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 そう言えば、ワイドショーのVTRもあのサントラで終わってたっけ。


 浅子勉は軽く首を傾げた。


 かくして一年後の今日、彼は、当時と変わらぬ警備用の機材を保ちつつ、当時より更に荒んだ趣きのある玄関構えをしみじみと見上げている訳だが……


「あのワイドショーが放送されて間も無く、末松さん、逮捕されたんですよね」


「あぁ、府の条例違反でな。おっかない真似ばっかするから、町内会の総意で警察へ訴えたってん」


「違反? 恐喝罪ではなく?」


「そうそう。あいつ、その辺がえらくタチ悪い。ほら、あの張り紙にせよ……」


「沈める、って奴ですか?」


「何処へ、とも、何を、とも書いとらんやろ」


「曖昧ですねぇ」


「何かと持ち出す金属バットにせよ、素振りの真似が精々で、ウチらへ振り上げたりせんしな」


「確かに武器じゃなく、杖代わりって言い訳できそう」


「一事が万事、抜け道を用意してけっかる。お陰で逮捕後、すぐ釈放されて、元の木阿弥や」


 虎縞のおばちゃんは憎々しげに道路へ唾を吐いた。






「なぁ、ど~しても行くんなら、あんたのスマホ、ちょいと出してんか」


「は?」


「ウチの番号、教えたるさかい」


「はぁ?」


「もし捕まって、酷い目にあいそうなら電話しぃや。ウチ、他のご近所さんと待機しとるさかい」


「そんな……ご迷惑では」


「実は、あいつの顔、ここ暫く見とらンのよ。何でかなぁ、家ン中へ引きこもって、イチャモンもつけてこんようになった」


「それって、ご近所の皆さんには好都合なんじゃ?」


「ン~、でも家ン中で死んでたら、あのクソジジィ、化けて出そうやんか」


「……近頃、ネットで話題の事故物件って奴ですね」


「丁度良ぇ。あんた、確かめて」


「え!?」


「ウチも鬼やない。何か腐ってるみたいな、嫌~な匂いがしたら、そこで回れ右や。引き返して良ぇわ。ちょびっと、ウチへ電話だけ入れてくれたら」


「……で、でもォ」


「ほら、さっさとスマホ出し。若いわりにドン臭い奴っちゃな!」


 嫌も応もない。


 慣れた手つきで電話番号を交換したかと思えば、虎縞のおばちゃん……隣家の表札を見たら三好と出ていたが……浅子を末松家の板塀へ力づくで追いやる。


「み、三好さん、押さないで。コワイ! 背中が鉄条網へ触れそうです」


「往生際が悪いで。取り合えず、あんたしか犠牲になる奴がおらへんの」


「さっき、ボクに帰れと言った癖して」


「もう忘れました。ほ~ら、玄関と板塀の境目、手を掛けられる所があるやろ?」


「ソコ、登れって言うんですか!?」


 最早、三好のおばちゃんは答えようとせず、ひたすらグイグイ押して来る。理不尽な生贄扱いに反発する余地さえ無い。


 浅子が板塀へ指先を触れると、監視カメラの鎌首がキュンと軋んで、こちらを向いた。


 くたびれた安物だが、よくある外観だけのフェイク・カメラじゃない。


 薄汚れたレンズの焦点が、多量の脂汗に濡れる浅子の横顔を間近で捉えかと思えば、間髪置かず、例の爆音が轟く。


 鼓膜が破れそうな『ワルキューレ』の音圧に耐え、運動不足の弛んだ体で、浅子は何とかよじ登った。


 でも板塀の天辺をまたぐ寸前、三好のおばちゃんの方を振り返ってみると、少々様子がおかしい。


 なまんだぶ、なまんだぶ。


 ショッキングピンクの髪を揺らし、徐々に後ずさりながら、こちらを拝んでいる。


「あの……それ、何のおまじない?」


 答えを聞くまでもない。いつの間にか玄関から出ている背の高い老人の姿に、浅子は気付いた。


 スピーカーの爆音のせいで数奇門が開く音も、背後へヒタヒタ迫る足音も、彼の耳へは一切届かなかったのだ。


「うひゃっ!?」


 だらしない悲鳴を上げ、板塀から転落する浅子の首根っこを末松が鷲づかみにした。


「ほぉ、わしの家に忍び込むなんざ、良い度胸しとるのぅ、若造。命、惜しゅうないんやのぅ」


 強く打った腰の痛みも、浅子は殆ど感じなかった。


 野太い声を上げる末松の青白い肌は一段と骸骨に近づいた雰囲気を漂わせ、目が合うだけで背筋が凍りつく。


「み、三好さん、助けて下さい」


 悲鳴を上げた所で、既に虎縞のおばちゃんはトンズラ。影も形もありゃしない。


「おい、お前、埋められるンと沈められるの、どっちが良い?」


 落ち窪んだ目の奥に暗い光を宿し、皺だらけの骸骨がニヤリと笑った。


読んで頂き、ありがとうございます。

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