心の弱さ
ギルは自身のテントへと戻り、簡易ベットに腰をかけた。面倒ごとをラインバートに押し付けた負い目はあるが、まぁ俺がいたとこでどうにもなるまい、と一人でに言い訳を並べたところで明日の事へ想いを巡らせた。
(厳しい戦いになることは明白だ。本陣まで辿り着くだけでどれだけの犠牲が出るか想像もつかない)
勇者達は金貨100枚などという報酬をつけてまで冒険者に救援部隊などというものを設けた。義勇軍ではなく、冒険者の手を借りる。まさに猫の手でも借りたい状態なのだろう。
(あの二人はうまく立ち回るだろうが・・・)
ふとあの二人、ロルフとマリーが生き残れるかが頭をよぎる。
(いやそんなこと俺が考えてどうなる、他人の心配なんてしている余裕はないだろ)
頭を振り、要らぬ考えを振り払う。あの二人とは仲を深めすぎた、そうギルは自分自身を戒めた。
仲間を作り、共に戦う。そんなことが自分に許される訳がない。
(あいつらとの関係はもうやめにした方がいい)
その意思を再度固めるかのように右手の手のひらを見つめ拳を握る。
俺が会得したスキル”復讐者”は欠陥スキルだ。発動条件も発動効果もその全てが。
スキルについて詳細を知った時のことを思い出す。満身創痍で運び込まれた教会で僧侶の治療とスキル鑑定を受けた。
スキル:復讐者
発動条件:自身に縁ある者の死亡
発動効果:身体能力の向上(縁が深ければ深いほど効果上昇)
スキルとは神から授けられる才能という名の恩賞である。子供でも知っている常識だ。
それはまるで神から仲間の屍を踏み台に復讐者となれと宣告されたかのようだった。
だからこそスキルについて教えてくれた僧侶は何と言ったら分からない顔をして口を噤んだ。
今でも鮮明に思い出せる。可哀そうな人を見るように、少しの恐れを抱きながら顔を強張らせたあの表情。
その時俺はその顔を見て、笑みを浮かべた。スキルの詳細を知り、犠牲が無ければ何も出来ない欠陥スキルに失望するでも絶望するでもなく声を出して笑った。
気が狂ったのではない、本当に愉快だった。これさえあれば魔物を魔人を魔王を殺せると、俺から全てを奪った魔王軍に復讐ができると本気で思った。
傷も治らぬうちに教会を飛び出し、魔王軍との戦場に赴いた。現地の仲間達の名前を覚え、酒を飲み、言葉を弄し、仲を深めた。そして、俺たちが戦況を変えなければと宣い、彼らの気持ちを利用し強引な突撃を繰り返した。仲間の死を利用し俺は強くなり、数えきれない魔物を屠った。・・・そんなことを2年繰り返した。
ふと我に返り振り返れば俺の背後には数えきれない亡骸が積み重なっていた。その重みに2年たってようやく気付いた。気付けば到底背負いきれない重みに潰されそうになった。
屑な俺はそんな重みからも逃げるように戦場に再び戻った。戦っている時だけは、命を天秤に落とし込んでいる時だけは重みを忘れることができた。
そうして逃げて、逃げて、逃げた。復讐に走り、多くの者を犠牲にし、その重みに足が折れかける復讐者の成れの果て、それが俺だ。
醜すぎて自分ですら見ていられない。
どうしたら俺はあの亡骸たちに報いることができるのか、そればかり考える。
そしていつも同じ考えに帰結する。
唯一報いれることがあるとすれば魔王を殺し世界を平和にすること、それだけだと。
復讐のため、贖罪のため俺は今この戦場に立っている。
夜もかなり更けたころ、唐突に男女の話し声が聞こえてくる。ギルが設けたテントは野営地の隅にあり誰も寄り付かないような辺鄙な場所にある。加えて聞こえてくるのは聞き覚えのある声音。自身の来客であることは明確であった。
足音がすぐ近くまで迫り、会話が止んだ。
「ギルー、いるかぁ?」
少ししゃがれた、聞きなれた声。居留守を決め込むことにする。この2人との関係はやめにする、そう決めたばかりである。
「お、いるじゃねぇか」
ロルフはテントの入り口を強引に開けると中にいるギルへと話しかけた。
