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勇者来たる

ギルは焚き火の周りで馬鹿騒ぎする男達から遠く離れた天幕の前で1人あぐらをかき麦酒を煽っていた。




「おいギル!お前また戦闘中に1人でどっか行きやがって!これじゃパーティー組んでる意味ないじゃねぇか!」




短く切り上げた赤い髪とブラウンの目が印象的なムキムキ大男がずんずんと大股で歩きながらギルへと話しかけてくる。




「パーティーを組んだ気はないって何回も言ったはずだが?ロルフ」




「その言い訳も聞き飽きたわ!実際登録上はパーティー組んでんだからそんなこと言っても無駄だぞ」


「冒険者は3人以上のパーティー登録申請を行なったものでないと戦いに参加できない、なんて規則があるから登録しただけだ。登録した時にも言ったはずだ。俺は一緒に行動する気はないから戦力の勘定に入れるなとな」


ギルは歩いてくるロルフに悪態をつきながら麦酒を口に運ぶ。


そんな様子を見やり、そばまでやってきたロルフは大きくため息をついた。




「全くお前はどうしてそう愛想が悪いかねぇ。そんなんじゃ友達の1人もいると思えねぇんだがな」




よいしょっとロルフはギルの横に座ると手に持っていた酒を開けてそのまま喉に流し込むように酒瓶も下に向け一気に半分を飲み干した。




「かぁ!やっぱうめぇなぁ酒は!疲れた身体に染み渡る。んで、それは誰のための酒だ?」




レイはギルの前にある酒の入ったコップを指差して言った。




「今日死んだロイドという少年への手向けの酒だ」




「……前から思ってたけどよギル、戦場で他人の名前を聞くのやめた方がいいぜ。知った分だけ悲しみがデカくなるし精神(こころ)が動揺して刃が鈍くなる」




「俺はその日知った奴が死んだ程度で悲しくもならんし動揺もしない」




「よく言うぜ。毎日毎日そうやって誰かに向けて酒注いでるくせによ」




ロルフはそう言うと口を閉じた。ギルは元から喋る気が無いので必然的に場に沈黙が訪れる。しかしその沈黙に息苦しさはなくむしろ心地よいかのような空気感だった。


その沈黙を崩したのは後ろからの女性の大声だった。




「あ!やっと見つけましたよギルさん!今日という今日は絶対に許しません!さぁそこになおってください!」




ギルが振り向くとそこには怒る女性が一人。さらさらと流れる金色の髪を腰にまで下げアクアブルーの大きな瞳をこれでもかと吊り上げた美女。同じパーティーに所属する魔法使い、マリーである。




「ありゃあ稀に見るほどのご立腹具合だな。こりゃ三途の川見えちまうかもなギル?」




縁起でもないことを言うロルフはクツクツと笑いを堪えるのに必死のようだ。

知らず知らずのうちに背中にツーと流れる汗。


(これは冷や汗、この俺が?)


戦場で数多の魔物を殺戮する男はいつぶりかの悪寒に身を震わせる。ずんずんと迫り来るマリーの圧に男ギルは覚悟を決めた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






野営地の片隅、人一人が入れるであろうかという自分のテントにギルは足を運んでいた。その足取りは先ほどまで戦場を駆け回っていたものとは思えないほど重く、ゆっくりであった。それもそのはず、先程までギルは毎度毎度の単独行動についてこっぴどく叱られ正座させられていたのである。




「自分よりも一回りは下な彼女にあうも叱られるとはな・・・」




未だしびれの取れない足をさすりながら先ほどの光景を思い出す。






「ギルさん!そこに直ってください!!」




「何度も言っているが俺はパーティーメンバーでは「問答無用です!今日という今日は許しません!!正座です!せ、い、ざ!」




最初の覚悟はどこへやら、眼前に指をピシッと指し頬を膨らませるあまりのマリーの剣幕に押し切られ、いつの間にか正座させられていたギルは2時間に及ぶお小言を授かり、たった10分ほど前に解放されたばかりであった。逃げようと思えば逃げれたはずなのに何故か身体が金縛りのように動かなかったのは(いか)る女性を前にした男の性さがなのか、或いはその光景を面白がってギルとマリーを円陣で囲むようにして騒いでいた冒険者連中のせいか。




