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カルトラに潜む策謀①

 空になった金魚鉢から目をそらすように僕は空を見た。太陽はとっくに中天を過ぎ、じきに沈み始めるだろう。この店に来てから凡そ二時間。お腹ははち切れんばかりに膨れていた。


 結局八割程はエリーザが食べてくれたが、それでも子供の体には酷な量だ。彼女にも無理はしなくていいと伝えてはいたが、「マルス様のエキス。マルスの様のエキス」と訳の分からない事を、うわごとの様に言うだけで、一向に手が止まらなかった。胃袋のサイズは普通の人間と変わらないはずなんだが……。


「美味しかったね。エリーザも満足できた?」

「はい。これ以上ない程堪能させて頂きました。是非また来ましょう」彼女は頬をほんのりと赤く染めながら言う。


 エリーザが気に入ったのは嬉しいが、数か月はごめんだ。


「さて。あれをどうするか」僕の言葉に真顔に戻るエリーザ。

「処理致しますか?」

「だめ。こっちから仕掛けるのはまずい」

「誰にも見られずやれますが……」エリーザは不服そうに言った。


 僕らのいるルパンパの前、大通りを挟んで建っている建物の陰に数名の男がいた。彼らは僕らが冒険者組合を出た時からずっと後に付いていた。しかし、あまりに露骨な追跡だったため、あえて対応するのも面倒だと放置していた。せめてカルネラ位の隠密であれば、興味も持てたのだが。


 選択肢はいくつかある。


 一つ、とっとと撒く。これは最もシンプルで楽な作戦。


 二つ、目的を探るためそのまま尾行させる。今後の事を考えれば概ねベストな選択。


 三つ、こちらから仕掛けて理由を吐かせる。これはエリーザにも言った通り却下。こちらから手を出せば責を問われる可能性もある上、実力を隠すという点でも望ましくない。


「よし決めた。四の誘い込んで狩るにしよう」


 エリーザが首を傾げ僕を見た。


「それじゃあ行こうか」


 僕らは会計を済ませ店を後にする。退店時、サービスだと数枚のクッキーが入った小袋を渡された。本当にサービスだけは満点の店である。


 大通りにはまだ露店が並んでおり、少し見て回ることにした。色々な露店が雑多に並んでおり、果物を扱う店には先程食べた、異国の果実が置かれていた。見ているだけで気分が悪くなりそうだったので、別の店に視線を移した。どうやらアクセサリーを扱っているらしい。


 立ち止まり、品物を見ていると、

「良く出来てるだろ。全部あたしの手作りさ。同じものは世界中探したって無いよ」

 店主は細身の女性で、年の頃は四十と言ったところだろうか。


「うん! すごく綺麗」

「坊主は小さいのに良い目をしているじゃないか。どれ、買ってくれるなら勉強するよ。そっちの彼女へプレゼントだろ?」


 良い目をしているのは彼女である。僕が品物とエリーザをちらちら見比べている事からプレゼントであることを推察した様だ。さすが商売人と言うべきだろう。


「そう! お姉ちゃんにプレゼントしたいんだ」

「なんだいお姉さんだったか。いい雰囲気だったもんで、あたしゃてっきり可愛らしいカップルが来たのかと思っていたよ」店主はカラカラと笑った。


「僕ら仲良しなんだ。ね?」

 エリーザを見ると、なぜか鬼気迫る表情で「……彼女……彼女……彼女……」と言葉を反芻していた。僕は話をふるのを諦め、再び品物に目を落とした。


 ネックレスや、ブローチ、髪飾りなど女性ものの装飾品が主なようで、リングは男性用女子用共に用意があった。


 僕は隅にあった、一本の長い紐が気になり手に取る。


「ああそれか。本当にいい目をしている……。きっと彼女には似合うだろうね」

「これはなんなの?」

「嬢ちゃん。ちょっとこっちに来て後ろを向いてごらん」


 エリーザはハッと我に返ると、言われるがまま店主に近づき後ろを向いた。店主は立ち上がり、なにやらごそごそとしている。


「ほれ、出来たよ。想像以上にお似合いだ。弟にも見せてやりな」

 店主はエリーザの肩を掴み回転させる。僕の目の前にエリーザの背中が来た。


 その紐は、エリーザのふんわりとした髪を緩くまとめ結ばれていた。紺の地に、縁を金色の糸がいろどっており、三日月を模した刺繍がいくつか施されている。エリーザの髪よりも僅かに長い紐は風に揺られなびいていた。


