11話「負けヒロイン、毒パラダイスで孤立してしまう」
……………………
「う~ん」
華白の意識が、暗黒からジワジワと復旧してゆく。
ガスマスクの中で重々しい瞼を開くと一緒に、ズキッとした痛みが頭に走った。
「いッ! たあ!…あ、頭をぶつけて、強制的に『おねんね』してた、かも」
その上……
「おじさん達がいない。車の中がモヌケの殻なんだけど。もしかして、みんな……神隠しに会ったとか?」
朦朧とする意識の中、寒い冗談を並べたてながら、キョロキョロと周りの状況を確認。
「車の中が、メンヘラ少女の部屋みたいになってるかも」
車内は逆さまにひっくり返り。小道具や装備でゴチャゴチャに四散している。かつ、このスペースにいるのは華白一人だった。
「多分、皆……気絶した私を無視して、外に出たんだ……」
つまり……
「ど、毒森の入口で『放置プレイ』かまされちゃった?! 」
(女子を車に残して、ピクニックに行くとか! 気遣い0の男共かも! )
心の中で愚痴を垂れ流しながら、ブルブルと震える足を引きずり装甲車の外を目指す。
装甲車の後部ドアは横転した衝撃で吹っ飛び、車内から外が丸見えになってしまっていた。
「はやくッ、カケルと合流しなくちゃ。かわいい幼馴染を置き去りにしたこと! た~っぷり説教してやるんだから」
その時、華白の足元に『何か』が引っかかった。
「?」と、足元へ視線を落してみる。すると……
「コレって、翼さんが持ってたアタッシュケース……だよ、ね? 」
(多分、装甲車から慌てて出撃したせいで、ケースを忘れて行っちゃったんだ。主人公ヒーローでも、ウッカリすることってあるんだ~)
車内に放置されているアタッシュケースを見て、翼が神具を放置したまま『触手の主を追撃しに行った』と推測できた。
「コレ、どうしよう……翼さんに届けるのが正解かな? 」
(でも、わたしみたいなのが神具に触っていいの? 神具に手汗とかついたら、懲罰不可避かも)
神具が入ったアタッシュケースを回収し、翼に届けるべきか? ウジウジ迷っている、と……
「ギィエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
人間離れした『人ならざる声』が、装甲車の外の方から聞こえて来る。
凶悪な咆哮に、ビクっと肩を硬直させる華白。
「ヒィ! な、何なのぉ?! 」
(さ、殺気が限界突破したみたいな声。装甲車の外で『ヤバいの』が、たむろしてるんじゃ)
「ヒヨるな! わたしィ……ここで籠ってるだけじゃ、カケルに逆姫プするなんて、夢のまた夢かも」
「と、とりあえず、今は……カケルとの感動的再会を最優先。一旦、アタッシュケースの事は忘れるべきかも)
ガスマスクの中で呼吸を荒げ、つま先を装甲車の外へ……
「お願い。無事でいて、カケル……」
ハエのような声で祈りながら、装甲車の外へ挙動不審に跳び出してゆく。
「はッ、は、は、はッ」
装甲車からスタートして、震える足を地面に着地させる。
「ガスマスクの視界が、せまいかも。こんなの……デフォルトで目隠しプレイしてるようなモンだよ」
さらに、紫色の煙が視界一体を覆い隠していた。
「右も左も、上も下も……パープル色の煙で一杯だ~コレが毒霧? 」
ガスマスクの中で犬のように喘ぎながら、徹夜で予習した知識を再生する。
(『毒霧』は天然の毒ガスで……口や鼻から吸い込んだり、皮膚でダイレクトに触れたら、とっても危険なんだよね)
また、毒霧の毒レベルは『ノーマルクラスの毒』にカテゴライズされている為、耐毒装備があれば対策可能とされている。
「よかったかも~。耐毒軍服があって。変態オジサンから貰った服に救われるとか、ロマンチックの欠片もないけど……」
心の中で愚痴を垂れつつ、グロテスクな奥へさらに進んでゆく。
「み、見事に孤立しちゃった。み、味方は……どこお? 」
……現在地は毒森北側……
この地は毒草や毒木など、オーソドックスな毒植物の生息地でもあるが、一応耐毒装備があれば人間でも歩くことが可能だ。
毒木は、臓器をぶちまけたような樹皮&静脈のように鼓動する枝木。根本から木の頂点までグロデスクに全振りしている。
毒草は薄紫の色をしており、葉の先端から自然の毒液をポタポタと滴り落としていた。
木も草も……すべての姿形が狂気のソレ。
毒森北側は、孤立した愚か者(華白)の正気度を蝕んでゆく。
華白は辺りの毒植物を警戒しながら、白タイツの足を動かし続けた。
(毒の木は、樹液や葉がぜんぶ毒なんだよね。多分、触ったら死ぬ感じのヤツだ。近づかないように気をつけなくちゃ……)
毒の木に接触しないよう、立ち並ぶ樹木の間をくぐり抜ける。
「気持ちわるい。気分転換用に、秘蔵のショタ本を持ってきた方がよかったかも」
意味不明な趣味を暴露しながら、ゾンビのように毒森を彷徨っている…と…
華白の視界端に『とある人物』が映り込んだ
「え? アレって……多分、人間だよ、ね? 」
彼女の言う通り、道中の先に一つ、人影がボンヤリと突っ立っていた。
「よ、よかったぁ~」
(毒霧のせいでシュルエットはボヤけてるけど、兵士さんと合流できた~)
「すいません~頭を打って、意識を失っちゃって…遅れちゃいました~」
言い訳をしながら、情けない足取りでその人影へ駆け寄ってゆく。
が、しかし…人影の一歩手前まで近づいた瞬間…
「ギィエエ、エ……」
その人影は、鈍い唸り声と共に華白をギロリと睨みつけた。
「いッ、ヒィ! 」
(む、紫色の甲殻!間違いない、この人…いや、この化物って?! )
「こ! コボルトおおお?! 」
(ありえない。媚びを売った相手が、最強無敵のクリーチャーだったなんて! )




