35話「夢想領域・毒桜」
……プツン……
無音の静寂が重なって、華白の視界が『別の景色』へ一転してしまう。
(ッ?! このチャンネルが移り変わる感じ……既視感あるかも)
華白は、いきなり移り変わったビジョンに意識を奪われてしまった。
その理由は、彼女の周りにある風景が『灰色の花畑』だったからだ。灰色の花々で埋め尽くされた、時が静止したセカイ。枯れた花たちが地平線の果てまで、永遠と咲き乱れている。
「さっきまで、ボロ神社の……寝室にいたはず、なのに」
神社の寝室から、突然「枯れた花壇」へ転移させられたようだ。
「こんな事、リアルじゃ、ありえない。多分、夢かも」
不可解な現象の連続から、華白はこの花壇が『夢の世界』であることを察した。
「相当、メンタル追い込まれてるな~一日で二回も悪夢を見るなんて」
ブツブツと愚痴を洩らしながら、夢の領域(枯れた花壇)を歩きつづける。すると「とある自然物」の前に到着した。
それは『一本の大木』で、花壇の中央に堂々と君臨していた。高さ30メートルを越えるスケールは、まさに王者の風格。存在感そのものは実に勇ましいが、枝木に花は実っておらず「枯れている」のだと一目で察することができた。
「枯れた……たいぼく……いや」
(パッと見た感じは、枯れてるけど。ちらほら蕾がある……かも」
たくさんの蕾が大木の枝にできているのを見て、大樹の正体を口にする。
「桜の木……」
……すると、その台詞の答え合わせをするかのように……
「50%正解。まあまあ勘が、いいの」
フワフワとした「少女の声」、どこからともなく返答してくる。声がした方へ振り返ってみると、緑髪の少女が、モブカットの髪を佳麗に揺らしながら立っていた。
「また、君なの。ジャンプスクエアするなら、もっと工夫した方がいいかも」
「…ホラー映画のオバケじゃない、の」
謎の少女は華白の憂鬱な表情をスルーして、緑色の瞳で『枯れた大木』を見上げた。
「この大木は御神木で……本当のなまえは『毒桜』っていうの」
……毒桜……
「毒桜は特別で特殊、毒の桜弁を咲かせるの」
「……?。の、脳ミソの処理が追いつかないんだけど」
「ぜんぶ分からなくていい。とにかく、要点だけ掴んでほしい、の」
「何だか、教えるのが下手な先生っぽいかも」
華白の文句を気にすることなく、謎の少女は細長い指先で大木の枝木を指差した。
「今の毒桜は眠っている状態。ほら、あの『つぼみ』を見てほしいの」
「ま! まさか、枝木にある『蕾』から、ヤバいのが出て来るんじ?! 」
「……半分正解で半分不正解、なの」
……つまり……
「今の毒桜は仮の姿。覚醒して真の姿を取りもどしたら……すべての『つぼみ』が咲き、毒の花弁が開放されるの」
「『毒の花弁』を実らせる、桜の木があるなんて。地獄かも」
「驚くのは100年早いの。『毒の花弁』は、毒人の力を『神の領域』までアップデートさせるの」
さらに続けて……
「毒桜が害とみなした『ありとあらゆるチート能力』を無力化させてしまうの」
「つッ!つまり! この大木が復活したら、毒人がすっごく強くなって。逆に、どんなに凄い能力者も一般人に降格しちゃうんだね、多分」
毒桜の能力は2つ。
一つ目は、毒人を神格化させ無敵にさせるバフ効果。二つ目は、毒桜が敵とみなした対象を問答無用で弱体化させてしまうデバフ効果。おおよそ毒桜の凶悪さは分かったものの、さらなる疑問が浮かびあがる。
「この木が凄いってことは分かった。でも、君の狙いが分かんないかも。無関係なわたしに、どうしてそんな事教えるのよ」
「その理由は、シンプルで退屈なの」
少女は顔色一つかえず、疑心暗鬼な華白の元へ歩みよると、緑色の瞳をキラリと光らせた。
「貴方に、この世界を救ってほしいの」
突然、大スケールな願望を押し付けられてしまい、華白は「はあ! 」と声を裏返してしまった。
「わたしが?! 世界を?! 無茶振りしないで! 」
臆病者らしくキャンキャン吠えて、少女の頼みを拒絶する、が…謎の少女はエメラルドグリーンの瞳で華白をまっすぐ見通してから……
「貴方に絶望を託す。勝手に信じさせてもらう、の……華白隣」
華白に世界の命運を理不尽に押しつけ、パチンと軽く指を鳴らしてみせた。そして又もや、華白の視界が「プツン」と移り変わってゆく。




