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冒険者組合

 僕はまさに今、危機を迎えていた。


「マルス様……? もう寝ちゃったんですか? 嘘だったら悪戯しちゃいますよ?」


 背後から聞こえるエリーザの声と吐息が、僕の心拍数を加速度的に増加させる。逃げようにも彼女の腕は僕の首元を抱き込むような形に絡みついており身動きが取れない。


 しかも、嘘だったら悪戯するという事は、今更嘘でしたと言っても既に手遅れなのではないだろうか?


 僕は、寝たふりがばれないようにするため、なんとか平静を保とうと、こうなってしまった原因に思いを()せた。



 時計台を出た僕らは、気もそぞろになりながら、夕食を適当な酒場で済ませ、数日を過ごすための宿を探していた。


 見つけた宿の名は、<タルムの宿>。名前の通り、タルム夫妻が営む宿だった。


 扉を開けるとチリリンとベルが鳴り、恰幅(かっぷく)の良い四十代そこそこの女性が、タッタッタッと小気味の良いリズムで走ってくる。


「数日滞在したいのですが、部屋はあるでしょうか? 出来れば、個室でお願いします」


 エリーザが質問すると、女性は壁にかかった木片(もくへん)を確認し答えた。


「空いてるよ。一泊銅貨三枚、朝飯が欲しいなら銅貨四枚だけどどうだい?」

 エリーザは確認を取るように僕を見た。僕はうなずく。


「それでは朝食付きの方でお願いします」

「空いている部屋は二つだね。ベッドが一つの部屋と二つの部屋。値段も部屋のサイズも同じなんだけど、どっちがいい?」


「一つの方で」

「二つの方で」


 声がシンクロする。いや同じタイミングで発せられただけで、シンクロには失敗していた。


「お姉ちゃん? ベッドが二つの方が、広くて寝やすいよ?」

 これは僕の言だ。


「いいマルス? 部屋のサイズは同じなの。それならベッドが一つの方が部屋自体が広く使えるのよ?」

 もちろんこちらはエリーザの言である。


 ああでもないこうでもないと、永遠問答を続ける僕らを見かねたタルム夫人は、「まあ、姉弟ならベッドは一つで良いわね」と勝手に決めてしまった。


 あの時のエリーザのニヤリとした顔ときたら……。


 そうして今に至る。


 やはり何が何でも、ベッドは二つにすべきだったと僕は体を前傾に丸めながら思うのだった。


                  *


「朝ごはんが欲しければ早く起きな!」


 廊下から聞こえる女性の声で目を覚ました。昨晩はなかなか寝付けず、いつ眠りについたのか記憶が無い。


 昨晩から体勢はあまり変わっておらず、僕はエリーザに腕枕されたままだった。一晩、枕の代わりを果たした彼女の腕は大丈夫なのだろうかとも思ったが、とても寝起きとは思えないエリーザの(とろ)けた様な顔をみるとその心配も吹き飛んだ。


 僕は昨日仕立て屋でもらった服に着替えると、彼女を連れて階下へと降りて行く。階段の途中から既にパンの焼ける香ばしい匂いがして、腹の虫が鳴った。


 エリーザは「マルスの分は私が用意したかった……」と若干しょげてはいたが、朝食を食べ終わるころには機嫌もすっかり良くなり、「今日は何をしましょうか」などと楽しそうに話していた。


「時間もあるし、今日は冒険者組合にでも行ってみようか」


 僕がそう提案すると、彼女は同意したものの、「結局冒険者とは何をする方々なのでしょうか? 魔獣などでしたら自分で駆除できますし」と、およそ一般人には無理難題であろうことを言う。


「冒険者っていうのは、まあ、エリーザが言ったように魔獣や魔物の討伐はもちろんするけど、それ以外にも、依頼があって、その報酬に納得できれば何でもやる仕事っていうのが正確かな」

「何でもというと、子供の面倒を見てもらったり、皿洗いでもやっていただけるのでしょうか?」

「そんな仕事に高い報酬を出す人間がいないから、実際にはやってる冒険者はいないと思うけど、もしいたらやってくれる人達もいるかもね。むしろ命の危険がなく高い報酬なら人気の依頼になりそう」


