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勇者の頼み

天幕での勇者の一連の演説の後、その場はすぐに解散となった。作戦を速やかに全部隊に通達し、明日の決戦のために早く休み英気を養うためだ。しかし未だ天幕に残る者たちがいた。ギルを含む冒険者3名と勇者、勇者の側に使える長身痩躯の男、そして先日まで義勇軍の最高司令官であった男だ。



「残ってもらって悪いね。君たちをここに呼んだのはもちろん理由があるんだ」



勇者はそう言うと早速本題に踏み出した。



「君たちは冒険者たちの中でも特に腕っ節が強いみたいだ。その力を見込んで明日の戦いで1つの役割を担ってもらいたい」



「さっきも言った様に今回の作戦は横陣を貫かれれば終わるし、後続が前の軍の勢いについて来れなくても終わる。でも敵は確実と横陣と軍の後続を狙ってくるし、危機は必ず来る」



勇者は冒険者達が理解しやすい様に味方の勢力と敵の勢力を表す駒を動かしながら予想される敵の動きを述べていく。



「だから冒険者の中でも戦闘力、生存力の両方が高い君たちには救援部隊を担ってもらいたい。軍の中で危機に陥っている箇所、応援を必要としている部隊を各自の判断で救ってもらう」



「もちろん3つのパーティーだけでは人手が足りないのでこの後に君たちに冒険者を50名選んでもらいそれで一つの部隊としてもらう」



「だがすべての部隊を助けようとはするな、明日の戦いは激戦になる。全てを救う余裕はない」



口を挟んだのは短髪に刈り上げた赤髪と吊り上がった眼が特徴的な義勇軍の最高司令官。ギュンダー将軍といったか。



「全体の戦況を見て助けれる部隊、助けなければ軍が分断される恐れがあると判断した部隊のみを助けろ」



「ちょっと待ってもらっていいかい」



ギルは声の出所へと目を向ける。そこには女傑が一人。おおよそ女性とは思えない身体。ギルよりも頭一つ高い身長、二回りは大きい身体のサイズ。名をラインバード。今回集められた冒険者のうちの一人。



「何やら勝手に話が進んでるけど私はその仕事受けるなんて一言も言ってないんだがね」



「…受けないと?」


まさか断られると思っていなかったのだろう。勇者は困ったように眉根を顰める。



「おい貴様、この状況で駄々をこねることが許されると思っているのか」



ギュンダーは元から吊り上がっている目をさらに吊り上げラインバードを睨みつける。



「明日の戦いは今後の魔王討伐において最重要の戦いとなる。ここで敗戦でも決せば前線は大きく後退し奴らがまた勢いづく可能性も充分にある。これは人類存続を賭けた戦いだと肝に銘じろ」



「知らないねぇ、あたし達は義勇兵じゃない。雇われてるだけの冒険者。そんな危険度の高そうな役回りはごめんだね」



ラインバードは聞く耳を持たぬかのようにギュンダーの言葉を切って捨てる。



「ラインバードの言うとおり!救援部隊って要は危険な場所に行って仲間を助けろってことでしょ?そんなの無理無理、いくつ命あっても足りないもん」


ギルの横からひょっこりと顔を出した男がラインバートの弁に便乗する。

おかっぱ頭に大きい黒眼かつ低い身長、加えてかなりの童顔である。がたいが大きいものが大半のこの場においてその男は異彩を放っている。



「ヌスト、あんたが出てくると話がややこしくなるから引っ込んでな」


ラインバードはうんざりした顔であっち行けと言わんばかりに手を振る。



「これは僕にも関係ある話なんだよラインバード。僕にだって反論する権利くらいあるさ……いくらその相手が勇者様であってもね」



ヌストはその大きな目を一瞬勇者へと向ける。


「あんたあたしが口出さなかったらそのまま流れに従ってただろ。自分から意見は出さず常に誰かが動くのを待ってる。あたしはそういう奴が一番嫌いなんだよ」


「あはは、ばれてら。まぁでも今回は流石にラインバードが口を出す確信があったからね」


「勇者様、それにギュンダーさん?だっけ。とりあえず僕とラインバードのパーティーはその仕事は引き受けない。でも安心して、明日の作戦自体には参加するし最低限の仕事はするよ」