 彼女の白い髪には暗い色の紐がよく映える。


 つい見惚れてしまい言葉が出てこない僕に店主は、

「良い男ってのは褒め上手なものだよ」とウィンクしてみせた。


「す……すごい良く似合ってる!」慌てて言葉を絞り出す僕を見てエリーザは「ありがとう」と笑った。


「良い男ってのは金を出し惜しまないもんだ」今度は意地悪そうに笑う店主。


「はい! これを買います。いくらでしょうか?」

「これはね、昔私が旦那からもらったものなんだけど、あたしももうリボンするような歳でもないし、旦那も数年前に亡くなってね。だったら他の誰かに使ってもらった方がこのリボンにもいいだろうと思って、ずっとこの店先に置いてあったんだ。でも、見ての通り地味な紐さ、最近の子らはもっと派手で明るい色のが、可愛いってんで売れ残ってたのさ。今日あんたらが見つけてくれて本当に嬉しいよ」店主は一瞬昔を懐かしむようにエリーザを眺めたが、

「とはいえ商売は商売さ! 勉強するって言ったし、本来なら銅貨五枚のところ一枚にしてやる」と言ってにいっと笑った。


 結局銅貨一枚でそのリボンを購入すると、僕らは店主にお礼を言い再び歩き始めた。エリーザの足取りが軽く、どうやら喜んでくれている様で安心した。

 

 建物の間を通り抜けるよう僕らは路地へと足を踏み入れた。幅はエリーザが両手を広げてもまだ余裕がある程度で、大通りに比べれば暗いが、昼間ということもあり視界は良好。


 進むにつれ、雑踏の音が僅かに小さく聞こえるようになった。ここまでお膳立てしたのだから、早く出てきて欲しいものだ。僕の期待に応えるように数人の男が前後から挟み込むようにして現れた。