等の本人は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「・・・お前にプライバシーというものは存在しないのか?」
一応尋ねるが「俺とお前の仲じゃねぇか」と意味のわからない理論で一蹴される。
いつか家の不法侵入とかで捕まるんじゃなかろうかとギルは本気で心配をした。
「夜分遅くにすみません、失礼してもいいですか?」
続いてマリーが顔をのぞかせる。
一息溜息をつく。
「何のようだ?」
とりあえず用件を聞くことにする。
「あの・・・出来れば入って落ち着いて話がしたいんですけど」
そう翡翠の瞳で見つめられ、そんな彼女を支援するかのように唐突に雨が降り出した。かなりの雨足である。
「・・・・・・」
ギルは自身の意思の弱さに辟易しながら顔をテントの方へ向け、入るように促した。
「!ありがとうございます」
ちなみにロルフはすでに入っておりテントの中を物色していた。
「勝手に物を触るな気持ち悪い」
ロルフの物色行為をやめさせ、2人を寝具の前にある組み立て式の簡易的な机の前に座らせる。
本来であれば来客用のお茶でも出すのだろうが生憎そんなものないし、もてなすつもりもないのでギルはそのまま言葉を続けた。
「それで、用件はなんだ?」
マリーは肩についた雨粒を軽く払い、一息つくと
「あのまずは、さっきはすみませんでした!!」
マリーはそう言うと頭をバッと頭を下げた。
「?」
予想外の発言に頭を傾げる。
何に対して謝られているのもよくわからない。
マリーを見れば顔が赤らんでおり何やら少しもじもじしている。
「年上の方に正座で説教は流石にやりすぎですよね…!」
肩は縮こまっておりかなり反省している様子である。
どうやらギルに正座をして説教した事を気にしているらしい。
まぁ確かに一回りは違う年下の少女に正座で説教される光景は滑稽であった。が、ギル自身は全然気にしていなかったので
「気にしてない」
と一言告げた。
そうすると彼女は少しほっとしたような顔をして、強張らせた肩を元に戻した。
「何だマリー。そんなこと気にしてたのか」
そう驚いた表情を浮かべるのはロルフ。無駄にでかい声に耳がキンキンする。
「マリーの言うこと気かねぇこいつが悪いんだから堂々としときゃいいんだぜ?」
ギルを親指で指差しロルフは謝る必要なんてないとのたまっている。
そんな様子にマリーは苦笑しながら
「でも、怒ってるのは本当です」
と下げた視線を元に戻しギルと目線を交わらせた。
「ギルさんは何の為に戦ってるんですか?」
その問いにギルは少し考えむ。復讐と贖罪答えは明確だ。だが、自分の戦う理由をこの二人に伝える必要性はない。自分をさらけ出して否定されるならいい。でももし受け入れられてしまった時の事が心底恐ろしい。
意志の弱い俺はそんな場所があれば抜け出せなくなる気がするから。だから
「金が貰えるから」
そう噓をついた。自分自身でも笑ってしまうくらい浅い言葉にマリーは「嘘ですね」と零した。
「何でそう頑なに私たちを仲間として接してくれないんですか」
マリーは少し声に怒気をはらませる。
「逆に何で俺とそんなに関わりたがる」
その勢いにギルもまた少し語気が強くなった。
「パーティーメンバーと仲を深めようとする事がおかしい事ですか?」
マリーが膝の上に乗せた拳をキュッと握りしめて続ける。
「パーティーを組むということは共に戦い、背中を預けるということです。背中を預ける人の事を知りたいと思うし、預けて貰えるよう自分の事も知って欲しいと思う。私の考え伝わりませんか?」
ギルは自身を見つめてくるその芯を宿した翡翠の瞳を見て確信した。
(やはり俺とは関わらない方がいい)
彼女は自分とは釣り合わない。自身に背中を預けてくれた、自身の背中を守ってくれた仲間たち。そんな彼らの背中を守れず、ましてやスキルの力に固執し多くの仲間を死へ追いやった自分には。
俺は彼女の背中を守る資格がない。彼女なら俺なんかよりももっといい仲間に出会える筈だ。