「僕達の軍力を鑑みれば君達の力を遊ばせておく余裕はないんだ。明日の戦いに君たちの力は欠かせない。……どうか僕に力を貸してくれないだろうか」


そういうと勇者はヌストやラインバード、前に立つ冒険者に頭を下げた。


「やだね」


ヌストはその頼みを一言で切って捨てた。

その態度にギュンダーの怒りが爆発する。



「いい加減にしろ!我々の国が今もまだ存続しているのも、ここまで戦線を上げられたのは勇者様の力によるものが大きい!にも関わらずその勇者様が頭を下げているというのにその身に与えられた責を果たそうとしない!貴様らには少しでも祖国を守る意志や共に戦う同士を救おうという気概はないのか!」



「ないよ」


ここでも当然とばかりにギュンダーの言葉を切って捨てる。


「僕たちはそんな正義感や自己犠牲の精神を持ち合わせていない。そんなものもってる奴はそれこそ騎士になるか義勇軍に入ってる。僕たちが欲しいのは富、その次に名声、そして何より先に自分自身の保身だ。だからそんなに熱く語られても困るっていうか響かないし、何なら鬱陶しいって思っちゃうんだよね」



ヌストのその弁に勇者は下げた頭を戻し、難しい顔をして唇を噛む。しかしギルからしてみればヌストの言い分は何も間違っていない。今回の軍は義勇兵と国から金によって雇われた冒険者によって構成されている。そして今回のこの勇者の申し出は明らかに貰った対価と危険度が見合っていない。



「……勇者様、やはりこんな奴らに頼ろうとしたのが過ちなのです!こ奴らは所詮ならず者。我らの作戦に組み込んだとて何をされるか分かりません!」



ギュンダーは怒る様子を隠そうともせずそう言い切ると話は終わったとばかりに背を向け天幕を出ていこうとする。



「少し待って欲しいギュンダー将軍」


勇者の傍に控え今まで口を出すことがなかった長身痩躯の男がギュンダー将軍を呼び止める。



「そこの2人の意思は分かった。だがまだギル、君の意志を聞いていない」


突然向いた会話の矢印に少し驚く。


「意志?もちろんなしだ。この2人のパーティーが参加しない時点で救援部隊という形はなし得ないからな」



男はギルがそう答えるのを分かっていたのだろう。ギルの返答に何の動揺もなく会話を続ける。


「なるほど。君の意見は尤もだ。だが戦闘報告書によれば君は常に自ら死戦に赴いて自らの手で窮地を救っているようだ。ならばこの役割を受ける受けないにせよ君のやる事は変わらないんじゃないか?”死神”のギル」



呼ばれた名に顔を顰める。魔物どもとの戦いに明け暮れ、戦場を渡り歩いた結果知らずのうちに付いていた名。ギルはその名が嫌いであった。


「そうかもな。だが勇者様はじめあんたらが求めているのは集団としての、部隊としての動きだろ?ならそんな事聞いても意味はない」



あくまでギルが行うのは個人として動きのみ、助けられる人間には限りがある。勇者が求めているのは組織としての動きだ。



「それはここにいるそこの2人を説得することが出来れば引き受けてくれるということかい?」


「……あぁ。俺としてはどちらでもいいからな」


男はギルから視線を外すとラインバード、ヌストへと視線を向けた。



「というわけだ。私は君たち2人に何としてもこの任を引き受けてもらわなければならない」



話を黙って聞いていたヌストは胡乱げに男へと視線を向ける。



「あのさー話聞いてたお兄さん?僕たちは引き受けないって言ってるの」


何?さっきのおっさんとのやり取りこの兄さんともやらなきゃいけないの?とヌストは面倒くさげな態度を前面に押し出している。

その様子を意に返すこともなく男は言葉を続ける。


「先程の話を聞く限り、君たちは富と名声を欲している。ならば名声を与えよう。今回の戦いで勝利することが叶えば君たちの活躍を吟遊詩人にでも歌わせよう。何なら勇者様の口から兵や民に聞かせてもいい。これで名声が手に入る」


