそんな目で見られたことはないなと、今さらながら実感していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