「あれではどちらが年上かわからんな」


そう一人でに愚痴ると


「おうおう、ずいぶん叱られたもんだな、ギル」


後を追ってきたのかロルフが茂みの暗がりから顔をのぞかせる。


「お前は俺のストーカーか?」


今日すでに何度目かになるロルフとの対面にうんざりとした顔を向けながらロルフの方に向き直る




「それは人聞きが悪いぜ、俺はパーティーの男が年下の女にさんざん説教されて凹んでんじゃねぇのかって心配してきてやったんだぜ?」



「大きなお世話だな、それにもう何度行ったか分からんが俺はお前たちの仲間じゃない。いい加減理解わかってほしいもんだがな」



「ほーん、さっきのお前の顔を見るかぎりそうは思えねぇけどなぁ」



ギルはその言葉を聞き、意味が分からないと怪訝な顔を浮かべる。



「お前口角上がってたぜ」



怒られてんのににやにやして気持ち悪いったらねぇとロルフはやれやれと首を振る。


そのロルフの言葉にギルは目を見開いて顔をゆがめた。


彼女のあまりの剣幕にいつの間にか上がっていた口角、無意識のうちに俺は彼女を...




(馬鹿が、俺にそんな資格あるわけないだろ)


いつの間にか緩んでいた心を強く引き締める、そのような思いを二度と抱かぬように、あのような思いを二度と抱かぬように




「ふざけるな、お前の戯言にはこれ以上付き合わない」




ロルフを鋭くにらみつけ再び自分のテントへと足を向ける


その様子はギルの表情とは裏腹にどこかおびえているように見えた。


(あーあ、こりゃだいぶ拗らせてるな、と)



「あぁ待て、俺がここに来た理由はもう一つあんだ」



ロルフの言葉に耳を傾けることなくギルは足を進める



その様子を意にかけることなくロルフは話し続ける



「勇者が来た、そんでお前をお呼びだとよ」



ギルの足がぴたりと止まる




「急げよギル、勇者を待たせたとなったら勇者信者どもが黙っていないぜぇ」



がっはっはと笑う男を尻目に「それを先に言え」とぼそりとした悪態がギルの口からこぼれた。




___________________________________________




義勇軍の野営地が置かれた小高い丘、その頂上にひときわ大きい天幕が置かれている。その周りには勇者様、勇者様と一目勇者の姿を見ようと多くの義勇軍の者たちが集まっていた。ギルは何とかその群衆をかき分け天幕の中へと足を踏み入れる。その瞬間中にいた者たちの視線がギルへとむけられる。




「貴様がギルだな。お前で最後だ」




そこに座れと長身痩躯の男が目配せで伝えてくる。


中心にある大きな長机の末席、一つ空いていた席に座ると上座に座る金髪青眼の男が口を開いた。




「みんな、集まってくれてありがとう。現在の戦況と明日の作戦についてここで共有しておきたい」




男に視線が集まる......いや集められる。鮮烈な雰囲気、明らかに凡百とは異なるその存在感に自然と視線が誘導され、目が離せなくなる。



「・・・いや、自己紹介が先だったね。申し訳ない」



僕としたことが、と頭を軽くたたき、男はその素性を明かした。




「リヒト・ラルフレイン、僕が勇者だ。これからよろしく頼む戦友たちよ」




やはりか、とギルはひとりでに納得する。


義勇軍の最前線、組織の実行部隊におけるトップがこの天幕には集まっている。なぜ自分がそんなところに呼ばれているのかギルには一向に分からないのだが、周囲を見れば他にも複数人同業者の姿が見て取れる。冒険者を除いたこの場にいる者たち全てが義勇軍を指揮する立場、将と呼ばれる類の英傑しかいない。長机の上座に座り、この場であれほどの雰囲気を醸し出せる人間など勇者以外にはいないだろう。



「さて、現在の戦況についてだがみんな知っての通り芳しくない。兵の総数は向こうが上回っているし元々ここは彼らが住み着いていた地だ。地の利もあちらにある」



勇者が現れて以降義勇軍は前線を押し返し魔王率いる魔獣たちの土地にまでその刃は届いている。しかしながら敵地での進軍は難航を極めここ最近の前線は停滞していた。



「加えて、彼らはこの地の周辺から魔獣たちを集めて今もなお戦力を増強している。対して僕らにはこれ以上の援軍は望めないし、毎日の戦闘で戦力は減るばかり」



長机に座る多くの人がその言葉に顔をゆがめた。勇者が来るということで心のどこかで援軍も来るのではないかと期待していたのだ。しかしその願いはかなわなかったらしい。ほかの戦域もここかそれ以上の苦戦を強いられている。援軍を送る余力はなかったのだ。