どうだ?と男は両名の反応を伺う。

名声というのはそのもの自身の価値を大幅に上げてくれる。名声は冒険者という職業において最も重要であると言っていい。冒険者はギルドから与えられる等級ランク、それ以上に評判が命だ。評判が上がればギルドからも優先的に多くの依頼を斡旋されるし勇者との戦いで活躍したなんて名声が出回ればそれこそ名指し依頼だって舞い込んでくるだろう。冒険者にとって名声を得るというのは多くの富を得ることと直結するのである。


それでも


「やだね。」

「あぁ私もお断りだ」


2人の答えは変わらない。



「あんたの言ってることは理解できる。でもね今回の役回りの危険度と得られる名声を天秤にかけたら僅かにだけど危険度の方が上回った」



「そもそも僕たちそこそこ冒険者としての等級ランクは高いのでお金には困ってないですし」


「そうか、ならば富もやろう」


「ねぇお兄さんさっきから僕の話聞いてないよね。お金には困ってないって今言ったよね!」


ヌストが不満気に文句を言う。


「100金貨だ」


「え?」


「今回の任を引き受けてくれるのであれば1パーティーにつき100金貨を報酬として渡す。勿論作戦が成功した場合に限るが」


「「100!?」」


その金額の大きさにヌストもラインバードも目の色を変える。ギュンダー将軍は言い放った男に驚きの表情を向け、ギルも内心の驚きを隠せなかった。


「あんた本気で言ってるのかい?」


ラインバードはその男の真意を探るかのように聞き返す。それほどまでに100金貨というのは大きい数字だった。贅沢をしなければ今後一生過ごしていけるであろう金額であり1冒険者ではまず見ない金額である。


「本気だとも。勇者様もそれでよろしいか?」


「あ、あぁ」



勇者はあまりにも早い話の流れに驚いていたのか少し遅れざまに肯定の意を示す。


「それで?君たちはこの任引き受けてくるか?」


「「受ける!!」」


先程までの渋り方が冗談に見えるほど2人の冒険者は即答した。


「あんたいい男じゃないか!こんな羽振りがいい依頼人は初めてだよ!」


「えーと100金貨あれば高級娼館行き放題で武具も全部新調して何なら自分の家とかも買っちゃって!?」


ラインバードは上機嫌に男の背中をバンバンと叩きルストは既に100金貨貰った後のことを考えているのかにやけ顔をさらしている。



その冒険者2人を冷めた目で見つめながら男が口を開いた。



「では明日の作戦開始時までに冒険者たちを集めてくれ」



「あぁ話が進んでいるところ悪いが俺の所属しているパーティーは俺以外の2人はこの部隊には入らない」


口を挟んだのはギル。


「はぁ?あんた何言ってんだい」


「俺のパーティーはパーティーを組むことを義務付けられたから組んでいるだけの要は他人だ。腕っ節も強くない。応援部隊に入っても死ぬのがオチだ」


「こんな儲け話中々ない。冒険者ならどんなリスクがあっても食いつくだろうさ。それとも何かい?報酬をあんたで独り占めしたいってか」


ラインバードが怪訝な表情でギルを見やる。


「報酬はいらない」


「はぁ?」


「俺は魔物どもを殺せればそれでいいからな」



「あーヤダヤダ、偽善者ぶっちゃてまぁ。僕こういう奴が一番嫌いなんだよねぇ」


クルスはギルの様子を見て興味なさげにボソリと呟いた。


「実際に戦場では単独で動いているしあんたらが期待している分の働きはできるはずだ」



文句ないだろ?とギルは冒険者2人を無視し男を見つめる。


「......分かった。それでいいだろう」




かくして冒険者のみで形成された救援部隊が発足した。








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