0話②「救世主は、最高の毒と最低な美少女」
兵士Aは毒霧に蝕まれ、地面でのたうち回ることしかできない。コボルトは、そんな彼の首を鷲掴みにし、片手で軽々と持ち上げた。
「ギィエ」
「ぐ。はな……せ」
(……視界が霞む。意識がシャットダウンしてしまいそう……だ)
一方、コボルトは片手で兵士Aを締め上げながら、もう片方を振り上げトドメの姿勢へ。彼はボヤけた視界の中、コボルトの鋭い拳をみて「ダメだ! 」とあきらめた。
……その刹那……
トタトタ、トタ……と『何者かの足音』が、どこからともなく聞こえてくる。
「ギエ? 」
その足音に気づき、コボルトは一旦停止した。相手の動きが止まったことに、兵士Aも疑問を抱かずにはいられない。
「なぜ、フリーズしている? 」
「ギィ、ギィ! 」
兵士Aの疑問をよそに、コボルトは怒りを露わにした。
「ガァアアア! 」
兵士Aをその辺へ放り投げ、コボルトは「何か」に対して荒々しく吠えはじめた。
「うッ、ぐ!人の体を空き缶みたいに……」
地面に追突した痛みに堪えながら、兵士Aは『この場に、何者かが乱入してきた』ことを察する。
(何だか……分からんが。『誰か』が、アイツのヘイトを買っているみたいだ)
「しかし、一体、誰なんだ。化物の注意を自ら買う、異常者は……」
兵士Aは困惑しながら、コボルトが睨んでいる先へ視線を送る。
すると……そこには……
「……女の子、だとッ」
海のように澄んだ青い瞳、彫刻のようなモデル体型。
見たこともない程『美しく華憐』な少女が『凛』と立っていた。彼女の青い瞳に釘づけになったまま、兵士Aの口から本音が漏れる。
「なんて、きれい……なんだ。女神さまが、モブキャラに思えるレベル、だ」
少女の美しさに心を奪われながら、兵士Aは混乱した頭で女のことを分析しはじめる。
(あの娘の、腰にあるのは銃のホルスターか? アレに収められているのは……)
「単発銃……か? 」
正解、彼女の腰部には『時代遅れの単発拳銃』がひっそりとスタンバイしていた。
しかし、今は悠長に分析している暇などない。
「ギィ、ガアアアアアア! 」
コボルトが殺意100%で少女に威嚇し、兵士Aの意識が現実に引き戻されてしまう。
「コボルトのヤツ。女子供相手にも『平等頭もぎ』するつもりか」
(このままでは死体が+1されるだけだ。何とかして彼女を逃がさないと! )
「キミ! ここには、メイクルームもプリクラもない! 逃げるんだ! 」
命懸けで警告するものの、少女は「……」と沈黙したまま、逃げる素振りすら見せなかった。
「どうして、棒立ちしてるんだ! ハンバーグにされたいのか?! にげろ! 」
兵士Aに怒鳴られても、少女は凛とした雰囲気を崩さずに『とある行動』に移る。
そのアクションは、地面に転がっている『猛毒の果実』を拾う……という、誰も想像しなかった狂気だった。
「なっ?! 猛毒の果実を……素手で。な、何を企んでいるんだ? 」
そして少女は、困惑する兵士Aに目もくれず『猛毒の果実』へカプリ♪ と食らいついた。
「なああ?! 」「ギィエ?! 」
兵士Aとコボルト、声を揃えて彼女の奇行に困惑してしまう。
「じ! 自分から、猛毒の果実にかぶりつく……だとッ」
(狂ってるってもんじゃない。 可愛い顔しているクセに、頭のネジが飛んでいるのか?! )
そんな彼の心情に構わず、少女は猛毒の果実をペロリと完食。
「猛毒の果実を、朝のデザートみたいに……ありえない」
驚くべき事はソレだけではない。果実を喰らった後、少女の表情が変化。彼女の青い瞳が『エメラルドグリーン』へ変化したのである。
「目の色がッ……み、緑色に変わった」
(いや! それだけじゃない。彼女の雰囲気そのものが一変している)
輝くエメラルドグリーンの瞳は、神の領域のみが成せる賜物。この瞬間、地球全体が彼女一人を中心に自転していた。
「……なんて神々しいんだ。綺麗とか、可愛いとか……そんな言葉が陳腐に思えてくる」
「ギィエエエ! 」
コボルトは生意気な獲物に咆哮し、音速のスピードで少女へ飛びかかった。
「キミ! 気をつけろ! ヤツのスピードはSFだ! 」
兵士Aが警告するよりも早く、コボルトは音速のスピードで急加速。さらに、一瞬にして少女の鼻先へ到達し、ナイフのような爪にスナップを利かせて、彼女の人形みたいな顔に対し右ストレートを打った。
……ところが……
少女は首を軽く傾けて、コボルトの必殺をスレスレで躱す。
……スカッ
「ガア……イ? 」
「か、躱した……だと? 」
(コボルトのパンチは音速なんだぞ。素人の女子が避けるなんて、ありえるのか」
回避されて動揺しているのか? コボルトの目に焦りが浮かびあがる。
無敵の怪物は「ガ、ガァ! 」と声を震わせながら、右脚を大きく踏みこみ、右ストレート&左ストレートの連打パンチで追撃をする。
「……オレには指一本すらもみえない。スローカメラが十台あっても、ついて行けなそうだ」