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これはたぶん、ふつうの恋の話。 スピンオフ  作者: AYANO


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2/6

過去

 その日の夜、レッスンを終えて帰宅した純平と梓は、いつも通りに夕食を済ませ、風呂に入り、一緒に歯磨きをして、二人でベッドの中に入る。


 いつもならここでおやすみのキスをして眠りにつくが、今日は純平の大学時代の話をするため、梓は仰向けに、純平は身体を梓の方に向け、右手で自分の頭を支え、左手は梓の髪や顔、手に触れる。


 そして純平は、一人目の彼女の話をし始めた。


 大学2年生か、3年生かどっちだったかわからないくらいうろ覚えだが、何回か告白してきた女の子と付き合った。

 付き合った理由はただ単に、梓を忘れられるならと思ったからだ。

 しかし結局その子とは、キスどころか手も繋がず、なんならデートもせずに別れた。


「どうしてすぐに別れたの?」

「そんなの決まってるだろ。梓のことが忘れられなかったんだよ。他の女の子といたら、少しは忘れられるかなって思ったんだ。だけど・・・無理だった」


 その子と別れてしばらくした頃、今度は大学のオケで同じバイオリンだった女の子に告白された。

 バイオリン同士で話も合ったし、今度は大丈夫かなと思った。


 でも、二人で出掛けることはあっても、それ以上先に進もうという気にはどうしてもなれない。


 そんな純平に業を煮やした彼女は、純平に自宅のアパートまで送ってもらった後、強引に部屋に連れ込み、玄関先でキスをされた。


「その瞬間さ、俺、気持ち悪いって思ってしまったんだ・・・」

「え・・・・・・」

「女の子相手にサイテーだよな。そして、そう思ってしまった自分にも嫌気が差してさ、自分で自分が許せなくて・・・・・・。これ以上その子を傷つけたくなかったから、そのあとすぐ別れたんだ」


 純平と別れた後、その子は大学こそ辞めなかったものの、オケは辞めてしまった。


 梓は、純平の過去の恋人の話を聞いて、自分が思っていた以上に浅い付き合いだったんだなと少し安心したのと同時に、彼女たちに対して嫉妬ではない、別の複雑な思いが込み上げてきた。


 この気持ちが何なのか、この時の梓にはまだわからなかった。


「そのあとは・・・? もう恋人はいなかったの?」

「それは・・・・・・」


 純平は梓に全て話すと約束した。

 だからきちんと話すつもりだ。


 ただどうしても、話す前に梓のことを抱きしめたかった。

 梓を安心させるために、そして自分が安心するために。


 純平はそばにいる梓に覆い被さるような形で、自分の腕の中に閉じ込めた。


「梓、これから話すことは、もしかしたら聞きたくないことかもしれない。これ以上聞きたくないと思ったら話をやめるから、我慢せずにちゃんと言って?」

「・・・・・・うん、わかった」


 それから純平は元の体勢に戻り、三人目の彼女の話を聞かせる。


 横澤泉水(よこざわいずみ)に出会ったのは、大学3年の終わり頃。

 ピアノ科の一つ下の後輩である泉水は、純平と同じ大学オケに参加しているバイオリン科の女の子と仲が良く、その関係で知り合った。


 そして、大学内のとある発表会に純平はソロで出ることになり、そのピアノ伴奏を依頼したのが泉水だった。

 その当時はただの後輩、ただのピアノ伴奏者というだけで、恋愛関係では全くない。


 その頃の純平は、二人の彼女と立て続けに短期間で別れたこともあり、恋愛には消極的で女の子たちとは極力距離を置いていた。


 大学オケの先輩の五十嵐も、その頃から純平に女の子を紹介しようとするが、ことごとく断られ、その度に「忘れられない子がいる」と言って断っていた。


 純平のその話は大学オケ内では有名な話で、それを泉水も友人を通して聞いていたし、知らないはずはない。


 そして、大学卒業して約2年後に、泉水とたまたま再会した純平は、それをきっかけに度々飲みに行くようになり、泉水から「大学時代から好きだった」と告白され、最初のうちは断ったものの、3回も告白してきた泉水に対して、そんなに言うならと付き合うことにした。