 質問した割にはあまり興味なさそうに聞くエリーザ。


「あとは冒険者はランク制になっているんだ」

「ランクですか?」

「そうそう。アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイアモンドの順にランクが上がっていって、それぞれ受けられる依頼が違ったり、ランクに応じた恩恵もあるんだ。今回冒険者登録する理由の一つは手形だけど、もう一つは恩恵の方」

「恩恵? 報酬が高いとかでしょうか」

「依頼の難度が上がるから報酬ももちろんランクによって上がる傾向にあるね。でも恩恵っていうのは、普通の人には入ることのできない未開地への立ち入り許可や、禁書の閲覧権限の付与とか、他にもいくつかあるけどそういう特権? の事だよ」


 彼女はやはり「そうなのですね」と、うなずくだけだった。


                  *


 朝食を食べてから一時間後、僕らは例の冒険者組合の前に立っていた。


 組合の扉は既に開放されており、中にはちらほら冒険者らしき人達が、依頼の張り出された巨大なコルク板の前に、たむろしているのが見えた。


 僕らはいくつか置かれた、テーブルの間をすり抜け窓口に向かい、受付の女性に話しかけた。


「冒険者の登録をお願いしたいのですが」

 いつもの様にエリーザが対応してくれる。


「はい。登録ですね。手数料が銀貨1枚かかりますがよろしいでしょうか?」

 受付の女性は手慣れたように、決められたセリフを言う。


「問題ありません」

「かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いしたいのですが、代筆の必要はありますか?」

「文字の読み書きは出来ますので、必要ありません」

 とても冒険者の登録をしているとは思えないほど丁寧なやり取りが繰り広げられる。


 受付の女性は「こちらに記入をお願いします」と1枚の紙をテーブルに置いた。


「あの、登録は二人です」


 エリーザが僕の背中を軽く抱き、女性に告げる。


「…………こちらのお子さんもですか?」


 それまで、作られたように決まっていた笑顔が、戸惑いの表情へと変わった。まあ、子供が冒険者になるというのはあまり聞かないので、当然といえばそうかもしれない。


「はい。二人分でお願いします」

 エリーザは相変わらずの調子で、話を進めようとする。


「あのですね。冒険者は危険と隣り合わせの仕事です。薬草の採取であったとしても魔獣に遭遇する事があるかもしれませんし、そもそも登録に際して実戦形式の試験もあります。怪我をしてしまう可能性もあるんですよ?」


 女性は語気を強め、エリーザを止めにかかるが、もちろんエリーザが止まるわけがない。


「私の弟は、何よりも強く、誰よりも優しく、世界一聡明な子です。ですので、問題ありません」


 エリーザはそう言うと、作り笑いを浮かべ、いつもの様に僕を撫でた。が、その手には力が入っているのか、いつもの冴えがない。というより苛立っている様だ。


 撫でられ続けたせいで、彼女の感情が手の様子から分かるようになってしまった自分が少し恐ろしい。


 受付の女性は呆れたように「それではこちらを」ともう一枚用紙をテーブルに並べた。


 しかし、困ったことに僕の身長ではテーブルに届かない。


 それを察したエリーザは僕は片手で抱きかかえた。受付の女性は明らかにひきつった笑いを浮かべている。僕は僕で、あまりの恥ずかしさに、記入する手が震えてしまった。とにかく急いで記入を済ませ、エリーザの腕から飛び降りる。