「お前の考えを貫き通すのは自由だ。だが、一緒に行動する気はない。俺は魔王軍と戦いに参加するためにパーティーを組む必要があったから組んだだけ。それは組む前にも事前に伝えていた筈だ」
繰り出したのはいつもの常套句。冒険者がパーティを組む際にはお互いに譲れないところを前約束で決めておくという文化がある。普通は口上でする軽いものだが、紙に認める者もいる。ギル自身もパーティーを組む際、義務的に組むこと、単独行動をする旨を伝えていた。
「・・・そうですよね。そういうと思ってました」
マリーは膝の上に置かれた拳を解き、まるで本題にでも移るかのように咳払いをした。
「明日の救援部隊、私たちも参加するので伝えにきました」
「!!」
ギルは軽く目を見開いた。
理解ができなかった。金の為というのならばまだ理解できる。だが、彼女は明らかに金のためではない行動指針で動いている。
ただ自分なんかと一緒に戦う。そのためだけに。
「待て、待て待て。救援部隊ってのがどういうものか分かってるか?」
思わず、問いただす。聡明な彼女のことだ。おそらく全て分かっている。けれど問わずにはいられなかった。
「分かっています」
「いいや、分かってない。いいか。救援部隊の仕事は劣勢に立たされている場所に自分から飛び込んで、怪我をした義勇兵を庇いながら戦うことだ。大半が死ぬぞ。勇者達が金貨100枚なんて報酬を儲けたのも渡す相手がほとんど残らないと考えているからだ」
あの勇者の側にいた長身痩躯の男。あいつが俺たちがほとんど生き残らないと考えてあの報酬を設定しているのは明白だった。金貨100枚なんて数字この戦時下でそうそう用意できるものではない。
その想定を聞いてなおこの少女は揺るがない。かけらも視線を逸らすことなく繰り返す。
「分かっています」
「じゃあなんでだ!!」
思わず声を荒げた。救援部隊に来るやつはリスクを理解しながら金に目が眩んだ馬鹿か、理解すらもしていない馬鹿の二択だ。そのはずなのにこの才覚ある少女は金ですらなく、自身の考えを貫き通すためだけに命をかけるのだという。
「ギルさんが自分の考えを曲げる気がない事は分かりました。だからもう私も遠慮しません」
「あなたが一人で戦うというのなら、地獄の底まで追いかけて一緒に戦ってやります」
覚悟してくださいね、とマリーは微笑みギルは顔を硬直させた。
そんな様子を見てロルフも口を開ける。
「ギル。別に俺はお前が何のために戦ってるのかとかはどうでもいい。ただ、パーティーを組んだ以上お前を自分の知らないところで死なすわけにわいかねぇ」
見やれば彼もまた不敵な笑みを浮かべている。
顔を見れば考えを変える気が無いのが見て分かった。
ギルの顔が歪む。
(違うんだ。俺はそんなお前らが命かけるほどの人間じゃ無い。俺は死地で死んでいく仲間と戦うことでしか自身の存在意義を証明できないだけなんだ)
そう口に出そうとして・・・出来なかった。
開けた口は何の音も発する事はなく場に静寂が訪れる。
「・・・好きにしろ」
しばらく経って出た言葉はそれだった。
気付けばマリーとロルフは帰っていて、ベットに腰掛ける俺の前には机の上に置かれたランタンの光源がユラユラと揺らめいていた。
まるで自身の意志の弱さを表しているようだ。ゆらゆらゆらゆら自身の考えた事、決めたことを貫き通せない。
関係を断つべきだとそう決めたはずなのに蓋を開ければ一緒に戦うなんてことになっている。
「仲間になりたい」そう言ってくれた、そんな彼らの思いに縋ってしまった。
自身は命を賭けるに値する人物だとそう評価されるのが嬉しくて、その評価を覆されたくなくて自分可愛さで彼らに反論することができなかった。
ことこの後に及んで自分はまだ仲間からの信頼という甘美なものに縋っているらしい。そんな資格とうの昔に失っているというのに。
「クソが!!!」
そんな自分に嫌気がさして、机に自身の手を叩きつけた。