 純平は泉水に特別な感情などなかった。ただ、梓のことを想い続けるのが辛くて、誰かに縋りつきたかったのかもしれない。それがたまたま泉水だっただけだ。


「付き合ってしばらくした頃・・・・・・そういう雰囲気になって、初めてキスした。そしてそのまま・・・・・・」

「・・・・・・うん」


 梓は耳を塞ぎたいのを我慢して純平の話に耳を傾ける。

 純平も、梓を傷つけるだけとわかっていながらも話を続けた。


「それから朝を迎えて、隣で寝ている彼女の顔を見た瞬間、ものすごい後悔と虚しさが押し寄せてきたんだ。そして俺はこの日以来、彼女に触れることが出来なくなった」

「えっ・・・・・・」

「彼女と身体を重ねたのは、その1回きり。何度か求められたけど・・・・・・俺が無理だった。どうしても梓の顔が浮かんできて、彼女とそういう行為をしたいと思わなかった。俺は彼女に求められる度に理由をつけてはぐらかして・・・。終いには彼女と一緒にいるだけでも苦痛だった」


 梓は苦しそうに話す純平の首に腕を回して、純平を抱きしめる。

 自分がこんなに苦しめていたと思うと、罪悪感で一杯だった。


「ごめんなさい、純平くん・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」


 気が付くと、目から涙が止めどなく溢れる。

 こんなにも一途に自分を愛してくれている人を、10年間もほったらかしにしてきた自分が許せない。


 せめて連絡くらいするべきだった。

 いま、そんなことを言っても仕方ないことはわかっているけれど、梓は過去の自分に文句を言ってやりたくてしょうがなかった。


 純平は梓の背中を優しく叩き、落ち着くのを待つ。

 こうして二人で暮らし始めて、仕事をし、結婚の約束しても、10年の空白の時間を取り戻すには、まだまだ足りない。


 でも、自分たちはもうあの頃の自分たちじゃない。


 これからも様々な問題が降りかかってくるだろう。その時は二人で話し合い、協力して乗り越える力が10年前よりも備わっている。


 お互いがお互いのために、傷つき傷つけないように支え合っていくことを約束したのだから、この先は何があっても大丈夫。


 純平は梓にそうやって言い聞かせた。


 しばらくして、落ち着いてきた梓の額に純平は自分の額を合わせ、至近距離で二人は見つめ合う。


「落ち着いた?」

「・・・・・・うん、ごめ・・・」

「謝らないでいい。大丈夫だから、謝らないで。俺は、他の女の子を利用して梓を忘れようとしたサイテーな男だ。梓はそんな俺を再び受け入れてくれた。それだけでもう十分なんだ」


 純平はそう言うと、梓に軽くキスをし、強く抱きしめた。


「梓、まだ話の続きがあるんだ」

「・・・・・・え、まさか4人目?」


 梓のその言葉に、純平は思わずフッと笑う。


「違うよ、最後の子の続き。昼間、五十嵐先輩に言っていたのは、その子のことなんだ」


 それから純平は、泉水と別れてからの話をした。


 梓のことを吹っ切れていない純平は、泉水との交際が3カ月目に入ったところで別れを切り出す。

 当然泉水は、別れを拒否した。


 今は好きじゃなくてもいいからそばにいて欲しい、別れたくないと、泣きつかれた。

 でも純平は、これ以上自分の気持ちに嘘を吐けなかったし、こんな気持ちのまま他の女の子と交際することは出来ない。

 その気持ちを素直に打ち明けてもなお、泉水は別れを了承してくれなかった。


 その頃から、花純から今のバイオリン教室の運営を純平に任せたいという話が本格化し、花純も頻繁に東京に出てきていた。

 そのため、泉水から着信やメールがあっても、取れないことや返信できないことが多くなっていた。それに、いくら泉水に言われたところで、自分の意志は一切変わらない。


 泉水のためにも、こんな交際は続けるべきじゃないと考えた末の結果だ。


 そして、純平が別れを切り出して1カ月が過ぎた頃、泉水からやっと別れに応じる旨のメールが届く。

 純平もそのメールに対しては、きちんと返信した。


『大切にしてあげられなくて、本当に申し訳ない。君の幸せを願っています』


 そんなメッセージを送る。

 それで終わりだった。終わりにしたはずだった。


「別れてから半年くらい経ったころ、また頻繁に連絡が来るようになったんだ。その時にはすでに花純先生から教室の運営を任されていて、何もかもが手探り状態で、必死に仕事をしていたんだ。それこそ毎日クタクタで、教室と家との往復しかしていなかった。それなのに追い打ちをかけるようにひっきりなしにその子から連絡がきて・・・もういい加減迷惑だって、着信拒否したんだ。それでも電話番号を変えてまで、年に数回、今でも連絡があるんだ」


