0話③「毒銃ハンドキャノンの後に、華麗なハイキックでもいかが? 」
コボルトの連続技は兵士A(一般人)の目では捉えきれない。にも関わらず、少女は軽やかなステップを交えながらコボルトの拳をすべて回避。踊るように避ける様は、コボルトの行動パターンを先読みしているようにも見えた。
「なぜ、当たらないんだ。彼女にとって、コボルトの神速は亀同然なのか」
「ギィ! えええ! 」
弄ばれるような展開に、コボルトの怒りが最高潮に達してしまう。彼コボルトは拳をめい一杯に握りしめ、少女の胸部(心臓部)に狙いを定め、フルパワーで正拳突きを放った。
……しかし、その一撃さえも……
……パシッ
少女は片手で受け止め、エメラルドグリーンの瞳でコボルトをじっと見つめ返した
「馬鹿な。ヤツのパンチ力は30t以上あるんだぞ。像をワンパンする一撃を、片手で受け止めるなんて……」
「ギィ?! ギイエ! 」
一旦、コボルトはバックステップで彼女から距離を離そうと試みる、が……少女に拳をガッシリと掴まれて、この位置から動きを取ることができない。
……ギシ!ギシギシ、ギシ!
(コボルトが完全に拘束されている。あの娘、華麗な外見によらずパワータイプなのか? )
女相手に力負けして、ついにコボルトの堪忍袋の緒が切れる。
「ギィアゲルガーーーー! 」
激昂する怪物コボルトは拘束されていない左の拳を構え、少女のスラリとした首筋を睨みつけた。
「もう片方の手で、彼女の首を跳ねるつもりか?! 負けず嫌いのクリーチャーめ」
……と、兵士Aが戦慄した時……
少女は手慣れた手つきで、『単発拳銃』を腰部ホルスターから引き抜いて「カチャリ」と銃の銃口をコボルトの腹へ合わせた。
「こ、これはッ! 」
迷いのない少女の動きに、度肝をぬかれる兵士A。
「ゼロ距離射撃だとおおお! 」
兵士Aの間抜けな解説をスルーして、少女はスラリとした指で引き金をひく。
ーードン!ーー
戦艦の主砲みたいな爆音が鳴り、コボルトは鈍重なインパクトに吹っ飛ばされ宙を舞う。
「ッ?! ガイ! 」
短い悲鳴と共に、身長2mのコボルトが10m後方へ墜落してゆく。
憎き怪物がダメージを負う光景を見て、兵士Aの心情に希望の兆しが照らされた。
「やったか?! 」
喜ぶのはまだ早い。コボルトは『撃たれた腹部を庇いながら』ヨロヨロと起き上がった。
「チッ。腹に鉛玉をくらったのに! コボルトのヤツ、不死身に片足を突っ込んでるのか! 」
(ダメだ。コボルトを殺す方法なんて、この世には存在しないんだ…)
兵士Aの胸に絶望が渦巻いた……その数秒後……
「ゲぇ!ゲぇ!」
「……? 。なんだ。コボルトのヤツ……どうして、腹をおさえて苦しんでるんだ? 」
そう突然、コボルトが腹を庇いながら「ゲホゲホ!」と吐血し始めたのである。予想できない流れに困惑しながらも、兵士Aは一目で『コボルトが苦しんでいる原因』を特定した。
「コボルトの腹が、撃たれた所が……腐ってやがる。傷口が、ドロドロに変貌してるじゃないか」
(おそらく、彼女は『特別な銃弾』を使ったんだ。侵食されているコボルトの傷から察するに、使われた銃弾は……」
「『毒弾』……か」
「ギィ、ガァ……ガッ……」
毒弾の猛毒に腹を蝕まれつつ、赤い血を滝のように吐きだすコボルト。
少女はコボルトの無防備な様子を見抜き、ターゲット(コボルト)の前へ音もなく接近。
右脚を軸足として地面に固定させたまま、スレンダーな体をクルリと一回転させる。そして、左脚を円を描く軌道に乗せ『上段・回し蹴り』で、コボルトの側頭部を射抜いた。
「回し蹴りッ! 無敵の怪物相手に、ハイキックだとッ! 」
……ドガアアアン!
サイドスピンのハイキックが空気を蒸発させ、重力そのものをグニャリと屈折させる。かつ、核弾頭が炸裂したかのような爆発音が、兵士Aの声を掻き消した。
「……う、わぁ。耳が。」
(お、音が聞こえない。鼓膜が破れたんだ。あの娘が打ったキックの衝撃音で……)
少女の回し蹴りを浴び、無敵の怪人は悲鳴をあげる暇もなく木端微塵に爆散。甲殻に覆われた手足が、四方八方へ飛び散った。
「最新の銃器で掠り傷すらつかなかったコボルトを……一発の回し蹴り、で」
もはや、兵士Aは「今」が、現実かどうかも分からなかった。
「あ、悪夢……だ。オレの頭は毒霧を吸いすぎて、正気を失ったんだ」
……でも……
「希望の女神より……100倍……美しい、な」
兵士Aは心と体を彼女に奪われたまま、その場で失神してしまった。