「はい。記入内容に問題はありません」


 女性の態度が、最初よりも確実に冷ややかに感じるのは気のせいだろうか。


「それでは、次にこちらの玉に手をかざしてください」


 その玉は僕のこぶし三つ分程の大きさがあり、中には紫煙(しえん)がうねっていた。僕はその球体に見覚えがあった。というより、その玉を作ったのは僕だった。


 まだ王宮に仕えていたころ、団員の魔力量を視覚的に計測する事が出来ないかと思案した結果生まれたのがそれだ。


 ずいぶんと懐かしいものが、出てきたので僕はしばらく凝視してしまった。まさか未だ現役で役目を果たしているとは……。


 僕が見とれていると勘違いしたのか、それとも本心か「綺麗ね」とエリーザは言った。


「この玉は魔力量を測定するものでして、魔力の量に応じて輝きが増すようになっています」

「ああ。もちろん魔力が無くても冒険者にはなれますので、ご心配なく。ランク付け時の参考にするだけですので」と付け加えた。


 昔の記憶にはなるが、ランクによる恩恵が受けられるのはゴールド以上からだ。しかし、ダイアモンドと判定されてしまっては面倒ごとに巻き込まれるリスクが高い。ここは「少し魔力高いね」位のラインを狙いたい。


 僕がそんなことを考えている間に、エリーザが玉に触れる。玉はわずかに白く光った。


「多くはありませんが、魔力はありそうですね」


 エリーザは魔法は使えないが、体内には魔力が循環している。反応があるのは、ある意味当然と言えるだろう。


「はい。ぼくもどうぞ」


 女性は僕の前に玉を移動する。そして例の如く再び抱きかかえられる僕。


 頭の中ではまだ、どの程度の魔力量がベストなのか結論が出ていないが、羞恥心が思考を鈍らせる。とりあえず元教え子の中で、下から三番目位の魔力量なら多すぎるという事は無いだろうと考え、魔力を抑えながら、玉に触れた。


 玉はキラキラと白く輝いた。


 まあ、こんなもんだろう。魔力のコントロールも上手くいったし、これなら、査定にもいい影響があるはずだ。


「……こ、こんなのありえません!」


 いきなり大声を出した受付の女性にホール内の視線が集まる。


「この輝きの大きさ……。『賢魔(けんま)徒弟(とてい)』に匹敵しますよ……」


 <賢魔の徒弟>とは、また懐かしい名前が出てきたものだ。文字通り賢者の弟子の事である。


 つまり僕のかつての弟子達の総称という事になる。まあ、周りが勝手にそう呼び出しただけなのだが……。


 そもそも弟子というのは表向きの話で、実際は魔族や、他国との戦争で身寄りが無くなった子供たちを引き取り面倒を見ていただけだ。むしろ家族と言った方がしっくりくる。


 たしかに趣味で魔法を教えたこともあったが、あの子たちに特別魔法の才があったという事はない。魔力量だって高くは無かったはずだけど。


 しかし、ホール内のざわめきを見るに、どうも僕の印象と世間の印象にズレがあるようだ。


「賢魔の徒弟って賢者さんの弟子の事だよね? そんなにすごい人たちなの?」


 僕の質問に女性は唖然とする。


「賢魔の徒弟を知らない子供なんているのね……」


 彼女はやれやれと言いたげに説明をしてくれた。


「君の言った通り<賢魔の徒弟>は賢者様の弟子の事よ。その数は十二人で、種族も性別もバラバラ。唯一の共通点は、賢者様が自ら見出(みいだ)した子供たちという事だけ。世間に名が知られているのは五人だけなんだけど、彼らが残した技術や魔道具は今なお魔導研究の最先端にあって、徒弟達以外には再現不可能なんて言われる程なんだから」


 話し終えた女性は何故か自分の事の様に胸を張っている。


 僕も、子供たちが立派に成長したという事が知れたのは素直に嬉しい。

 とはいえ、問題は解決していない。


 僕が、まねたのは子供時代の弟子の魔力であって、成長してからのものではない。それ故、とても多いとは言い難いが……。


「そんなすごい人たちと、僕が同じくらいの魔力量なの?」

「そうよ! これはすごい事なの!」

 興奮冷めやらぬ様子で彼女はまくし立てる。


「じゃあ、普通の魔法使いの人はどれくらいの魔力量なの?」


 彼女は急に、複雑そうな顔をしてこう言った。


「そもそも魔法使いってだけで普通じゃないのよ? ……今はほとんどいないから」

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