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第6話 秘密の関係


「ここが一会先生の仕事場!!」


「いや、仕事場と言うかただの自室だから」


 もう少し話をしたいという鈴原のお願いを断ることができず、俺たちは場所を移して話の続きをすることになった。


 ……その結果、まさか鈴原を家に招くことになるとは。


 何がどうなったら、鈴原を家に招くことになるのか。


 もっと言えば、鈴原を自室に入れることになるのか。


 それに至るには、こんなやりとりがあったのだった。


『場所を変えるのはいいけど、話の内容が内容だけに人が少ない所がいいな』


『そうだよね。二人っきりで話せる場所がいいよね』


『いや、別に二人きりでなくてもいいんだけどな。というか、粒立てないでくれ。緊張しちゃうから』


『緊張? よく分からないけど、緊張しない所がいいよね……あ、一会先生の家とかは?』


『い、家?』


『そう! 見てみたな、行きたいな! 一会先生の家!』


 目をキラキラとさせながらずいっと体を寄せられれば、断ることなどできるはずもなく、結果として鈴原を家に招き入れることになったのだった。


 まさか、俺の部屋に女子がやってくる日が来るとは思いもしなかった。


「あ! ノートパソコン! ねぇ、一会先生はこれで書いてるの?」


「書いていた。過去形だな」


 鈴原はその後も必要以上に俺の部屋を見て感動していた。


 鈴原はニッチな趣味の展覧会でテンションを上げているオタクのように、俺の部屋を楽しげに部屋を見ている。


 別にこの部屋に楽しめる要素なんてないと思う。


 少し本とか漫画が多いかもしれないが、なんでもないただの高校生男子の部屋なんだし。


 ……うん、勝手に女子を部屋に入れるということに緊張している俺が馬鹿みたいだな。


 鈴原からは、異性の部屋にいるのだという緊張している感じをまるで感じない。


 まぁ、鈴原くらい可愛ければ男子の部屋に上がることなんて、日常なのかもしれない。


いまさら、緊張も何もないのだろう。


「俺は先生と言われるほどの実績もない。だから、仕事部屋なんかじゃない。ただのクラスメイトの男子の部屋だ」


「え? あっ、」


 俺がローテーブルを挟むようにしてクッションを用意すると、鈴原はそのクッションの上にちょこんと腰を下ろした。


 ん? なんか急に借りてきた猫みたくなってないか?


「だ、男子の部屋。……男の子の部屋って初めて入ったかも」


 鈴原はそう言うと、遅れてきた緊張を紛らわせるように髪を耳に掛ける。


「て、的確に男心を刺激するのはやめてくれ。なんだ、テレパシーで俺の心を読んだのか? 頭にアルミホイル巻くぞ」


 もしかしたら、男子の部屋に入るのは初めてなんじゃないだろうか。


 鈴原を部屋にいれる前に思い描いていた微かな希望とか望みを、顔を赤らめながら言わないで欲しい。


 緊張するのは俺だけにしてくれないと、空気が青春色に変わりそうになるから。


「ふふっ、うん。やっぱり、一会先生だ」


「やっぱりってなんだよ」


 俺はくすっと笑う鈴原の顔を直視できず、顔を背ける。


 ……いや、普通に『アルミホイル頭に巻くぞ』が俺っぽいってどういうことだ?


 まぁ、似たような表現を小説の方でもしていたのだろう。


 そう考えると、少しだけ恥ずかしくもなるな。


「あ、そうだ。あと、一会先生って呼ぶのはやめてくれ」


「え? なんで?」


「いや、恥ずかしいからだって。クラスメイトがいるまで呼ばれてみろ。軽く死ねる自信があるぞ」


 今日だって、うっかり俺のことを一会先生と呼ぼうとしていたのを見逃さなかった。


 クラスで注目を集める鈴原の口から一会先生なんて呼ばれたら、クラス中に一会先生というあだ名が広がるだろう。


 そして、その先には俺のことを茶化す連中に絡まれる毎日が待っている。


「そう、なのかな? でも、一会先生は一会先生だし……」


 鈴原は困ったように眉を下げてから、うーんと唸る。


 いや、何を考える必要があるんだ。渡会君って呼べば済むだけの話だろ。


 鈴原は少し考え込んでから、『うん』と呟いてからこくんと頷く。


 どうやら、少し時間がかかったが俺の言葉を受け入れてくれたらしい。


 俺が胸をなでおろしていると、鈴原は顔を上げてにこりと笑う。


「それなら、今度から二人っきりのときだけ一会先生って呼ぶね。クラスメイトがいない所とかなら、いいんだよね?」


「こ、今度から二人きりのとき?」


 え、今後も二人気になるご予定があるってことですか?


 意味深な言葉に俺が戸惑っていると、鈴原は満足げな顔で言葉を続ける。


「うん。二人っきりのときは、私のことも『すずさん』って呼んでいいからさ。これなら、おあいこだよね」


「何をどうしたらおあいこなのかまるで分らんのだが」


「ほら、試しに呼んでみて」


 鈴原は戸惑う俺をそのままにするどころか、ローテーブルの上に手を置いて身を乗り出してきた。


 キラキラとしている目は作者とのやり取りを楽しむ熱烈な読者のようで、俺は圧に押される形で声を漏らす。


「……すず、さん」


「なぁに? 一会先生」


 鈴原は俺の言葉を噛みしめるように聞いてから、満面の笑みを浮かべる。


 そんな顔を向けられてしまえば、これ以上呼び名を指摘することは難しくもなる。


 そして、なにより……ナチュラル上目遣いは心臓に悪い。


 こうして、俺たちは二人きりの時は特別な呼び名で呼び合うという、少しだけ特別な関係になってしまったのだった。


 当然、こんな関係は秘密にしなければならないだろう。


 クラスの男子どもから嫉妬されないようにするためにも、この関係は自然と二人だけの秘密になるのだった。



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