「極めつけは僕らの兵力の推移から対面する敵と渡り合うのはあと5日が限界らしいってこと」



そう勇者が口にしたことで場の空気は完全に凍り付いた。まさかこの場所でその事を口にするとは思わなかったのだろう。勇者の発言に将校たちは唖然とした表情を浮かべ口をパクパクと閉口させる。




ほんとやばいよねー、と勇者は場違いに笑い、その笑い声は空虚に天幕の中を震わせる。青ざめた顔をする周囲の者たち、その様子を勇者は笑いながら見渡して、「でも」と今までの自分の言葉の流れを変えるように力強い言葉で告げる。




「大丈夫。僕に必殺の策ありだ」




先程の笑みと違う、どこか力に満ちたしたり顔を浮かべる勇者に将校は安心して息を吐いた。勇者は立ち上がると天幕の奥に置かれた勢力図が張り付けられたボードの前まで向かい自陣を指さした。そしてその指をすいーっと擬音が付きそうなくらい軽く敵の本陣へと向けた。




「作戦は単純明快、兵を集中させての中央突破だ」




勇者の発言に周囲が唖然とする。戦について詳しくないギルでさえこの状況でその策がかなりの大博打であることが理解できる。こちらの勝利条件は敵の本陣に到達し、敵将を討ち取ること。その点だけを見れば兵を中央に集中させて突破を図るのは悪くない、というより彼我の戦力差を鑑みれば打てる策はこれくらいのものだろう。しかし、一度突破の足が止まれば包囲殲滅されることは必至であり、横陣を貫かれ分断されでもしたら確実に全滅の憂き目にあう。




「ゆ、勇者様さすがにそれはリスクが高すぎます!我ら将校が不甲斐ないことは重々承知しておりますがどうか作戦のご再考を……!」




勇者の近くに位置する恐らく階位が高いのであろう将校達が慌てて声を上げる。



「その作戦がもし失敗すればこの地における義勇軍の戦闘能力は皆無になります。もしそうなれば他の前線の軍が横撃に合い被害はこの地だけでは済みません!」



「ここは対魔王前線の要地、負けるにしても他の軍が前線を下げるまでの間時間を稼ぐことが可能な程度の兵力は残しておく必要があります!」



勇者に進言する2人の将校。彼らの言っていることは正論だ。おそらく勇者もそれがわかっている。それでも、と勇者は口を開いた。


「もちろんリスクがあるのは理解しているよ。でもこれ以上の援軍が来ない以上どこかの前線が敵を打ち破らない限り僕たちに勝利はない。時間は相手方にとって有利に働いている。時が経てば経つほど戦力差は拡大し、僕たちの勝利の目は加速度的に摘み取られていく」




その発言に将校たちは口をつぐむ。将校のだれもが理解していながら口にしなかった現実。この戦況はもはや安全マージンを取ったうえでの作戦で勝利をつかむことなどほぼ不可能である。迫られるのは決断。すべてを失う覚悟で勝利をつかみに行くか、現状を維持しながらあるのかもわからない一発逆転の策を考え緩やかな敗北へと向かっていくか。将校たちは自分たちができなかったその2択の決断を勇者が肩代わりしたことを理解する。敗北の責を負えない、負いたくないために出来なかった決断、勝利への道。




「なに、心配はいらない。リスクはあるけどないようなものだ。だって僕は負けたことがないんだから。どんな劣勢、どんなに苦境の戦況でも僕が先頭に立ち兵を先導した先に立っていた敵は1人もいなかった」



「君たちに与える役目はたった1つ。僕が本陣で敵を打つまで軍が分断されないよう死守すること」



彼は言っている。首は俺が取ってくる、だから帰る場所を守っておけと。改めてその力強い目で天幕に座る全員を見つめその力強い声音で告げた。




「僕を信じろ。僕は勇者リヒト・ラルフレイン、君たちに勝利を約束するものだ」




将校たちはその言葉に身体を震わせる。圧倒的な自信。先ほどまでの空気とは違う。あんなに絶望的であったはずなのに勇者の言葉を聞くだけで不思議と負ける気がしなかった。湧き上がってくる戦意、その熱が天幕のボルテージを上げる。冒険者たちでさえその勇者の言葉の頼もしさに気分を高揚させ声を上げた。


(これが勇者か)


ギルはひとりでになぜこの男が勇者と呼ばれるのかその理由を知る。


どこからともなく溢れる鬨の声、その熱に天幕が揺れる。




戦況が、動く。

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