 梓は、純平が今でもその子のことで悩んでいるとは思わなかった。

 そこでふと、昼間のことを思い出し、純平に尋ねる。


「その彼女が、今度の飲み会に来るかもしれないってこと?」

「・・・うん、そう。大学オケの飲み会に、ピアノ科は基本いないはずなんだ。なのに、五十嵐先輩の様子が怪しいと思って聞いたら、案の定ピアノ科も呼んでいるような話だったし、確実にその子・・・横澤がいると思ったから断ったんだ。先輩がどういうつもりなのかは知らないけど・・・」

「そうだったんだ・・・・・・ごめんね純平くん、何も知らずに私・・・」

「だから謝らないでいいって。俺は梓に謝ってもらうんじゃなくて、ありがとうとか、うれしいって言われたい。今回のことも、私をみんなに紹介してくれるなんて、うれしいって言って欲しい」


 純平の真剣な目に、梓はぐっとなる。

 自分よりも、大学時代の純平を良く知る人たちに会う。そして、その人たちに自分を婚約者だと紹介すると言ってくれている純平に梓はひとこと、


「ずっと私を好きでいてくれてありがとう、純平くん」


 そう言って笑顔を見せた。


「!!! 梓っ!」

「きゃっ」


 そんな笑顔を見せられて純平がおとなしく出来るわけもなく、そのまま二人は甘い時間を迎える。


 純平は、梓と離れていた10年間の、特に女性関係のことを打ち明けたことで、軽蔑されたり、嫌われるかもしれないという覚悟をしていた。

 付き合った三人とも、梓を忘れるために利用したと自分でも思っていたからだ。


 でも梓は、そんな純平の予想を遥かに超えて、好きでいてくれてありがとうとまで言ってくれた。

 そのひとことが、どんなにうれしくて、どんなに純平を安心させる言葉なのか梓はわかってはいないだろう。それでも、その言葉を意図せず言ってくれる梓のことを、純平はより一層大切にしようと決めた。


 深夜、二人は肌に何も身に着けず、布団の中でお互いの足を絡ませながら、肌を重ねた余韻に浸っていた。


「梓、もしオケの飲み会に横澤がいても、堂々としていて。俺もちゃんと梓のことを最愛の人だって、大切な婚約者だって紹介するから」

「うん、わかった」

「あとさ明日・・・っていうか、もう今日だな。特に予定とかってある?」


 今日は木曜日で、教室は休校日になっている。


「別に、何もないよ」

「そしたらさ、携帯ショップに行きたいんだけど、付き合ってくれない?」

「いいけど・・・純平くん、スマホ替えるの?」


 梓に聞かれて、純平はそれも正直に話す。


「横澤から年に何回か連絡が来るって言っただろ?」

「うん」

「そんなの、電話番号を変えれば、すぐに切れる縁だったんだ。だけど、そうしたくても出来なかったんだ」


 梓はそこまで言われて、気が付いた。


「もしかして・・・私が純平くんのそのスマホの番号を知っていたから・・・?」

「・・・・・・そう。梓からいつ連絡が来るかわからなかったから、変えるに変えられなかったんだ。でも、それももう終わりだ。クリスマスからずっと慌ただしくて、そこまで頭が回ってなかったけど、この話をするって考えた時に思い出した。梓と再会したら、絶対スマホの番号を変えてやるって思っていたんだよ」

「そっか・・・わかった、付き合うよ」


 純平は長年の悩みの種である、泉水からの着信にうんざりする日々にピリオドを打つため、スマホの電話番号の変更をする。


 電話番号が変わってしまうため、あちこちに連絡しなくてはいけないが、悩みを解決できるならこれくらい何とも思わない。


 こうして二人はこれまで以上にお互いを強く想い、より一層愛が深まっていった。

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