「お前ら今日冒険者に登録した女と子供だな。いきなりゴールドランクたあちょっとやりすぎじゃねぇか?」一人の男が一歩前に出て喋り始めた。


「決めたのは私たちではありませんので」エリーザが淡々と答える。


「言うじゃねぇか。理事長にどんなサービスしたか教えてくれよ。なんだったら実際にやってくれてもいいんだけどよ」

「特に何もしておりませんので、お答えしかねます」

「まあどっちでもいいさ。どうせお前らはここで終わりなんだからよ」男は更に数歩歩み寄り、腕を伸ばせば届く距離まで近づいた。


「子供も一応売れる。あんまり傷をつけるなよ。女の方は結構いい顔してやがる。これは暫く遊んで暮らせるぜ」周りの男たちに言い含めると、エリーザの顔を覗き込んだ。


「……あ? てめぇ顔に傷があるのか? ふっざけんなよ! 値に響くじゃねえか」 

 暗がりで見えていなかったのか、エリーザの傷をみて男は激高した。


「くそがっ! 醜女がよぉ!」


 男はその言葉と共に壁に顔から突っ込んだ。周りの男達は何が起きたのか理解出来ていないようで、誰一人動かない。


「お姉ちゃん。あの人壁とキスしてるー」

「こらマルス見ちゃいけません。世の中には変わった趣味の人がいるの」


 僕たちが軽口を叩くのを見ていた、一人の男が表情を強張らせて声を張り上げた。


「てめぇら何しやがった!」

「風を出したんだよ。こうやって」空中に魔法陣を描くと、また一人男が壁に突っ込んだ。


「……魔法か! 聞いてないぞ!」逃げ出そうとする男がまた壁に叩きつけられる。

「……くそっなんでこんな」男たちは腰を抜かし、地面に倒れこんだ。


 最初の一人が飛び上がるように意識を取り戻した。辺りを見ると数人の男が自分と同じように転がっていることに気が付き、顔から血の気が引くのが見ていて分かった。


 次の瞬間、男は再び壁に激突した。威力は先程より落としてあり、意識を刈り取るには至らない。既に顔のあちこちから血が垂れており、歯も数本無いようだ。


 壁に吸い寄せられるようにまた男は飛ぶ。倒れる。飛ぶ。倒れる。飛ぶ。何度も何度も繰り返し、男は完全に意識を失った。


 それを見ていた男たちは言葉も出せず、ただ体を震わせ、失禁する者もいた。


「…………な、なんで……ここまで……」震える声で誰かが言った。

「お前らはエリーザを侮辱した。他に理由が必要か?」


 辺りは静まり返り、遠くの雑踏が身近に聞こえた。


 残りの男達をまとめて壁に叩きつけると、僕は一息ついた。


 男らの数は六名、持ち物を検めると皆冒険者だということが分かった。ランクはアイアンからシルバーまでおり、手形はまとめて回収した。


 当初の作戦では相手から先に仕掛けさせる算段だったのだが、こうなっては仕方がない。いやはや、全くもって仕方がない。


 ……こいつらどうしよう。


「よしっ。組合に持っていこう! 悪いのは管理がなっていない冒険者組合の方だ。責任もって隠ぺい。もとい処罰してもらうしかない」

 エリーザも「全くです」と頭を上下に振っている。


 なるべく人目に付かないよう裏路地を駆使し、僕が二人、エリーザが四人の男を引きずりながら、ようやく冒険者組合の前に辿り着いた。


 太陽は大分傾き、すっかり茜色の空だった。依頼終わりなのか、昼間よりもホール内は騒がしく、もはやここは酒場という雰囲気になっていた。そんなところに男を引きずった子供と女が現れれば騒ぎになるのは当然の事だった。


 ざわつく冒険者達の隙間を縫い、カウンターに付くと「カルネラさんはいますか」と尋ねた。見知らぬ受付嬢は明らかに不審がりながら奥へと消えていった。


 突き刺さるような視線を感じながら待つこと数分。先程の受付嬢と共にカルネラが現れた。彼女は僕らを見ると、一瞬目を見開き驚いた表情を浮かべたが、すぐに他の者に男たちを拘束するよう指示した。


「お二人はこちらへ」彼女は小声でそう告げると、僕らを連れ立って今朝ぶりの応接室に向かった。


 カルネラがドアをノックし部屋に入ると、ガルドが奥の机に座り書類仕事をしている。


「こんばんわ」

 僕が顔を引き攣らせながらそう言うと、ガルドはかけていた眼鏡を机に置き、事態が呑み込めないというようにカルネラを見た。


 彼女も僕らがボコボコの男達を引きずってきた事以外は知らない。カルネラが首を横に振ると視線は自然と僕らに集まった。


 仕方がないので、僕は事のあらましを手短に話した。


「そんなわけなんです」

 聞き終えたガルドは眉間をつまむと俯き、ため息をつく。


「マルスよ。君は目立ちたくないと言っていなかったか?」

「言いました」

「今ホールでは君たちの話題で大盛り上がりだそうだ」

「……はぁ」

「君ならもっと穏便に出来ただろうに……」

「お言葉ですが、そもそもあいつらがエリーザの事を侮辱したのが悪いのであって僕らは悪くありません」

「子供みたいな言い訳をするな。……いや。子供ではあるんだが」

 ガルドは頭を左右にふり、言葉と続けた。


「まあいい。彼らの事は分かった。もちろん君達に非が無い事も分かっている。組合としても今回の事を公にはしない。だが、噂を止めることは出来んよ」

「それで構いません。ありがとうございます」

 僕が頭を下げるとエリーザも真似る様にお辞儀した。


「あいつらの言っていた事で少し気になることがあるんですが、聞いても良いですか?」


 ガルドは真面目な顔で「なんだね」と、こちらを見る。

「僕やエリーザの事を売れると言ったんです」

 途端、ガルドは目を見開いた。


 僕の知る限り、このアルファンド王国では人身売買が禁止されていた。数十年の間に変わったという事も考えられるが、ガルドの反応をみるにそうではなさそうだ。


「これは、まだ調査中の情報なんだが――」彼はぽつりと語りだした。


「最近、カルトラでは人攫いを目的とした事件が数件起こっているんだ。いずれも、近くに居合わせたものが阻止したため公にはなっていないがね。問題はこの事件の犯人が低ランクの冒険者や街のごろつき共だって事だ。これは冒険者組合の信用にも影響する」

 そこまで言うとガルドは息を吐き、片手で頭を抱えた。


「取り調べの結果、犯人達は皆、黒いフードの人物に話を持ち掛けられたと証言している。それが一体何者なのかはまだ分かっていないがね……。まあ直に全て白日の下に晒されるはず。それまでは気を付けてくれって話だ」


 街で起きている人を攫う事件。


 それを扇動している黒いフードの人物。


 この街で何かが起ころうとしている。そんな漠然とした予感を抱きながら僕らは冒険者組合を後にした。

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