1話「需要のないサービスシーン」
ーーーおよそ7時間前ーーー
西暦2037年12月10日。時刻は7時13分。
小さな灯りがジメジメした暗黒に覆われたトンネル道を照らしてゆく。地面には錆びれたレールが張り巡らされ、役目を失った鉄道たちが沈黙していた。
毒森に地上を奪われてから二十年。人々はこの「地下鉄街」で身を寄せあい、命と文明を繋いできた。地下鉄街は民間区・貧民区・軍事区の三地区によって成り立っている。
そして、今日は人類にとっての運命の日らしく、各地区に設置されたスピーカーから大音量の放送が垂れ流されていた。
『本日!午前8時!『第二次・毒森攻略戦』が発動! 今回の作戦は、十年ぶりの人類快進撃である。くりかえす! 本日……』
大ボリュームの放送がトンネルの壁に反響し、貧民区の隅にひっそりと留まっているボロ小屋をカタカタと揺らした。
小屋の壁は床から天井までダンボール製。四畳スペースの床には缶類や容器が散乱しており、絵に描いたようなゴミ部屋っぷり。そんなゴミ山をベットにしながら、一人の少女がスヤスヤと眠っていた。
『午前8時!『第二次・毒森攻略戦』が開始…』
「……多分、うっさい……かも」
少女は館内放送に叩き起こされ、重い瞼を擦りながらダルそうに起きあがる。
「はあ~。スピーカーからのオジサンボイスじゃなくて、イケメン王子にモーニングコールしてほしいかも」
『毒森攻略隊の隊員は、ただちに地下基地『アンダーベース』へ集合せよ! 』
「う~ん。いま、何時ぃ? 」
繊細な茶髪をサラリと躍らせ、晴天のように澄んだ青い瞳で目覚まし時計を睨む。
「?! もう、こんな時間ッ! ヤバいかも」
人形のように精密に整った顔を歪め、混乱しながら立ち上がり、寝巻きのタンクトップ姿のままゴミ部屋を右往左往しはじめる。
彼女の背丈は170cm。女性の平均身長よりも高く、肉づきの良いモデル脚が絶妙なラインを演出。
さらに、程よく引きしまった腰のクビレは美の黄金比と評しても過言じゃなかった。
「寝ボケてるヒマなんか、1秒もない。い、急いで着替えなくちゃ」
ゴミ山の中に手を突っ込んで、その奥から『白色の軍服』を引っ張りあげた。
「多分、ぶぃけーしっくす?耐毒軍装とか、言ったけ? 検問のオジサンが『女上官から盗んできた戦利品だ~』って、自慢しながら譲ってくれたけど」
ボロッちいタンクトップの上から慌ただしく軍服を羽織る。
今、彼女が袖を通している服は『VK6耐毒軍装(ブイケーシックス・たいどくぐんそう』。
装着者を外部の毒から守る耐毒軍服シリーズの一つで女性専用の装備だ。軍服カラーは白色がメインでシャープな感じにまとまり、服のシュルエットもスマートな女性らしさを強調している。その上に金色のボタンが配され、胸部にあるポケットにモノを入れることも可能だ。
一応、長袖+白手袋の組合せで、ある程度の安全性を獲得している……が……
「タイツ……うっすぅ~~。紙きれを纏ってるみたい。コレで、毒森に挑むとか自殺行為かも」
上半身と対照的に、下半身は『耐毒・白タイツ』一枚のみ。紙切れ1枚程度の薄さしかない白タイツが、グラマスな生足にピタリと張りつき、彼女の脚線美を際立たせていた。
この軍服をくれた上官の話によると、VK6シリーズの耐毒性能は他の装備よりも抜きん出ているが、代償として防御力が0という欠点があるらしい。
また、VK6耐毒軍装は150~160cmの女性を想定して設計されている。彼女の身長は170cmあるのでサイズ的にキツく、着替えるのに手こずってしまった。
若干モタつきながらも、軍服のボタンを留めて、薄生地の白タイツに美脚をねじ込む。
「キッツキッツで窮屈なんだけど……女上官って、もしかして中学生とか? 」
タンクトップ姿から「白軍服+白タイツ」にフォームチェンジした後、大切なモノを寝ぼけた頭の中で思い出す。
「それと、ガスマスク。これは、毒森を歩く為の免許証みたいなモノ」
地下鉄街の外で活動するのに必須な「マーク3ガスマスク」を片手に、少女は緊張した表情でスケジュールを連呼した。
「ぶ、部隊の名前は『毒森攻略隊』。隊長は、選ばれし者の井竜翼さん……」
(……わたしは雑用兵。鉄砲でコボルトと戦うわけじゃない、から……五体満足で帰れる、多分」
己の胸に言い聞かせ、ダンボール机の上にある『とあるモノ』へ手をのばす。ソレは『ただのヘアゴム』。澄み渡る青い瞳でヘアゴムを見つめたまま、少女はとある人物の名を囁いた。
「カケル……」
(彼も、わたしィも……コソコソ動きまわるだけの雑用兵)
「……そうだ。カケルを、叩き起こしに行かなくちゃ。今日も……彼に逆姫プしてあげなくちゃ~」
少女は心の中でそっと誓いを立て、ヘアゴムを軍服の胸ポッケにそっとしまってから、ガスマスクを抱えたままダンボールハウス(我が家)から出発した。